森田の話に僕は息を呑んだ。

 そのままの言葉を鸚鵡返しする。森田は「そうです」と言って小さく頷く。

 確かに引っかかる。というかその口ぶりからすると、それはまるで……。

「今起きている現象のことを理解していて、対処法も知っている様な口ぶりだね」

「やはりそう思いますよね? 当時はそう思わなかったのですが、この間お話を聞いてもらって色々と思い返していたら、母はどうもこの現象のことを知っている様子でした」

 つくづく母親に会えないことが残念に思えた。一体彼女は何を知っていたのか、それが分かれば自体は大きく進展するのに……。

「お父さんの方は? 何か知っていたりするのかな?」

「さあ……。こういうのも何なんですが、僕は父とは不仲であまり話さないんです。僕の症状は母にしか相談したことがないし、父は父で子供や家庭に関心がない様子で、もしかしたら知ってすらいないのかもしれません……」

 そんなことがあるだろうか? 流石にこの状況を父親に説明しない母親がいるとも想像できない……。が、そもそもかなり常識から外れてしまっていることも確かだ。

 母親は何かしらの事情を知っていたと考えて良いだろう。それを病院に行かない理由として納得できる説明を父親にしていたかどうか……。もしくは本物のネグレストで、子供に全く関心がないサイコパスの可能性もある。気になることがありもう一度写真立てに視線を向けてみるが、どの写真も森田か母親のだけで、やはり父親らしき人物が写っている写真は確認できない。

 父親が何かを知っていたかどうか気がかりではあるが、これは直接会って確かめるのが一番手っ取り早そうだな。

「これは直接聞いてみないとだね。お父さんはいつごろ帰ってくるか分かる?」

 その質問の問いに、森田は首を左右に振って応えた。

「父はあまり家に帰ってこないんです。大学で教授か何かをしているんですが、研究やら何やらで家に帰ってくるのは稀で、いつ帰ってくるかも分かりません」

「そうか。じゃあ、話を聞くなら直接そちらの方に尋ねたほうが早そうだね」

 他にも数点アルバムやらを見てみたが、これと言って調査に進展する情報は得られなかった。ただ、どのアルバムを見てもやはり父親らしい人の姿は写っていない。

 一抹の不安を少し覚えたが、まあ、写真嫌いという線も考えられる。そうそう橋本みたいな吸血鬼が多く存在するとも思えないし、森田からもそう言った説明(父親は写真に映らないんですよ。など)は特にないので、父親は普通の人間と考えて良さそうだ。


 用意してもらった書類などはあらかた見た。後は……、

「お母さんの私物とかあるかな? そっちに何か、事情がわかる様なものとかあるかもしれない」

「それなんですが……」

 森田は答えにくそうに声を捻り出す。何やら嫌な予感を抱いて彼の顔を見返すと、彼は苦虫を噛み潰したような表情でこちらを見つめた。

「この間のお話の後から、母は何か知っていたんじゃないかと思って母の私物を漁ろうとしたのですが、母の私物、処分されていました」

「処分?」

「ええ……。僕ではないので父だと思います。母を思い出したくなくて、処分したのでしょうか?」

「だとしたらリビングに写真が堂々と置かれてなんかないだろ」

 僕は棚の上に置かれている写真立てを顎でしゃくる。森田も視線をそこに追従させ「それもそうですね」と納得する。


 森田はあまり考えたくない様子だが、おそらくは父親も森田の身体に起こっている現象に関して、認知していると考えた方が良さそうだ。極度のネグレストでなければ不自然すぎる点がどうも引っかかる。

 知っていることを本人に言わないのは一種の温情か、あるいは別の目的があるのかも知れない。どちらにせよ、やはりここは直接話を聞きに行くしかなさそうだ……。


 あとは、聞きにくいがこれも聞いておくか……。

「森田。辛いことを思い出させるけど聞いておく。お母さん、亡くなる前に何か言っていなかったか? 辞世の句ってやつとか……」

 僕の質問に森田は首を左右に振った。

「……すみません。亡くなる前から母には意識がなく、何かを言える状態ではありませんでした。最期の言葉もこちらが言うだけでした。その時ばかりは父も比較的に感情的で、母の手を取って『また逢える』と、泣きそうな顔で言い残していたのが、今でも印象に残っています」

 聞いていてこちらの胸が苦しくなる。死の瞬間とは間接的ですら悼みを感じる。

 僕は「辛いことを思い出させてすまない」と言うと、森田は「いえ、大丈夫です」と返してくれた。


 森田の父親がいる大学名を控え、森田家を後にする。彼の言う通りなら、ほぼいつでもそこに行けば会えるとのことだった。

 言い訳などのしやすさも考慮し、一緒に行くかと提案してみたが、父との関係の溝は深い様子で、「いやです」と断られた……。しょうがない、大学にはまどかを連れて行くことにしよう。

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