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先端科学研究所の正面玄関に入り、入り口にある来客用の窓口で名前と連絡先、訪問先を記載して館内の探索に乗り出した。
建物の中は比較的綺麗にされており、独特の活気で溢れていた。学生たちがたむろしている休憩スペース的なところでは何やら白熱したカードゲームが展開されており、どこに行ってもこういう類いの人種はいるもんだと妙に感心する。
いろいろと見て回りたい気もするが、とにかく森田の話を聞くべきだろうということで、僕は一目散に目的の場所まで移動した。
受付で聞かされた部屋の前まで移動し、僕は扉をノックする。「どうぞ」とすぐに年配の男性の声がして、僕は扉を開けた。
部屋に入り、男に目をやる。僕の予想では森田を若干老いさせた姿の男が立っていると思っていたが、予想以上に男性は老けていた。人は見た目で判断できないとは言っても、パッと見還暦は過ぎているようには見える。
「息子のことで話ということだったね。とにかくそこに座ると良い」
僕は勧められた通り部屋の中央付近に設置されたソファに腰を落とした。それに合わせて、僕に対面する形で森田父が腰掛ける。
「はじめまして。一人の父の森田匠だ。ここで教授をやってるよ」
「はじめまして。久保谷です。すみません、連絡もせずに急に来てしまって」
僕の無礼に森田父は笑って首を振る。
「いや、構わないが……。すまないがこれでも多忙でね。申し訳ないが少ししか話せない。それにしても驚いたろ。妻は初婚だったが私は2回目でね。一人は遅くに出来た子で、端から見たら祖父と孫の様だろ?」
確かに目の前の父親はかなりの年配に見えた。ということは、この高齢の男性は、美人で若い奥さんを上手く射止め結婚にまで漕ぎ着けたということになる。ぜひともその手腕に関しても教えていただきたいところではあるが、本来の目的を見失ってはならない。
「いえ……。それより、一人くんの容体に関して、お聞きしたいことがあって」
「それは構わないが、一人の容体とはどんなものか教えてくれるか?」
予想外の返答に僕は困惑し、停止した。
森田父の発言から試されていることは分かる。一瞬、「父は知らないかもしれない」と言っていた発言を思い出すが、ここまできて変に隠し立てする方が疑わしいだろう。それに、どうせ聞くためには話さないと先に進まない事実だ。真実で当たらなければ真実に近づけないと、直観が告げている。
「その……。言ってしまえば”性別が変わる”と言う現象です。すこし一人くんと話したのですが、亡くなったお母様は、何かご存知のようでした」
僕がそこまで言うと、森田父は考え込む様子で「ふむ」と声を漏らし、そしてソファに深く体を沈めた。これは、失敗したのか?
しばらくヤキモキした状態のままでいると、森田父は「そこまで話したか……」と言って、沈めた体を前傾に戻した。
「すまない。君を試させてもらった、問題が問題なだけにね……。君も想像の通り、性別の問題というのは極めてセンシチブだ。特別な処置をせず身体的な性別が切り替わるなんてことは、普通の友人には相談できないだろう。君は、一人の恋人か何かかな?」
いえ、僕はストレートですと言い掛け、その反論にはあまり意味がないことに気づく。と言うか、やはり父親も森田の症状のことは知っていたと言うことか……。
「いえ。一人くんとはつい最近知り合いました。僕は昔から色々と奇妙な話を集めるのが趣味で、その関係で妙な事柄にいろいろと相談されます。一人くんもそんな中の一人で……。正直、友人と言って良いのかどうか微妙ですね。多分、知り合いでもないから相談できた。って言うのもあるんだと思います」
「なるほどな。……で、何を聞きたい?」
よかった。僕の説明に納得してくれたようだ。僕はここからが本番と気持ちを改めるため、ソファに座り直す。
「ずばり原因や対処法、解決法です。一人くんとの会話で、お母様は何かご存知のようでしたが、それを伝えずに鬼籍に
「ふむ……」
再び森田父は考え込んでしまった。ここで何か有益な情報が無ければ手詰まりだ。何であれ進展する情報が聞けることを願い、そして数秒の沈黙後、森田父は再び口を開く。
「すまない。今更だが、そのような話は当の本人である一人も交えてするべきではないのかね? なぜ君だけなんだ?」
う……。痛いところを突かれて僕は押し黙る。
(父であるあなたを疎遠しているからですよ)と正直に言って良いのか頭の中で考えを巡らしてしまい、返答に窮してしまった。
応え辛い質問をしたことに気づいたのだろう、森田父は「ま、何となく分かるがな」と言うと、大きくため息を吐き、ソファから立ち上がる。
「あの、「本当に申し訳ないがこれから用事があるのでね。すまないがまた日を改めて来てくれ、その時は一人も交えて食事でもしよう」
言うが早いか、森田父は机の上に散らばった資料を纏め鞄の中に詰め込み始めてしまった。多少鈍い僕でも分かる。口ではハッキリと言っていないが、全身で「はよ帰れ」と言いたげなオーラが背中から滲み出ていた。
まいった。これでは取りつく島もない……。
僕は「お邪魔しました」と言ってソファから立ち上がり、森田父の背中に向けてお辞儀をして部屋を後にした。
今回の訪問は、準備不足と言うのもあるが、考えうる限り最悪に近い形の結末に終わったと言って良いだろう。
敵か味方かの判別は出来ないが、森田父にはこちらの手の内の情報は全てバレてしまい、逆に僕が得られたのは「やはり父親は一人の症状のことを知っていた」という、予め立てていた仮説が証明されただけに過ぎず、進展としてはほとんどない状態だ。
今の時点で断言は出来ないが、森田父からは非協力的な印象を受ける。それは単純に、家族間の問題だから他人から首を突っ込んでほしくないからなのか、あるいは森田の症状を改善したくないからなのかは分からない。忙しさから対応が冷たくなっているという可能性も考えられるな……。
「はあ、失敗したな……」
とりあえず誰かから連絡が来ていないかと、二つ折りの携帯電話を開く。メールの受信を知らせるアイコンが表示されており、差出人には渦中の人である《森田一人》の名前が表示されていた。
メッセージボックスを開くと、どうやら報告を聞きたいようで、大学の近くの喫茶店で待つ旨が記載されていた。
あまり(というかかなり)良い結果ではないが、それでも依頼人に伝えないわけにも行かず、僕は重い足取りで森田が待つファミレスへと向かった。
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