「貴方、馬鹿なの?」


 2005年11月初旬、新K駅内にあるファストフード店内。

 先日の帰り、大学で再び出会った河鹿とのやりとりを説明し終えた僕に対し、田村さんはため息とともに哀れみの目を向け、冷たく僕に言い放った。

 まさしく自分が想像していた姿と寸分変わらず蔑んでいるその表情に軽い感動を受けるも、それを表に出すとさらなる叱責が飛びそうなので必死に堪える。

「……すみません」

 色々と言い訳を考えたが、どう切り出しても良い結果になるとは思えず、とりあえず僕は平謝りに徹することにした。

 田村さんは「ま、他に仕様がないか」と呟き、コーヒーを一口飲む。

「やっぱり、あんまし良くないんですか?」

 まどかは身を乗り出して田村さんに聞くと、「あまり良くないわね」と田村さんは答えた。


 今回の集合は田村さんと連絡先を交換して初めての集合となる。

 三日前に電話で「そろそろ頼みたいことができたわ」と連絡を受け、色々と調整を行った結果、本日の僕の仕事帰りで乗り換えに使う新K駅に集合する運びとなった。

 森田は都合が付かず集合はできなかった。代わりと言うわけでもないが、前々から田村さんとの接触を心待ちにしていたまどかの都合が付いたので来てもらった。

 僕としては帰路の途中の駅だが、まどかにしてはワザワザの外出となる。それに関してもまどかは気にしていないどころか、むしろ田村さんと会えることを楽しみにしている様子だった。

 田村さんもまどかには好印象と言った感じだ。紹介して早々、まどかの母型の先祖に沖縄にゆかり人物がいることを言い当て、まどかははしゃいでいた。

 田村さん曰く、その先祖はユタ(シャーマンの沖縄バージョンの様なもの)かそれを纏める立場にあり、その力はまどかの中にはあるのだが、当のまどか本人には扱えることが出来ず、まどか自身がユタ的な力に目覚めることは無いとのことだった。それを聞いたまどかはさっきまでの陽気な様子とは一転、うな垂れてテーブルに突っ伏してしまった。

「典型的な又遺伝の又の部分って言うのかしらね。そう珍しいことでも無いわ。まあ、貴方の子供か、まあ子孫の中には覚醒するコもいるでしょうね」

 田村さんはフォローのつもりなのかそう言葉を付け足したが、小学時代から共にいて、学校のPCや僕の家に来てまで超常現象や霊能力者になる方法を必死に探していた彼女を知る僕には、能力に目覚めることがないと言う宣告がまどかに相当なショックを与えていることがよく分かった。

 話題を変えるため、先日の大学での出来事を説明したところ、先ほどの場面になったと言う流れだ。


「どう考えてもタイミング的に、貴方の交友関係の中に『蛇』が居ると見当しているわね」

「やっぱりそうですか……」

「あくまで可能性の一つとしてだとは思うけど……。とりあえず森田くんと接触させるのはマズそうね。特に女性の時はアウト。男性の時はなんとかなるかも知れないけど、どちらにせよ接触はなるべく避けた方がベストね」

「まあ、流石に森田を紹介する気はないです。危険な橋は渡らないほうが良いだろうし。……ところで、僕らを呼び出した用って、何なんですか?」


 近況報告も終わったところでそろそろ頃合いだろうと思い、田村さんが僕らを呼んだ核心に迫ることにした。

 彼女は「そうだったわね」と言うと、一枚の紙を鞄から取り出しテーブルの上に置いた。紙にはいろいろな数値が書かれた表が書かれており、見ているだけで少し頭痛に見舞われる。

「田村さん、これは?」

「S県全体の死亡事故件数に関しての表よ。交通事故、火災、水難、山岳遭難、自殺……。こっちが去年のデータで、こっちが今年の1月から十月までの統計データ」

「こっわ、どっからこんなデータ仕入れてくるんですか?」

「警察庁や県のホームページとか探せば載ってるわよこの位。で、数値を見て」

 田村さんが指を置いたところに目を落とす。そこだけ見てもサッパリわからず、僕は隣にいるまどかの方に目を向けたが、彼女もわからないそうで軽く首を振るだけだった。

「いい? 2004年のS県交通死亡事故件数は305件、月平均で約25件発生している計算になるんだけど、今年は十月迄で108件、つまり月平均10件強まで減少してる」

「減ってるってことは、良いことなんじゃ無いんですか?」

「普通に考えるならね。確かに交通安全とかいろいろな対策は行われているでしょうし、その成果も出ているとは思うのだけれども、それでも月平均半減以下は異常だわ。この調子で山岳遭難の死者件数も減ってる。代わりに負傷件数は増えているけど、これは減った死者件数が流れてきたと捉えるべきかもね。火災による死者も同様に減少傾向。対して自殺者の件数に大きな変化はない。で、ここからが本題」

 田村さんの食指は、水難の数値を表すところをトントンと叩く。去年の数値が28件となっているが、今年は十月までで39件と多く、著しく増加傾向にあることが見て取れた。

「すごく増えていますね……」

「ええ、他の死亡事故件数は減少傾向にあるのに、水難事故だけ1.7倍と増加傾向にある。内訳も見てみたんだけど、プールとかの施設はやや減少しているんだけど、河川が増加傾向にある。海岸被害は無し。当然よね、海無し県だし」

「つまり、去年と比べてほとんどの事故で死亡件数は極端に少なくなっているけど、河川の死亡事故だけは増加傾向にある……と」

「減少傾向にある方も異常だけど、こちらは範囲が広域すぎて調べるのが面倒ね。対して河川は川を中心に調べていけば何かしらあると思うから、まずはこちらを調べたいと思う。あ、そうそう、今回の調査には森田くんは参加せない」

「え? いや、確かにあいつファミレスん時は嫌がってましたけど、男の時に連絡したら参加する気ありましたよ」

 田村さんは軽く首を振り「そう言う意図じゃないの」と言葉を付け足した。

「生成が鬼女や蛇になる工程で、川を跨いだり入水する事が多いの。『道成寺』とかにもそう言った描写が登場することがあるわ。そう言ったこともあって、あまり森田くんに川の近くには行って欲しくないわね」

 なるほど……。僕もあの後、能に関して少し調べたが、そう言った描写は探し出せきれなかったな。

 調べたのは『道成寺』だけだけど、惚れた男を追って、神社境内の鐘に隠れた男を焼き殺す話というのだけは分かった。もともとは『安珍、清姫伝説』と言う伝説が原型らしく、恋をした女の執念や悲壮を描いたお話だったな。


 田村さんが言ったルールに、まどかも感心をした様子で声を上げる。

「へえ、面白いね。吸血鬼とかは川は渡れないことが多いのに、鬼女とかは別なんですね」

「吸血鬼とかの伝承がある西洋にはキリスト教やユダヤ教の文化が強く根付いている背景があるわ。これらの宗教は入信の儀式として『洗礼』と言って、川に入り原罪や自罪を浄化する役割があるの。つまり川のような流体には悪きものを浄化する力がある。と考えられていて、吸血鬼はその伝承により浄化を嫌い、川を渡れないとされている。

 対して日本では、黄泉国が川や海の向こう側にあると言った発想があるの、三途の川とかもこれに由来するわね。鬼はもともと「死霊」を意味する中国語から来ていることもあり、黄泉との関連が強い川はむしろ鬼を強化させることになる」

「へえ……。でもハッシー、橋渡る時足痺れる感覚がして嫌だって前話してたよね? 日本なのに、吸血鬼はやっぱり川苦手なのかな?」

「それがいわゆる、伝承って奴の力なんだろうな。『吸血鬼は川を嫌う』っていう定説があるから、キリスト教などの宗教観が定着しきっていない日本でもそれが通用しちゃうのか。そもそも橋本って名前なのに、橋渡るの嫌とか皮肉だよな」

「苗字はしょうがないでしょ。私も4月生まれじゃないし」

 それもそうかと納得する。ふと田村さんをみると、何かを言いたげな様子で僕らの顔を見返していた。橋本の説明をしようかと口を開きかけた時、「まあ、なかなか込み入った知り合いがまだいそうね」と言ってそれ以上は追及されなかった。


「とりあえず近くの川から調べることにしましょう。江戸川、利根川、中川あたりから初めてみるのが良いかしらね。調べたデータではどの川で多く発生しているかまでは調べきれなかったし」

 書類を鞄にしまい田村さんは席を立つ。僕らも後を追うように席を立ち、彼女に続いた。その足取りは力強く、強い意志が感じられる。僕は少し不安に思い「今からですか?」と問いかけると、田村さんは顔だけをこちらに向けてフッと笑った。

「今日はもう遅いわ。次の土曜か日曜にでも改めて集まりましょう。それまでに防寒の準備とかしておいたほうが良いわね。まだ暖かいとはいえ、11月の川は当然寒いわよ」

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