Chapter25-5 聖剣の真意(7)

「ぜ、ゼクスさま、ご、ご無事で何よりです」


「ゼクス先輩、お疲れさまでした」


 後始末に集まった近衛兵たちとの話し合いを終えたところ、スキアとアルトゥーロに声を掛けられた。


「ありがとう、二人とも。そっちの仕事は終わったのか?」


 オレは笑顔を向けながら、二人――というより、スキアに状況を問うた。仕事というのは、負傷した兵士たちの治療である。


 彼女はコクリと頷く。


「は、はい。さ、幸い、重症者はいなかったので、そ、そこまで、て、手間はかかりませんでした」


「そうか。スキアもご苦労さま」


「い、いえ」


 照れくさそうに笑むスキアで目の保養をした後、オレは次の質問を投じた。


「そういえば、実湖都みこつは一緒じゃないんだな」


 そう。この場にいるのはスキアとアルトゥーロの二人だけだった。実湖都みこつと彼女の護衛であるネモはいない。


 こちらの問いに答えたのはアルトゥーロだった。彼は苦笑気味に語る。


「ミコツちゃんなら、同郷のヒトたちに付き添ってますよ。彼ら、結構怯えちゃってましたから」


 もありなん。かつて人気者だった同級生たちが、自分たちに良くしてくれた国の兵士たちをバッタバッタと薙ぎ倒したんだ。ショックを受けるに決まっていた。


 しかも、転移者たちは“戦い”に慣れていない。精神的なダメージはより大きかっただろう。


 条件的には実湖都みこつも同じ境遇だが、彼女の場合、帝国との開幕戦の際に色々と吹っ切れた様子だった。ゆえに、他の者たちを慰める余裕があったんだと思う。


 あとでフォローは必要かもしれないが、今は彼女の行動力を尊重しておこう。ネモも同行しているなら、万が一の心配もいらないはずだし。


 オレが心のうちで得心していると、アルトゥーロが言葉を続けた。


「えっと、その……一つ、訊いてもいいですか?」


 その口調は、どこかキョドキョドしていた。視線も少し泳いでいる。


 オレは怪訝に思いつつも、「どうした?」と先を促した。


 彼はしばし言葉をにごしていたが、程なくして、意を決したように問うてくる。


「それは何なんですか?」


 アルトゥーロが指差したのはオレの右足――の下でガタガタと揺れる聖剣カレトヴルッフだった。


 実は、カレトヴルッフを確保してから、ずっと動いていないんだよね、オレ。少しでも意識を逸らすと、この駄剣が逃げかねないせいで。


 魔法や魄術びゃくじゅつで捕縛ないし保管することも考えたけど、現時点では難しかった。


 対星の力である【エラージャミング】は、オレの中に存在する星外要素――エラー部分を誤魔化す魔法だ。オレ自身への弱体化デバフは排除できても、オレの扱う術への弱体化デバフは防げない。例外は、体内で完結する身体強化系のみだった。


 要するに、物理的に捕まえることはできても、それ以外では簡単に逃げ出せてしまうんだ。だから、今は現状維持しか手段がなかった。


 一応、ここまで何もしなかったわけではない。踏む力を増やしてヒビを入れたり、もう一度粉々にしたり。そういった脅しは行った。


 だが、自己修復が可能なカレトヴルッフにとって有効な脅しではなかったようで、平然とした様子で再び暴れ出すのである。


 とはいえ、


「ここ十分ほどは大人しかったんだけどなぁ」


 カレトヴルッフも無駄な労力を割きたくなかったらしく、ついさっきまでは沈黙していたんだ。足を浮かせると逃げ出そうとしたので、オレは動けなかったけども。


 だのに、再び暴れ始めたのは、何故だろうか?


 ……スキアたちが近づいて来たから?


 直近の変化らしい変化といえば、それ以外になかった。スキアもアルトゥーロも広義的には聖剣使いだ。カレトヴルッフが反応しても不思議ではない。


 挙動不審のスキアと「個性的な聖剣ですね」と苦笑を溢すアルトゥーロ、そして足下のカレトヴルッフ。三者の様子をつぶさに観察した。


「分かるわけがないか」


 オレはぼやく。


 外見だけで判断できるのなら、何も苦労はしない。ここはもう一工夫が必要だろう。


 まず、“聖剣の鞘”を管理しているフォラナーダの研究施設に【念話】で連絡を取る。


『【念話】を繋げっ放しにするから、聖剣の鞘に変化があったら、逐次報告してくれ』


 次いでカレトヴルッフを粉々に踏み潰し、完全再生し終わるタイミングに合わせてガッシリとその柄を握り締めた。ガタガタと暴れるが、逃がすはずがない。


 何度も繰り返したお陰で、この作業も慣れたもの。折る際にかなり力を入れたが、今やほぼ無音で実行できるし、再生速度も完璧に把握していた。


 一方のスキアたちは、目を丸くして呆然としている。


 当然だ。こんな奇行を突発的に見せられて、驚かない人間はいない。


 申しわけないけど、もう少し付き合ってもらうよ。


 オレは心の中で謝罪しつつ、握り締めた聖剣の切っ先をアルトゥーロに向けた。害する気は一切なく、文字通りの行動しかしない。


「ッ」


 彼はビクリと肩を揺らしたものの、他には何もアクションを起こさなかった。


 フォラナーダ式の訓練を、一端とはいえ経験しただけはある。こちらに殺気がないことを理解したんだろう。さすがに、困惑した表情は浮かべているが。


 一瞬、シンと静まり返る場。スキアとアルトゥーロが怪訝そうな感情を滲ませ始めた時、それは起こった。


 ピカピカとカレトヴルッフが激しく明滅を始めたんだ。まるで、アルトゥーロに対して、何かをアピールするように。


 事態は、それだけに収まらない。繋げっ放しだった【念話】から、研究員の慌てた声が聞こえてくる。『聖剣の鞘が、激しく明滅しています』と。


 うん。これは確定といって良いかな。


 確認したいことを終えたオレは、研究員に経過観察を命じて【念話】を切り、掲げていた聖剣も下ろした。


 明滅が若干大人しくなったカレトヴルッフを尻目に、アルトゥーロに告げる。


「どうやら、聖剣カレトヴルッフは、アルトゥーロを次の持ち主に選定したみたいだ」


「は? え? どうして?」


 よほど予想外だったのか、これまで以上に瞠目どうもくする彼。今にも目玉がこぼれ落ちそうである。


 オレは、苦笑いを浮かべながら説明する。


「正確には、キミの所有してた聖剣の鞘が、カレトヴルッフの鞘だったんだよ」


 カレトヴルッフと鞘が連動して反応を示したこと。師子王ししおうが暴走した時、アルトゥーロも苦しみ始めたこと。その二点を考えると、ほぼ間違いないだろう。


 確証はないが、因果操作は鞘の方が元々有している能力な気がする。だから、アルトゥーロが近くにいた時に暴走したし、因果操作の力が強まったんだと思う。


「前々から中身の行方は追ってたけど、まさかこれ・・だったとはね」


 まぁ、よくよく考えてみれば、カレトヴルッフも鞘も魔法大陸ここで発見された聖剣だ。もっと早く気づいても良かったかもしれない。


 言いわけをさせてもらうと、最近は忙しすぎたんだよ。戦争やら、神の使徒やら、聖剣対策やら。そのせいで、そちらの考察が疎かになってしまった。


 未だ困惑しているアルトゥーロに、オレは問いかける。


「で、どうしたい?」


「どう、とは?」


 抽象的すぎたせいか、彼は質問の意図を理解できなかったようだ。よりいっそう困惑し、首を傾げる。


「すまない、曖昧すぎたな。この聖剣を今後どう扱いたいか訊きたかったんだ」


「それは、僕が決めることなんですか?」


「当然だろう。キミが持ち主に選ばれたんだから」


「そりゃそうですけど……」


 ものすごく嫌そうな顔をするアルトゥーロ。


 無理もない。直前に師子王ししおうの暴走を目の当たりにしたんだ。自分も二の舞になるのではないかと警戒しているんだろう。


 そも、彼は鞘のみでも忌避していたので、聖剣のことを厄介な代物と考えてそうだ。


 アルトゥーロが消極的な姿勢であることは、カレトヴルッフも察した模様。何かをアピールするように、再びピカピカと輝きだす。


 まぶしくて迷惑のため、【位相隠しカバーテクスチャ】から取り出した布でカレトヴルッフを覆い隠した。


 すると、抗議なのか、今まで以上にガタガタとカレトヴルッフが暴れ出す。神化状態のオレの筋力には敵いっこないが。


 薄々感づいていたけど、こいつ、間違いなく自我を持っているな。リアクションが、人間のそれに近すぎる。


 一連の流れを見ていたアルトゥーロは、カレトヴルッフへ胡乱げな視線を向けていた。人間くさいところを目撃して、ますます不信感を募らせたんだろう。


 うーんと唸っていた彼は、申しわけなさそうに口を開く。


「フォラナーダで預かってもらうことって、できますか?」


 予想通りのセリフだった。元々聖剣の鞘の対応に困っていた彼が、面倒ごとの塊である聖剣を受け入れるとは考えられなかった。


 当然、回答も用意してある。


「いいぞ。定期検査の義務は発生するけど、預かること自体は構わない」


 むしろ、願ったりだ。聖剣は未知の部分が多いので、手元に置いて研究できるのは助かる。


 こちらの答えを聞き、アルトゥーロはホッと胸を撫で下ろした。


「ありがとうございます。検査は協力するので、ぜひ預かってください。その聖剣は、僕の手には余ります」


「分かった。とりあえず、今はオレが回収するよ。あとで細かい打ち合わせをしよう」


「はい」


 聖剣にまったく執着がなかったお陰か、トントン拍子で話が進んでいく。


 これでカレトヴルッフについては一件落着かな、と思っていたところ、不意に何者かの大声が聞こえた。


『待ちなさいよ!』

 

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