Epilogue
田村さんと連絡先を交換した後、ファミレスの会計を済ませ僕らはそれぞれ別々の方向へと進んだ。森田とは帰る方向が同じなのだが、自転車を大学に置いてきたまだったのを思い出し、僕だけ大学に戻ることにしたためだった。
ファミレスと大学がそれほど離れていなかったのが幸いしたが、そもそも離れていないからこそ”徒歩で行こう”と言う考えに至ったわけで、こればかりはどう捉えて良いのか分からない。いや、純粋に自転車を忘れる僕が悪いのだろうが……。
大学へと歩いている途中、携帯電話から着信を告げるバイブを受け取り、画面を見るとまどかの名前が表示されていた。おそらく大学に行った成果を聞きたいのだろう、僕は電話を取り、歩きながらこれまでの経緯を話した。
「え!? 森田くん女になってたの? いいなぁー、見たかった。どうだった?」
「ええと、なんて言って良いのやら……。とりあえず顔はすごく可愛かった。加藤夏希と堀北真希を足した感じで」
「むほぉ! めっちゃ可愛いじゃん!」
「ああ、でも性格はなんて言うか……。言い方語弊あるけど、女の面倒くせー部分を煮詰めた様な感じだった。まあこれは呪いによるものらしいけど……。後は、さっき言ってた田村さんってのは、まどかが好きそうな感じ。多分気に入ると思う」
「うん。魔女ってのも気になるし、話聞く限り良い人そう。森田くんのこと助けてもらう代わりに、色々と手伝うんでしょ? 私も協力するから、なんかあったら呼んでね!」
「そうだな、分かった」
携帯電話の通話終了ボタンを押す。通話中にはもうすでに大学に到着しており、目の前には僕が駐輪した自転車が変わらずそこにいた。自転車の鍵を外そうとポケットに手を突っ込んでいると、後ろから声がかかる。
「あれ? クボさんまだおったんすか?」
一瞬、背筋がヒヤリとした。関東県では珍しいイントネーション。河鹿だ。先ほどの田村さんとの会話を思い出し、僕の心臓は早鐘を鳴らす。
いや、落ち着け。話を聞く限り僕に害を与える事はない。森田に関しても接触する恐れなんてないし、何かされる道理なんて無いはずだ……。
緊張していることを悟られぬ様、僕は笑顔で彼の顔を見返す。少し顔が硬ってはいるかも知れないが、変に詮索されることはないと信じたい。
「ああいや。用事は結構前に終わって、さっきまで近くのファミレスで友人とご飯食べてました。で、自転車忘れてたのに気づいて、いま取りに戻ったって感じです」
「へえ、なるほど。クボさんから、ほのかにベリーの匂いしたから、何ぞあったんか思いましたわ」
「ベリー? あぁ、さっきのファミレスでストロベリーパフェ食ったんでそれですかね? すごく大きいやつで、一個1300円以上もするんですよ」
河鹿は僕の返答に対して「ああ、すんません」と言って軽く手を振った。
「ちょいちゃいます。いやあ、すんません。クボさんも分かると思いますが、僕は元々ここに住んでるわけやなくて、大阪から越して来たばかりなんですわ。せやから、まだ訛り抜けきらんて、ちょっと伝わりにくいことあるかも知れんが、堪忍してください。で、僕言ったんはベリーやなくて」
そこで河鹿は一度言葉を区切り、今度は聞き間違えることのない様、力を込めてゆっくりと、
「蛇、言うたんですわ」
再びゾワリと背筋に氷の様な冷たさが伝う。え? 何? バレてるこれ? 河鹿の顔を注意深く観察するが、一向にニコニコと笑っている表情は崩さず、その心境は計り知れない。
「え、いや……。蛇なんて会ってないって言うか、そもそも蛇って匂いするの?」
「まあフツーの人は分からんかも知れんのですが、ちょいと特殊な匂い放つんですわ。ま、クボさんから漂うのも微かなモンなんで、ファミレスか道すがらにすれ違っただけかも知れませんな。それにしても、友達とファミレス良いですね。あ、せや……」
河鹿は疑う様子もなく、ガサゴソと自分の上着のポッケに手を入れ、携帯電話を取り出し、僕に差し向けた。
「クボさん、連絡先交換しましょ。いや僕、さっきも言うた通りまだこっちに越して来たばっかで、友人おらんのですわ。で、みんなでどっか食い行きましょ? 『広げよう、友達の輪』っちゅーことです」
「は、はあ……」
正直、ものすごく断りたい。
いや、少し話した限りでも河鹿は良い人間で、友人としてものすごく楽しい人物であることは充分に感じ取れる。普通に会ったのであれば、良い友人として歓迎していただろう。
しかし、接触する回数が多いほど、森田に近づいてしまう危険性は高まっていく。断ることで不信感が高まる可能性もあるだろうが、やはり接触回数を減らすのは森田から遠ざけるのに一番効率的だろう……。爆弾を好き好んで抱えることなんて出来はしない。
よし、決めた。河鹿には悪いが断ろう。触らぬカエルに祟りなしだ。
「よ、よろこんでー……」
うん。無理。相手はもう携帯出してるし。
この状況で断れるほど僕の神経は図太く出来ておらず、僕は河鹿に言われるまま、自らの携帯電話の連絡先を交換した。
ふと、脳裏に田村さんが呆れた様子でため息を吐き「貴方、馬鹿なの?」と言う映像がよぎった。
はい、その通りですスミマセンと、僕は妄想の中の田村さんに、ただひたすら謝った。
『’ 編』 了
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