唐突すぎる森田の質問に僕が固まっていると、隣に座るまどかは「男!」と人差し指を立てて相手の顔を指差した。続け、「こんな可愛い女の子が、女の子なハズがない!」とどこかで聞いたことがある謎理論を展開する。

 なるほど確かに……ってなるか! 恥ずかしいから他人の振りをしたいが、同じ円形テーブルに着いている不幸がそれを許してはくれなかった。

 あまりの気恥ずかしさに森田の顔色を伺うと、彼はふふっと微笑を浮かべていた。一瞬、その表情にドキリとする。いや、マジで分かんねぇなコイツ……。


「えっと、申し訳ないけど僕には正直判別がつかない。男性といえば男性っぽく見えるし、逆に女性と言われれば、ああそうかと納得できる。でも、僕らが君をどう見えるかは、本当の相談とは違うんだろ?」

 まあ、これで僕も「男に見える」で解決できれば簡単なんだろうが、そうは問屋が落とさないだろう。

 わざわざコレを聞くってことは、それなりに思うところがあるはずだ。ゲイやバイ、性同一性障害ということも考えられるが、それなら。病院にでも行ってカウンセリングを受ければ済む話だ。医師相手とはいえ性の悩みを打ち明けるのは大変だとは思うが、”友達の友達”に話すのに比べたらまだまだハードルは低い。

 


「えぇ。そうなんです。その……すみません。四月さんがいるとは聞いてなかったので、女性の前でこういう話をするのは気が引けるのですが……」

 森田の言い淀んでいることについてピンと来た。多分だがだいたい下寄りの話関係だろう。

「ああ、それは大丈夫。コイツ、ふつうの男よりも下品だし」

「なんだと! 清純無垢なレディに向かってなんだその口の聞き方は! 言っとくが、まだ膜張ってんかんな!」

 ……そう言うところだぞ。と出かかった言葉を喉の奥に引っ込める。まどかのことは無視しよう。話が先に進まない。僕は森田のほうに視線を向け、続きを勧めた。

「ごめん。で、本題は?」

「ええ。その……」

 またしばしの沈黙が流れる。今回は短く終わり、森田は一度大きく深呼吸をすると、真剣な顔になって声を潜めた。


「その……。僕の生まれつきの病症なんですが、生えてくるんです。いや、引っ込むと言えば良いのかな? 元々の性別が分からないのでどう捉えれば良いのか分からないのですが……。つまり、そう言うことなんです」

「えっと、それは……」

 彼はハッキリとした明言はしなかったが何の話か見当はついた。ついつい視線が彼の鼠蹊部の方に向いてしまう。それを察して森田は言葉を続けた。


「はい、ちんぽです」


 言ったよ。こいつ、言いやがった。

 先ほどの言い淀んでいる様子はなんだったのかと問いただしたくなるくらい、あっさりとした口調で森田は応えた。あるいはもう吹っ切れたのだろうか、端正な顔立ちは表情が変わらず、何を考えているかイマイチよく分からない。

「ちんちんが生えたり萎んだりするってこと? 大きくなるってのは知ってるけど、そう言うことってあるの?」

「寒くなったり恐怖を感じたりすると縮んだりするけど、体に埋まるほどのことじゃないな。あとは、マチヘンブラってのとも違う気がする」

「マチ……なにそれ?」

 まどかと森田は二人して僕の方を見て首を傾げた。僕も最近になって知った言葉だが、大変興味深い話なので説明することにした。


「ドミニカ共和国の小さな町。ラス・サリナスの子供たちにたまに見られる現象で、彼らは始め女性として生まれるんだが、第二次性徴期を迎える十〜十三歳にかけてペニスが生えてくる様になる。地元ではその現象をゲヴェドーセス(十二歳のペニス)と呼んだり、そうなった子供をマチヘンブラ(これは、初めは女で後から男って意味があるらしい)って呼んだそうだ。呼称が付くくらいにはメジャな現象ではあるらしい」

「生まれてからちんちんが生成されるってこと?」

「いや、どうもそうじゃない。もともとの家系か何かで極端にペニスが小さく、体に埋め込まれた状態で生まれてくるそうだ。元からペニスは付いてるんだよ。ペニスの先端は少し出ているのか、一見すると陰唇とクリトリスがある様に見えるらしい。それが第二次性徴期にかかり体の成長と共に、ペニスも大きくなって体から出てくる。機能も充分で普通に結婚して家族を作れたりする。彼らはちゃんとした男性だが、幼年期では女性として勘違いされて育てられる手前、生きづらい人生を歩んでいる人も少なくない様だ」

「へええ。てかクボ、なんでそんなこと知ってるの?」

「小説のネタとして面白い現象がないか調べているうちに行き着いた」

 まどかはいたく感心した様子で「へえ〜」と嘆息をつき、「相変わらずいろいろ知ってるよね」と呟いた。僕も自分のことながらそう思うが、でもこれは実際に森田に起きている症状とは別の現象だ。

「マチヘンブラの話では一度出たペニスが完全に体に戻ることはない。僕も周りに聞きまくったことがないから確かなことは言えないけど、経験上としても縮んで体に入るって言う経験はない。相当な脂肪漢でもない限り、いや、脂肪漢でもそう言ったことは起きないだろう、多分。でも、森田くんの話はそうじゃない。見ての通り痩せてるしな」

 同意を求める様に森田の方を向くと、彼はそうですと言いたげに小さくうなづいた。

「ええ。僕も初めは縮んでしまって、体にでもめり込んでるだけなのかなとも思ったんです。母さんに相談したこともあったのですが、『大丈夫』としか言ってもらえてなくて……。ですが、周りの友人に言っても理解をしてもらえず、そこで周りは僕と違うと気付きました。そこで、どうなっているのかなと改めて見てみたんです。生えてない時に……」

「それ、あんまし続き聞きたくないんだけど、その口ぶりからすると単に小さくなって終わりって感じじゃなさそうだね……」

 森田は小さく「はい」と言い、次いでテーブル上に置いていた円柱型のアクリル伝票入れを手に取り、それを望遠鏡に見立てる様にして僕の方を見つめた。その行動の意味を察し、僕は頭を抱えてテーブルに伏せる。


 これは、予想以上に厄介だ……。

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