第13話

 鉄道を乗り継いで2時間くらいだろうか、海の近い駅に降り立った。この鉄道も、もう廃線が決まっている路線とのことで、僕たち以外の乗客は数える程度しかいない。

 そこから僕たちは歩いて、目的地を目指した。春風の吹く晴天であることと、見慣れない土地が相まって、僕の気持ちは自然と高まる。

 坂を下ると、海が見えてくる。かつて漁港だったこの土地は、古くは栄えていたが養殖を基本とする法案が可決されてからは、ずいぶんと寂れてしまったらしい。波に揺られ朽ち果てた船は、いくつかの生物の住みかとなっていた。

 海をひとしきり眺めてから、僕たちは自然石でつくられた階段を上がる。手桶に水を汲み入れて、ほうきと塵とりを持つ。ひかりは用意してきたお線香と、花を準備する。故人を想う気持ちは昔から変わらないからだろうか、しきたりや作法は大昔とそれほど変わっていないらしい。

 僕たちは、橘開成のお墓の前で、両手をあわせた。

 優しい風が、頬を撫でて静かに通り過ぎていく。

「元気くんは、おじいちゃんに何を報告したの?」

「それは、他人には言わないほうがいいんじゃないの」と僕は言葉を返す。

 僕は、ここ数日であったことを報告した。

「晩年のおじいちゃんの様子って、話したことあったかな」

 僕はひかりに顔を向ける。過去の記憶を思い出そうとするが、引っ張り出すことができない。その様子を見て、ひかりは言葉を続けた。

「おじいちゃんはあの演奏会のあとね、仕事がなくなったからさ。自分の力を発揮できる場がなくなって、一気に老け込んでしまった。どんなに能力があっても、活躍する場所がなければ、人は輝くことはできないんだなって。だからわたしは――」

 そこまで言い終わると、ひかりは言葉を詰まらせた。空気が淀み、ひかりの姿がすこし小さく感じる。

 僕は静かにひかりの次の言葉を待った。ひかりは少しずつ言葉を重ねていく。

「だからわたしは、大人になるのが怖いよ。仕事とどう向かっていくのか、考えると急に不安になってきちゃうんだ」

 いまなら分かるよ、と僕は心の中で答えた。ひかりを見て、僕は小さくうなずいて見せた。

「でも、元気くんを見ていると勇気というか、頑張らなきゃって気持ちは出てくるんだよ。わたしは、元気くんみたいにはなれないけど、やっぱり、人の役に立ちたいなって思う。コンピュータに言いなりの、補助の仕事は嫌だな。だから、音大に進んだの。音楽教室の先生は狭き門だし、ちゃんとこの職に就けるかわからなくて、不安でつぶされそうになる。他の友人たちもそうだと思うよ。でも、生徒の心のストレスとか取ってあげられるのは、音楽教室の先生だったりするから」

 そういって、ひかりは祖父の眠るお墓に視線を送る。

「今日は付き合ってくれてありがとう。じゃあ、帰ろっか」

 振り返ると、青々とした海が一面に広がって見えた。

「ねえ、次は僕に付き合ってもらってもいい?」

 場所は言わなかったけれど、ひかりにはどこか分かっているようだった。

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