携帯のメール受信を知らせる着信音が鳴り、確認すると河鹿からだった。時刻は丁度13時になったくらいで、《今駅に到着しました 🐸》と短い一文だけが添えられている。

(何度かのメールを行っていて気づいたが、必ずメールの末尾に着いている《🐸》のマークは、感情的な勢いというわけではなく、署名として活用しているらしい)

 駅の改札口を見返すとタイミングよく河鹿が現れ、僕は軽く手を上げる。今日はバケット型の帽子に丸メガネ、白のベストの上にカーキー色のコートを羽織っている。何だか毎回見るたびに印象が変わる忙しいやつだな。

 僕に気づいた様で、屈託のない笑顔で僕を見返し、やや駆け足でこちらへと近づいてきた。


「すんません。ちょっと駅構内複雑で、迷ってましたわ」

「ああ、いや。時間通りだから大丈夫」

「なら良かったです。ほな、行きましょか?」

 河鹿は事前にある程度調べていた様で、携帯で地図を確認しながら歩き出し僕はそれに追従した。関東に住んでいる僕も浅草に来るのは初めてで、どこがどうつながっているのか見当がつかない。もともと出不精ではあるため、物書きのリサーチのために外出すること以外することもなく、観光名所に率先して案内できないことは申し訳なく思う。

 そんな自分でも流石に「浅草」と言われてすぐに連想出来るものがあり、初の目的地もそこだった様で、数分と経たないうちに雷門のデカい提灯のあるところに到着する。

「まあ最初はテッパンやろ」

 左右に設置されている風神雷神の造形に感動している僕をよそに、河鹿は雷門の下を潜って仲見世通りに入っていく。

 さすが観光地とでも言う様に、あたりは人でごった返していた。パッとみただけでも数組の外国人観光客が目に止まり、行き交う人々の言語も多種多様。関西弁や英語、中国語や韓国語だと思われる言葉がチラホラ聞こえた。


 河鹿は適当に店を物色し、怪しげな店には率先して中に入っていった。店の入り口にはキーホルダーが並べられているラックがあり、観光地お決まりの中二病心をくすぐられるダサキーが数種類飾られていた。中にはそこそこの大きさもするクナイも置かれており、一体誰が買うんだこんなのと率直に思う。

「なんか「雷門」って言うか、「ザ・日本」ってのを全面に売り出してる感じが多いな。レパートリーに統一性というか、節操がない……」

「まー海外からの来る観光客多いから、それ目当てちゃいます? お、カエルのガラス細工発見」

 河鹿が興味を持って手にしたそれは、玄関先に置いたら本物と見分ける自信がないほどリアルな造詣をしている雨蛙だった。使用用途は不明だが、正直、欲しい。

「メールにいつもあるから気になってたけどさ、やっぱ好きなの、カエル?」

「んー。なんか、カエルって可愛くないですか?」

 それは完全に同意。周りでカエルに対して物凄い嫌悪感を示す者もいる中、やっと同志に巡り合えた気がする。

 河鹿がカエルのガラス細工の購入を済ませ、共に店を出て辺りをぶらつく。雑貨屋の他に食い物屋も出ていたが、そのほとんどが人形焼と雷おこしで占めていた。同じ店多くないかと疑問に思う。それぞれが微妙に異なっているのかもしれないけれど、それを検証する気は起きなかった。

 ついで河鹿は、パワーストーンを扱う宗教色の強い怪しげな店に入っていく。

「意外。こういうの興味あんの?」

「ちゃうねん、僕やなくて妹のお土産に良えかなと思て。最近こういうのにハマっとってな。何やったっけかな……?」

 妹いるのか。そういえば家族の話って聞くのはこれが初めてかもしれない。そもそも知り合ってそんなに会話をしたことも無いため、彼の趣味趣向がイマイチ良く分からないなと今更ながら思う。

 思えば人見知りの僕がこうやって人と連れ立って出かけていること自体が異様と言えば異様か。彼の人柄に助けられて会話もある程度弾んでいるのも珍しい。良いやつだなと思う反面、つくづく警戒しなければならない相手と言うのが物悲しい……。

「おった。確かこれや。うーん。大きいのは無いみたいやな」

 戸棚の奥に視線を向け目的のものを探すが、どうやら見つからないらしく彼は落胆の声を出した。「しゃーない、こん中から選ぶか」と、続いて箱の中の石を物色し始める。


 石の説明文に目を通す。


 ”フローライト”

 記憶力、集中力を向上させ思考力を向上させます! また、抑圧された感情から解放され、ヒーリング効果も期待できます!


 特に何かの誕生石という訳でも無い様だ。一体どう言ったところに惹かれたんだろう。

「何、なんか疲れてるの、妹さん?」

「いや、打っ叩くと真っ直ぐ割れるところや、火に焚べると光りながらバチバチ言うのがカッチョええから好き言うてました」

「なかなかワイルドなところに着眼するんだね。あと多分そうやって楽しまれるの想定してないと思うこの石作った人」

「ホンマ綺麗に割れてオモロイですよ。ラミエル作れます」

 ラミ……何だっけそれ? そんな天使いたか?


 僕の予想している以上に信心深い人は多く、もともと狭い店内で後ろに人がつっかえている気配を感じた。特に購入する予定もないのに、ここにいても迷惑だろうと言うことで僕は一足先に店から出ることにする。

 しばらくして出た河鹿は満足した様な表情を浮かべていた。仲見世通りはすでに終盤へと差し掛かっていて、店もほとんど見尽くした状態だった。

 時刻は14時30分と、ご飯をするにしても中途半端な時間帯。どうしようかと考えていると、河鹿が「もうひとつ見てみたいモノがあるんで、そこ寄って良いですか?」と言うので了承した。

「ちと歩きますが」

 そう言って雷門こと浅草寺を後にし、住宅街に向かう河鹿を追う。大通りや円筒型の校舎がある高校とかを通り過ぎ、辿り着いたのは「今戸神社」と言う神社だった。

 鳥居の前には「入る前に一礼」と注意書きが書かれており、右側に設置された垂れ幕には「招き猫発祥の地」や「沖田総司終焉之地」と掲示されていた。

 猫という単語を見てもワクワクするが、沖田総司の名前があることに驚く。

 新撰組にそれほど詳しい訳ではないが、流石にその名前だけは知っていた。めちゃくちゃ強かったが肺結核で病に伏せたというフンワリとした情報しか持ってないが、東京にゆかりのある人物だとは思わなかった。

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