Chapter25-5 聖剣の真意(6)

 聖剣粒子によって、大幅に弱体化した状態のオレ。いつもよりも体は動かしにくいし、頭も回らない。魔法を筆頭とした術の構築も甘くなる。不利な要素ばかりだ。


 しかし、それでも、師子王ししおうに――聖剣カレトヴルッフに敗北するビジョンは見えなかった。必ず勝てるという、確固たる自信が胸のうちに存在した。


 ついでに言うなら、不殺という枷をつけた上でも、大して消耗する気はしない。面倒ではあるが、彼我の戦力差を覆すほど強くはない。それが、師子王ししおうやカレトヴルッフに対してのオレの認識だった。


 あと、試したいこともあるんだよ。でなければ、消耗を承知していながら戦ったりしない。


「【万物の色を剥す無彩色ゼロ】」


 とりあえず、先制で無色魔法を放つ。オレが理解しているものに限定されるが、すべての異能を無効化する術だ。


 それによって、周囲に漂っていた聖剣粒子が減衰した。完全消滅には至らなかったが、大幅にその密度を薄くできた。


 無色魔法なら、“星の力”が相手でもある程度通じる。それが分かったことは大きい。


「少しだけ動きやすくなった」


 オレは小さく笑み、すぐさま追撃を仕掛ける。自らの瞳を左右で異なる魔眼に変え、灰魔法を唱える。


「【すべては灰に帰すアオスブレネン】」


「ッ!?」


 一瞬ではあるが、師子王ししおうの体がビクリと震えた。そして、彼のまとっていた聖剣粒子が再び目減りする。


 おそらく、因果操作に全力を注いだためだろう。原子単位で燃やし尽くす【すべては灰に帰すアオスブレネン】を受けて五体満足でいられるとは、やはり聖剣は強いな。


 まだまだ手は止めない。右目から垂れる血涙を拭い、新たな魔法を発動する。


「【万物を塗り潰す無彩色イレイズ】」


 またもや無色魔法だ。【万物の色を剥す無彩色ゼロ】の物理版と言うべき、何もかもを魔力で塗り潰す術だった。


 滂沱の如き無色の魔力にさらされた師子王ししおうは、末端から消滅していく。存在そのものを無色に染められていく。


 ところが、その影響も一瞬だった。気がついた時には【万物を塗り潰す無彩色イレイズ】はキャンセルされており、師子王ししおうの体も元に戻っている。


「本当に厄介な能力だな」


 溜息交じりに呟く。


 暴走前なら仕留められていたはずだが、因果操作の力が増している今は難しいよう。


 もっと火力を上げたいところだけど……さすがのオレでも、これ以上は出力を上げられない。


 一応、【脱色デリート】という手札は残っているものの、“星の力”を無尽蔵に扱う聖剣には効果がないだろう。あれは存在感を抜き取って薄め、自滅を誘う魔法。抜き取った瞬間に補充されては意味がない。


 その後、何度か無色魔法を放つが、効果的なダメージは与えられなかった。それどころか、隙を縫って反撃に出てくる始末。


「【湖の加護】、【必勝の約定】、【希望の象徴】ッ」


 大気中の水が独りでに集まり、甲冑をまとった騎士が五体できあがった。そして、水の騎士たちは、一斉にオレへと襲い掛かってくる。


 水の騎士たちは因果操作の影響を受けているようで、気がついた時には死角に回り込んでいた。五本の剣それぞれがオレの急所目掛けて振るわれる。


 おそらく、【湖の加護】が水操作、【必勝の約定】が因果操作、【希望の象徴】が味方の強化だろう。自らの能力で作った人形が味方扱いとか、暴論な気がするけど。


 とはいえ、問題ない。聖剣の所有者本人ならともかく、それが操る人形程度なら対処は容易かった。


「【万物を塗り潰す無彩色イレイズ】」


 術の範囲を広げ、一撃で水の騎士たちを消滅させる。また、連続で同じ魔法を発動し、師子王ししおう本人にも攻撃した。当然、因果操作で防がれてしまったが。


 すると、彼は奇妙な行動に出る。五体の水の騎士を、再度作り出したんだ。


 通用しないことは示したはずなのに、何故だ?


 小首を傾げるオレだったが、その理由はすぐに判明した。


「【勝利の道標】!」


 聖剣を上に掲げ、そう唱える師子王ししおう


 それと同時、周囲に侍っていた水の騎士たちが、その場にひざまずいた。


 ……いや、違う。あれはどちらかというと『脱力したせいで膝を突いてしまった』といった感じだ。


「まさか」


 嫌な予感を覚えたオレ。


 その直感は正しかった。


 次の瞬間、師子王ししおうがオレの目前にいたんだ。しかも、攻撃まで繰り出されており、脇腹の一ミリメートル手前まで聖剣が迫っている。


 息を呑む暇さえない。ギリギリ短剣を差し込み、歯を食いしばった。


 直後、視界が引っくり返る。それから、轟音とともに鈍い痛みが全身に走った。


 衝撃を殺し切れずに吹き飛ばされ、城壁の一部に激突したのである。短剣も大破してしまった。


 上下逆さになった体勢を立て直し、オレは急いでガレキの山から起き上がった。呑気に転がっている余裕はない。


 案の定、こちらが立つのと同時に師子王ししおうが突っ込んできた。聖剣を縦に構え、その切っ先をオレへ突き立てようとしてくる。


 万全の体勢ではないし、魔法を発動する時間的猶予もないが、これを受けたら重傷は必至。回避するしかなかった。


 傾いた重心の方へあえて体重を寄せ、わざと体を転ばせる。そのまま転がって、師子王ししおうの射程外に逃げた。


 間一髪ながら、敵の突きを回避することに成功する。


 ゴロゴロと転がる勢いに従って距離を置き、体勢を立て直すオレ。


 再び師子王ししおうが突貫してこようとしたけど、それは【万物の色を剥がす無彩色ゼロ】で牽制した。


 先程までと異なり、こちらの攻撃を回避してくれたお陰で、今度こそ体勢を整える時間を確保できた。


「たぶん、間違いない」


 師子王ししおうが回避行動を取ったことで確信が持てた。


 あちらが使用した【勝利の道標】という能力は、味方の力を徴収するタイプの強化術バフだ。だから、水の騎士たちは膝をついたんだ。直立する力さえ失って。


 こちらの魔法を避けたのは、【勝利の道標】が常に発動を維持する必要のある能力だからだろう。【万物の色を剥がす無彩色ゼロ】で消されると判断したんだと思う。


 これの最悪なところは、【希望の象徴】で味方を強化した分も徴収できている点だった。師子王ししおうの能力上昇幅からして、まず間違いない。


 自分で強化したものを、自分の強化に加算できるって意味が分からん。『自分が貸した金を返してもらったら、何故か総金額が増えていた』みたいな暴論だ。反則も良いところだぞ。


 聖剣カレトヴルッフの能力って、全体的に狡いんだよなぁ。強いのは確かなんだけど、いろいろ姑息というか何というか……。正統派っぽいようで、微妙にズレている感じがする。


 まぁ、愚痴をこぼしても仕方ないか。超絶強化された師子王ししおうの身体能力が、弱体中のオレを若干上回っている事実は変わらない。


 現実を受け止めた上で、何らかの対処を講じなければならなかった。


 一番確実なのは、力を徴収している味方を始末することだが、


「当然、邪魔してくるよなぁ」


 戦闘不能状態の水の騎士を攻撃しようとしたところ、ものすごいスピードで回り込まれた。


 近接戦闘を演じるものの、ほぼ同じスペックの戦いに決着はつかない。


「僕ハみんなカラ“力“ヲ託サレてるんダ! 勝利ヲ期待サレテル僕ガ、ヒーローなんダ! ダカラ、絶対ニ僕ハ負けナイ!」


 剣撃の最中、師子王ししおうは吠える。ギラギラと輝いているのに、どこまでも曇った瞳は、対面するオレさえ見ていなかった。


 無理やり奪っておいて『託されている』ねぇ。実に、都合の解釈をしていらっしゃる。


 オレが内心で呆れていることなど露知らず、師子王ししおうは己が心をさらけ出し続ける。


「僕ハ、これまで期待に応エテきたんダ。ダカラ応エルんダ、コレカラモ!」


 彼にも、彼なりの苦難苦闘があったんだろう。それを帝国や聖剣に利用され、現状に至っているわけだ。


 ただ、同情はしない。それが彼の選んだ道だ。彼には、今までもたらされた情報を、どれか一つでも『疑う』選択肢だってあったはずなんだから。


 自らの意思で選択したことならば、どんな介在があろうと責任を果たす義務が生まれる。個人の事情を汲み取ってくれるのは、お人好しか裁判官くらいだ。


 オレと相対した以上、放り出すなんて甘えは許さない。


「そのためにも、生きて罪を償ってもらおうか」


 ――さて、もう慣れた・・・な。


 いくら身体能力が上がろうと、戦う当人の癖は変えられない。不本意ながら戦いに明け暮れてきたオレにとって、その癖を見抜くのは難しくなかった。相手が『つい最近まで平和を謳歌していた学生』ならなおさら。


 それだけではない。


 これまで何度も弱体やダメージを食らい、さらには対抗するための研究も続けてきた。いい加減、聖剣粒子がオレの中の何を・・攻撃しているのか、把握できたよ。


「【エラージャミング】」


 即席で構築した魔法により、聖剣粒子の干渉を阻害する。オレの中にあった星外要素エラーを誤魔化す。


 結果、オレの動きは格段に良くなった。──否、元の精細さを取り戻した。


「シッ!」


 走るは無数の銀閃。


 甲高い音が響き渡り、その直後にはパラパラと地面に金色の破片が散らばった。聖剣カレトヴルッフの残骸である。


「ア──」


 師子王ししおうも糸の切れた人形のように倒れる。聖剣による支配と強化バフがいきなり消えたせいで、意識を失ったんだろう。


 再び回復されては面倒くさいので、師子王ししおうはさっさと【位相隠しカバーテクスチャ】へ放り込んだ。


「お前は行かせないぞ」


 いつの間にか完全復元していたカレトヴルッフが、どこかへ飛んで行こうとしていたので、すぐさま足で踏み留める。


 まったく、油断も隙もない。


 往生際の悪いカレトヴルッフは、いつまでもガタガタと暴れていたが、その程度でオレから逃れられるわけがない。うっとうしくはあったが、まるっと無視した。


 ようやく訪れた落ち着いた空気を感じ、オレは一つ息を吐く。


 足下の聖剣のことなど、まだまだ頭の痛い問題は残っているけど、とりあえずは一件落着で良いだろう。


「はぁ、疲れた」


 そんな溜息交じりのセリフを吐きつつ、オレは【念話】で各所へ戦闘終了を報告するのだった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る