第12話

 インターフォンを鳴らす。午前中だから、今度こそ家にいるはずだ。出てきてくれる予感があった。僕には店長とのやり取りの感触が残っていて、はやる気持ちを抑えながら、玄関のトビラが開くのを期待して待った。

 もう一度、インターフォンを押す。

 2階を見上げるが、相変わらずカーテンは締まっており、中の様子はうかがえない。カラスの鳴き声が聞こえてきた。太陽は燦々と照り付けて、今日が洗濯日和であることを知らせる。僕はもう一度インターフォンに手をかけた。

 心に冷たい雨が吹きつける。急激に冷え切った僕に、これ以上待つ気力がうまれて来るはずもない。僕はインターフォンから手を離し、ひかりの家を後にした。


 長い付き合いのはずなのに、別れはあっけないんだな。もう、僕とは関わりたくないのかな。ぐるぐると不安が駆け巡る。

 ――弱虫だな、そうやって不安になって、弱気になって、馬鹿みたいだ――自分の声が諸刃の剣として突き刺さる。

 このあいだと違って、僕にはアイスをつくる役割はないし、隣に大切な彼女の姿もない。ベンチから見える景色はほとんど変わっていないはずなのに、それはまったくの別ものに見えた。

 朝から何も食べていなかった。それでも、食欲は全くやってこない。少し何か食べなければ、そんな気持ちで立ち上がると、目の前に見慣れた姿があった。

「店長が連絡をくれたの。許してやってよって」

 ひかりはそうとだけ言った。

「どうして、ここだとわかったの?」

 僕がかすれた声で言うと、ひかりは、やれやれといった表情を見せる。

「何年一緒にいると思ってるのよ」

 そして、言葉を続ける。

「よし、今からいこう」

「え、どこに?」

「芸術の力を、信じているんでしょ。くよくよしていても、仕方ないんだから」

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