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思い立ったが吉日ということもあり、翌日の日曜には森田の父がいる大学の方へと向けて自転車を揺らしていた。調査報告も兼ねてまどかには連絡をしたが、日曜もバイトが入っているらしく来られないことを残念がっていた。
「とにかく、お父さんと話して、何かわかると良いね!」
明日にでも大学に行くことを伝えると、まどかはそう言って言葉を返した。今日まで結構空振りが続いていたので、今回の訪問で自体が大きく進展することを僕も願っている。
大学の敷地内には思いの外すんなりと入れた。正面玄関には守衛などはおらず、大きく開放されている。
僕は入ってから左手側にある、お客様専用駐車場と並列して設置されている駐輪場(と思わしき白い枠線)の中に自転車を停めた。なにぶん僕以外に駐輪している自転車がないのだから何とも言えないが、多分大丈夫だろう。
大学に到着したがどうしようかと頭を捻る。大学の場所は聞いてはいたが、森田はとことん父親に興味がない様で、何を専攻している教授なのかという話は一切出なかった。
これでは尋ねようがない。とりあえず人が大勢いる所に移動し、話が聞けそうな人を尋ねてみようと、正面玄関から入って少し正面に歩いたあたりに建っているアクリル板へと移動した。
様々なサークル活動の勧誘チラシや、近くの出し物などのプリントなどがあるスペースを超え、目論見通りに大学のキャンパスマップがある場所の真前に立つ。とりあえず本部棟の教務課に行くのが手っ取り早そうではある。が、学生でも入学希望でも何でもない一般人が、教授などにアポなしで会いたいと伝えて何の問題もないのかと、ここまで来て疑念が生じた。警察沙汰にはならないとは思うが、逆にすんなり案内されるかというと自信がない。しかも、家庭の事情に全く関係のない第三者が首を突っ込もうとしているという事実が、二の足を踏んでいる足にさらなる加重をしてくる。
不意に視界の端に黒い何かが横切るのが見えそちらに目をやると、一匹の黒猫が歩いている所だった。黒猫に横切られると不吉なことが起きるというが、あいにくと愛猫家の僕には関係ない。猫は視線に気づいたのか、不審者を見る様な目つきでこちらを見返し、ピタリと身体を硬直させた。
毛色を見たところ艶もよく、綺麗に太陽光を反射させていた。野良猫かとも疑ったが、目の色と同じ青色のリボンを首に巻きつけているところから、近くに住んでいる猫がどこからか紛れ込んでいるのだろう。
とりあえず、猫を見つけたのならば呼びかけるのが愛猫家のセオリーというものだろう。僕はしゃがみ、人差し指を猫の鼻先に向けて真っ直ぐ差し、そのままジッと猫の目を見てゆっくり瞬きをする。どちらも猫に警戒を解かすジェスチュアだ。
猫は興味を持ったのかゆっくりとこちらに歩いてくるが、僕の背後から気配がし、それと同時に猫は「ンンン……」と鳴いて何処かへと走り去っていった。くそ、もうちょいだったのに……。
「猫、好きやねんな?」
立ち上がり、背後に立った人物に目を向ける。首まで伸ばした黒髪に黒縁の眼鏡。着ている洋服は何て言うか、モノトーンで若干パンクロック感のある服を着た男性がそこにはいた。もう寒くなってきた十一月だというのに、首には汗を拭う用のタオルが掛けられている。歳は僕と同じか、ちょっと下くらいに見える。
男性はキョトンとした表情でこちらを見ていたが、少なくとも不審者を見る様な視線でないことは救いだった。
「あ、いや……」
急な登場で焦りが生じたのと、気恥ずかしさから言葉がなかなか出てこない。そもそも何でここに来ているのかすら一瞬自分でも分からなくなる。
「見いひん顔やし、ウチの学生って訳やないですよね? 誰ぞに御用ですか?」
「ええと……」
「あ、まずは自己紹介やな。僕は河鹿ゆうもんです。ここの学生です」
「あ、ご親切にどうも。久保谷です……」
相手のペースに乗せられたまま、ついつい返事をしてしまう。少し話して気づいたが、若干喋りのイントネーションが独特だった。どこの方言かは分からないが、もともとここの近くに住んでいたって訳ではないだろう。
「ほうほう……。で、クボさんは何の用ですか?」
「ああ、それは……「河鹿くん」」
答えようとした矢先、また別の方向から声が飛んできた。声の方に視線を向けると、長身の男性とその後ろに立つ女性の二人組が視界に入る。
男性は初老に入りかけのややダンディズムな雰囲気があるが、その割には体格は鍛えている様で、しっかりとしたシルエットが見てとれた。女性の方も、ヒールを履いているとは言えこちらも高身長で、スラリと伸びた体躯や、ポニーテールにまとめられ腰まで伸びている黒髪が何とも妖艶な雰囲気を漂わせていた。
河鹿も同じ様に二人組に視線を向けると、男に向けてニコリと笑う。
「マッツさん。どうかしたんですか? その、後ろの女性は?」
「彼女は田村という学生さんだ。ちょうど、我々が行っている研究と合同できそうな部分があって、君も立ち合った方が良いと思ってね。……そちらの彼は友人か?」
マッツと呼ばれた男性が僕の方を一瞥する。河鹿は「ちゃいます」と首を横に振った。
まいったな。あまり人が多くなると説明が面倒くさくなりそうだと思ったが、しかし河鹿という男を始め、何とも人当たりが良さそうな人たちばかりというのは救いがある。
どうせ誰か捕まえて説明し、森田の父の場所を教えてもらう必要があるというのは変わらない訳で、ここで目的を済ませてしまうのが手っ取り早そうだ。マッツと呼ばれた男性は首からネームプレートを下げており、《松崎助教授》と簡単に書かれていた。少なくとも大学関係者であることから、聞く相手としては申し分ないだろう。
「あの、僕は森田教授に用があって会いに来ました。大学に来たまでは良いんですが、森田教授がどこにいるか分からなくて……」
「なんだ、森田教授のお客さんか。あの人はいつも先端科学研究所にいるよ。君ころの歳の子がいるとも聞いているが、君は森田教授の御子息かな?」
「いえ、お子さんの友人です。ちょっと彼の容体のことで、彼の父に聞かなければならないことがあって……」
そう言ってから、若干言いすぎたことに気がついた。ここで「容体って?」と変に親切心を発揮されでもしたら、巧くかわす自信がなかったが、タイミングよく皆の後ろいた女性が「あの、そろそろ」と声をかけたため、話を切り上げて3人は揃って何処かへと歩いて行った。
松崎助教授が言っていた先端科学研究所の場所を改めてキャンパスマップで確認すると、当初の目的地だった本部棟から右に逸れたところにその建物はあるようだ。
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