「……ってことなんですが、どうですかね?」

 土曜日の正午、T駅からH橋に向かって走らせている車内。僕は運転しながら助手席に座る田村さんに向け、近くの川に関する奇談を調べて行き着いた話を披露した。

 他にも奇談となる話はあったのだが、確実に地元だと特定できた話はこれだけで、あとは他県か、場所が不明なものだったので除外した。

「グレン」

「は?」

 突然、何の脈略もない言葉の単語に僕は思わず間抜けな声で聞き返してしまう。

「クロノトリガー のカエル、本名は確かグレンよね」

「気になるとこそこですか! 僕はよく知らないですけど……。ってか、田村さんこそよく知ってますね」

「統合する前のスクウェアのRPGなら、有名どころはやったわね。サガ、FF、クロノ・トリガー、聖剣伝説、半熟英雄(ヒーロー)なんかもやったわ」

 意外だ。何だか魔女と聞いたから森の奥深くで薬品調合とかしているイメージがあったけど、家で胡座をかきながらスーファミやプレステのコントローラー持ってゲームする田村さんの絵は少しギャップもあって笑えた。

「そうですか……。僕はFF7くらいしかやったことないですね。エアリスが死なないルートがないか、必死で探してましたよ。結構やり込みましたね。海チョコボ作成してナイツオ・ブラウンド取ったの、当時学校では僕が初でした」

「それ、正しい区切りは『ナイツ・オブ・ラウンド』よ。アーサー王と円卓の騎士って話知らない?」

「ええと、アーサー王は岩に刺さったエクスカリバー抜いたって話くらいしか知らないですけど、円卓の騎士ってなんですか?」

「……色々とツッコミたいところだけど、まあいいわ。さっきの怪談じみた話に戻るけど、多分、ハズレね」

 あらら。ハッキリと否定されてしまった。少し頑張って調べてみたんだが、どうもおメガネには適わなかったらしい。

「溺死してないという点が大きく違うわね。確かに川周辺で出た怪異と言えばそうだけど、川に引き釣り込まれるわけでもなく、腕を掴まれてただれたって言うのは、増加している水難事故と結びつきにくいわ。気になるには気になるけど、私たちが調べる内容とは関係のないものね」

「そうですか、結構具体的な感じもあったんで、アタリかと思ったんですけどね……」

「まあ、そうそうこう言うのはアタリを引くことはないわね。次回に期待するわ」


 そうこうしている間に車は土手に到着し、僕は道路を抜けて土手の中腹、段になっているところに車を寄せた。釣りをする人も定期的に何人かいて、同じように駐車している車が何点か見えたから、特に問題はないのだろう。


「あの、こういうのって夜に調査するモンだと思ってんたんですが、昼から調査するんですね」

 車から降り、後部ドアを開けて田村さんが準備していたポリタンク2個を外へと持ち出す。中身は空で、川の水を汲むために持ってきたそうだ。

「怪異が発生している川には変化が生じていることがあるわ。それは確かに夜のほうが顕著になるけど、昼からでもわかる変化がある場合がある。そもそも夜は怪異のホームで、私たちはアウェイになるのだから、安全な昼のうちに調べられることは調べたほうが良いでしょう?」

 そう言われればそうか。確かに危険な夜に活動するより、見通しの良い昼に動けるだけ動いたほうが合理的なのは道理だ。空のポリタンクを両手に持ち、僕らは土手を登って向こう側にある江戸川へと歩んだ。

 反対側の広場には人がまばらにいて、小さい飛行機などを飛ばしている人たちも存在した。僕らは邪魔にならないように彼らを避け川縁へと近く。そこには先行して川の調査を行なっているまどかが待機していた。

「おつ、おかえり! 見てみてこれ!」

 敬礼する形で僕らを迎え入れた後、まどかはケースをこちらに向け今までの収穫物を見せつけた。ケースには大小様々な魚が泳いでいて、なかなかの漁であることが窺える。

 もちろんこれも田村さんからの指示だった。「送り迎えに二人も割く必要がないでしょう」と言うことで、まどかには先行して川の生態系を調査するため釣りを行ってもらっていた。

 田村さんを迎えに行きがけ、まどかに様子を聞いた際「任せて、ヌシ釣ってミトさんからハンター試験に行けるよう許可もらうから!」と言っていたが、どうやらその資格はまだ有してはいないようだ。


「へえ、結構釣ったわね。才能あるんじゃない?」

 ケースに入った魚を見ながら、田村さんは感心した様子で息を漏らした。その言葉にまどかはご満悦のようで「でへへ、そうですか〜」とだらしなく笑う。

 さて、僕もこれからどうしたものかと考えていると、田村さんはポリタンクを指差し、その後に江戸川に指先を向き変えた。「汲め」と言う意味だ。


 指示された通りにポリタンクの蓋を開け、江戸川に近づく。川辺などはなく、川縁より先は水深深そうな江戸川が流れていて、ある程度の流量が確認できた。落ちたらすぐに流されてしまうだろうことは容易に想像でき、気を付けてポリタンクを沈める。

「表面の層だけじゃなくて中付近も欲しいから、ちゃんとタンクは奥まで沈めるのよ」

 側で様子を見ていた田村さんが茶々を入れる。どうやらタンクの沈みっぷりにご不満のようだ。 

「鬼ですか!? 結構江戸川、流量あるんですけど!」

「そう……。突然だけど久保谷くん、世間の大人たちが言わない、本当のことを教えてあげるわ」

 な、何だ急に。この流れで嫌な予感しかしない!

「金は、命より重い」

「利根川じゃねえか! せめて利根川調査しているときに言え」

「ごめんなさい、我慢できなくて。あ、じゃあ落ちないように掴んで良いわよ」

 え? 「掴んで」とな? ももも、もしかして、手を握ってくれるって言うことだろうか?

 期待に胸を膨らませ、背後に視線を向ける。そこには田村さんの手…………が掴んでいる釣竿が僕に向けて伸びていた。

 うん。知ってた。そんな上手い話は無い。ハタから見ても分かるほど落胆した表情で僕は釣竿を握り、無心でポリタンクを沈めて川の水を採取した。

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