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予想より吹っ飛んだ現象が来るとは思っていたが、森田の話は覚悟している以上に強烈だ。都市伝説や怪物、宇宙人とかの類だったら、どうにか出来るかは別としてある程度の検討がつく。しかし、森田の様に性別そのものが変動してしまうケースというのは都市伝説でも聞いたことがない。
…………いや。都市伝説ではないが思い当たるものが一つ。
「男になったり女になったりするきっかけが、水やお湯を被ったりだったり……」
「違います。これと言ったタイミングがわからず、いつの間にかなっているケースがあるのですが、だいたいは就寝して、起きると変わっていたりします」
「過去に、中国とか行って呪われた泉に浸かった経験は?」
「ないです。海外旅行には行ったことないですし、それに僕の症状は生まれつきです」
「お父さんパンダ?」
「違います。っていうかそれ、漫画ですよね」
くそ。偉大なる高橋留美子先生の力を持ってしてもこの症状をどうにかすることはできないか。というか、そもそもあれも最終話で変身体質解決してなかったな。
「僕の症状を聞いて、『困ったら久保谷を頼れ』って遠藤さんが言っていました。橋本さんの話も聞いています。どうにか助けてもらえませんか?」
どうにかって言われてもな……。僕は隣に座るまどかの方を見る。まどかは「何とかできないの?」とは言うが。
「何とかって言われてもな……。今のところ解決どころか、要因も皆目検討つかない状態だから」
「ハッシーの時は何とかなったじゃん」
「あれは本人が結構ヒント出してたし、たまたま当時読んでた本が彼の境遇と重なったってだけだ。それに、橋本の場合は偶然が重なっただけ。その場しのぎだし、結局根本原因は解決してないんだけど……」
守れなさそうな約束はするものじゃない。変に解決できると期待させるのはむしろ残酷だろうと思っているが、まどかは困っている人を放ってはおけないのだろう。そりゃ僕もどうにかできるものならどうにかしたいけど……。
「きっと何とかなるよ。私もできるだけ協力するし」
だから、助けてあげよう。っと、彼女が言わなかった言葉の部分は汲み取れた。僕は一度大きく嘆息つくと森田の顔を見返す。
「解決できるって断言はできない。でも、一応は調べる。それで何か分かれば対応するし、分からないかもしれない。それでも良いなら……」
僕がそう言うと、森田は軽く破顔し「ありがとうございます」と応えた。その表情に僕の心臓は早鐘を打つ。これは、ヤバイな……。これで「男でした」ってなったら新しい扉を開いてしまうかもしれない……。
……そこまで来て僕は一つ疑問に思う。いや、結構初めの段階で聞くべき内容だったんだろうが、問題のインパクトで気圧されていたし、話の流れ的に聞くタイミングがなかったのもあるのだろう。
「ひとつ質問だけど。森田くん的には自分はどっちだと思っているの? これは願望と捉えても良いんだけど……」
僕の質問に森田が少し困惑した表情を浮かべたのには驚いた。それほど難しい質問をしたつもりではなかった。当の本人的にはどちらが良いんだろうと(今後の対応も含め)聞いたんだが、森田は答える代わりに頭を下げる。
「すみません。正直自分でも良く分かっていないんです。それも含めて、相談していると思ってください」
「え? どっちの性別が良いとか、そう言う感じの無いの?」
すかさず驚きの声を発するまどかに対し、森田は軽くうなづいた。
「正直どちらもピンとこないんです。一応は両方とも試してみたんですが、『ああこれだ』と思うことはなかったですね」
試し……。いや、それは今どうでも良いか。深く考えず、先に進もう。
「ノンバイナリーやクィアってのになるんじゃないのか? 自分の性別を特定しない人たちがいるんだが、それに近い感じがする」
なんですかそれ? と二人に聞かれる前に僕は説明を交えて提唱してみた。森田は「ああ、なるほど」と言うが、それほど納得していない様子だった。
「確かにそれに近いですが、それが僕の本心なのか、正直言って自信がないんです。その考えは、僕が今の体質だからそう思い込もうとしているだけで、この現象が治ったら違う考えを持つかもしれない。男性、女性、それにクィアですか? にしても、これだと断言するのは早計な気がします。……そうですね、不便だと言うのなら、便宜上、男性としてください。出生届や学校では、男として籍を置いてましたので」
「ええ〜? 男なんてもったいないよ! こんなに可愛いんだから女の子の方が絶対合うのに!」
抗議をするまどかの意見には激しく同意したいが、彼本人の提案と言うこともあり、とりあえず仮定では男性ということで接した方が何かと都合が良いだろう。それに最終案ではないはずだ。まだ僕らには幾ばくかの希望はある……。
森田の相談内容は全て出切った様で、これ以上の話は出なかった。僕に関しても仮説などを組むには情報が足りず、今日のところはこのくらいだろう判断し、次の土曜に出生証明書やら何やらを確認するため森田の家に行くことを計画して僕らはパン屋を後にした。
時刻は19時を少し過ぎたところで、雨は依然として降り続いている。すぐに近くのバス停にでも走ろうとしたが、まどかが母親を呼んだとのことで、僕らはその好意に甘えることにする。
数分後、まどかの母が運転する車が到着し、軽くお辞儀をしながら僕と森田は後部座席へと乗り込んだ。まどかの母は、後ろに座る森田をバックミラー越しに見て「可愛い、可愛い」と何度も連呼していた。
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