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 田村さんは森田の目を見つめて、キッパリとそう断言した。

 僕が数日かけて行き着くことの出来なかった事実に、田村さんはホンの数分で追いついてしまった。もちろんその背景には、今までに色々と積み重ねてきた経験値や知識による差が大きく起因しているのだろうが、こうも圧倒的に力の差が見られると、自尊心が大きく削られるな……。

 森田はと見ると、「なるほど」と言ってから腕を組み、大きくソファへと座り込んで動かなくなった。その間に田村さんは僕の方に顔を向ける。

「自己憐憫に浸っているところ申し訳ないけれど、この結論に至ったのは貴方の情報がある程度揃っていたからで、これ以外にも色々と分かったことがあるわ。

 まず、森田くんには残酷な事実だけど、お母さんとお父さんは彼に呪いをかけた蓋然性があるわね。少なくとも、呪いを解こうと積極的に動いていないところを見ると、呪いの成就と利害関係は一致していると捉えて良いわ。呪いが成就して何を得られるのかは今のところわからないけれど、身の振り方は構えられるわね。

 もう残されたのはお父さんしかいないけれど、今の段階でも呪いを解こうとしてないところを見ると、まだ何か目的があるように見えるわね。もうどうでもよくなった可能性も無くはないけど、知っている情報を隠そうとしている以上、腹に一物抱えているって考えたほうが論理的ね。

 逆にいえば、何を目的にしているかが分かれば、呪いの解除も出来るかもしれない。最低限『なんのために呪ったのか』は知っておく必要があるわね。息子を鬼にする理由……」

「待ってください。呪いを解くのに、『呪った目的』を知るのって重要ですか? とりあえず、私の症状は『鬼化』なので、それを解くための特効薬的なものとかないんですか?」

 すぐにでも呪いを解除したいのだろう森田が飛び上がりながらそう言うが、田村さんは「そんな簡単なものじゃないわよ」と軽く一蹴してしまう。森田は尚更「むう」と言って機嫌が悪い様子を見せ、椅子にドカリと体を預けた。

「風邪とかと違って、栄養剤渡して『はい終了。あとは本人の免疫力次第です』とはならないわ。どちらかと言えば、蛇に噛まれた後の処置に似てるわね。まずはどんな蛇かを確認して、毒があるかどうかで処置を変える必要がある。

 怪異とは何でもアリみたいに思われていることもあるけど、実際には日常の現象よりもしがらみが多いことがほとんどで、だからこそ異様な力を持つものが多い。呪いが成就するまである程度の段階が必要だし、解除するには定まった手順が必要なの。

 手順を知るためには元々どんな呪術かを知る必要がある。直接聞ければ良いんだけど、非協力的だったり、そもそも呪術を施したのが本人ではなかったりで解析が出来ない場合、次に分かりやすいのが『何のために呪うのか』の目的を知る必要があるってわけ。目的が分かれば、どんな呪術かもある程度絞られる。あ、そうそう……」

 田村さんは携帯電話を開き、何回かキー操作をしてある写真を画面に表示させ、それを森田に見せる向きでテーブルに置いた。

「蛇で思い出したけど、貴方の異変が般若、真蛇への道を辿ると分かった今、充分に気をつけるべきことが他にもあるの。この写真の男には近づかない方が身の為よ……」

 いったい誰なんだろう? 僕も気になって身を乗り出し携帯の画面を見ると、そこには全く予想していない人物の写真が映し出されていた。

「あの……、この人って」

「ええ、数時間前まで貴方が話していた青年よ」

 あまりの衝撃に疑いの声も混ぜて聞き返す僕に対し、田村さんは然もありなんと言った様子だった。田村さんは再び森田を見つめ、一言一言、言葉に渾身の力を込めて言い放つ。


「良い、森田くん。河鹿ナオには気をつけて」


「田村さん、どういうことですか? 彼、そんなに危険な人物なんですか!?」

 つい責めるような口調になる僕に田村さんは一瞥をくれた。

「貴方や私には害を加える心配は全くないわ。ただ、『蛇に睨まれた蛙』とは言うけれど、蛙の中には、蛇を食べる種類もいるってことよ。

 妖怪退治の専門家、いわゆる退魔人がまだ存在するのは容易に想像つくでしょう? 河鹿家の河鹿とは、川鹿蛙から取った苗字よ。彼らは室町時代から続く自来也を祖とする蝦蟇一族の一派で、主に忍術や武術を得意とする退魔術に特化しているわ。そして、祖としている自来也が大蛇丸と対峙している頃から、その専門は『蛇専門』と徹底している。そこにはもちろん、真蛇となる前の『鬼女』も含まれるわ」

 展開が衝撃的すぎて付いていけない。つい先ほどまで何の気なしに話していた気の良さそうな人物が実は退魔人で、しかも森田の天敵になり得ると、この人は言っている。

 にわかに信じられないが、それでも彼女の口から発せられる言葉には嘘がないように感じられた。どうにも、そう言ったつまらない冗談を言いそうなタイプには見えないし、色々と怪異、異形に詳しすぎる。一体この人は……。


「田村さん、貴方、何者なんですか……?」

 涼しい顔をして珈琲を飲んでいる彼女は、空になったカップをゆっくりとテーブルに置いた。


「私は、貴方たちが言うところの『魔女』に近い存在よ。日本に古来からいる陰陽師と性質的には近いけど、西洋文化の魔術をベースに東洋風にアレンジしているから、別物という解釈で良いわ」

 なるほど、魔女か……。おそらく何処かには居るものだと思ってはいたが、実際にお目にかかるのは初めてだった。

 思えば、こう言った超常的な人物を見聞きしても、まずは存在を疑うと言う段階を捨てているあたり、自分も相当、怪異に毒されているなと妙に納得してしまう。深淵を覗く時、深淵もこちらも見ているという、有名な言葉の一節が脳裏を過ぎる。僕の考えなど気に留める様子もなく、田村さんは話を続けていた。

「最近、あまり良くないことが起こりそうで、探索をしていたら貴方に会ったと言うわけ。ま、大学では上手くはぐらかされて収穫なかったけど、こっちは別の面白いものが見れて満足しているわ」

 彼女が言う「良くないこと」と言うのも気になる。それが大学とどう関係しているのかも疑問だが、とにかく森田の症状を治すためには、彼女の協力は絶対に必要だと確信した。


「田村さん。無理を承知でお願いするんですが、森田の症状を解除するためにも、協力していただけませんか?」

「良いわよ」

「え、マジ?」

 ある程度渋られることを覚悟していたのだが、田村さんは二つ返事で即答した。正直、どの様な交渉をして納得してもらうか、説得の方法を考えていた身としては余りにもハッキリとしていて拍子抜けしてしまう。

「まあ面白そうだし。それに、無論タダで手伝ってあげようとは思っていないから安心して。私が貴方たちに協力する様に、貴方たちも私に協力してもらうわ」

「ちょっと! 黙って決めないでください、私は協力するなんて一言も言ってない!」

 田村さんの提案に森田はすごい勢いで噛み付いてきた。なんか、後先考えずに反論しているところが意外で一瞬固まってしまう。

 田村さんの言う協力と言うのが、どのくらいの物を要求してくるのか全く予想がつかないが、それでも手段の少ない僕らにとっては申し分の無い提案だと思う。それは森田も理解できるはずなんだが……。(さすがのこの人でも、人の命を軽々と掛ける様な要求はしないだろう…………と、思いたい)


「森田。状況的に考えて、ここは田村さんの要求に全面降伏した方が良い。ここ数日で分かったことは、僕らには手段も知識も不足しているってことだ。田村さんは僕らに足りない部分を十分に補填して余りある人材なんだよ」

「それはっ! そう、ですけどぉ……」

「頭では理解していても、感情が追いついていないのよ。まあ女体化した『一人ちゃん』の場合、こう言うヒステリックな言動は病気みたいなものだと捉えた方が良いわ。まあ元を辿れば古代日本の女性像を強調化したものだから、ある程度殿方が煽てればヒスは奥へと引っ込むわ。さ、カズちゃん。彼が何か奢ってくれるって」

「あの、それは決定事項なんですか? っていうかそれ本人に言ってからの行動って効果あります?」

「じゃあ、これ」

「食うんだ……」

 森田は遠慮することもなく、デザートのメニュー表にデカデカと表示されているトーテムポール・ストロベリーパフェを指さした。明らかにデザート用という域を超え、大食い用にビルドアップした巨大な物体であることは写真からも伺え、デザートに誰が1300円も超えるものを頼むのだろうと思っていたが、いや、居るところには居るんだなあ。

「…………太るぞ?」

「運動は男の時にします。女の時にやっても男の時と比べて効率が悪い」

 そう言う計算は合理的に出来るのか……。いや、単に面倒ごとを他人(と言うか、もう一人の自分?)に押し付けているだけなのかもしれない。

 田村さんも楽しそうに「美味しそうねそれ、私もいただこうかしら?」と言って、テーブルに置かれたベルボタンに手を伸ばす。ああくそ、こうなりゃヤケだな。

 しばらくしてきた店員に、トーテムポール・ストロベリーパフェを3つ注文して、しばらくの歓談ののちに運ばれてきた現物に僕らは目を丸くする。運ばれてきたそれは、カタログ写真と遜色なく、約800mlのビールジョッキにヨーグルト、コーンフレーク、スポンジ生地やクリーム、苺などがうず高く敷き詰められ、最後のダメ押しとばかりに天井に載せられたソフトクリームは大きなとぐろを巻いて鎮座していた。

 これ、食べ切れるんだろうか。と言う不安も気にせず、彼女たちは「いただきます」と言って処理を始めている。僕も食べると甘さは控えめで、甘さに飽きが来たところで苺の酸味が良いアクセントとなっており、食べやすさは一応考慮されているんだなと意外なところで感心する。


「これから楽しくなりそうね」

 いつの間に食べきったのか、いち早く完食してパフェ用スプーンをジョッキに入れながら、田村さんは楽しそうに笑う。僕は「まあそれもアリか」と言う感情と、厄介事が起きそうな不安とが綯い交ぜになった状態のまま「まあ、そうですね」と生返事をするくらいしか出来なかった。

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