Chapter25-5 聖剣の真意(5)

「があああああああああ!?!?」


 悲痛に呻く彼は、炎をまといながら落ちていった。どうやら、水を操作する余裕もなくなっているらしい。


 地面に墜落した時、嫌な音が響いた。同時に、微かな呻き声も聞こえてくる。


 当然だろう。かなりの高所から何の補助もなしに落ちたんだ。即死しなかっただけマシと言えよう。


 程なくしてスキアも地上に降りてきた。


「お、終わりました」


「うん。よく頑張ったな」


「え、えへへ」


 ペコリとお辞儀をするスキアを、オレは笑顔で労う。


 それが嬉しかったようで、彼女も照れくさそうに笑みを浮かべた。


「うぐ、光輝こうきくん!?」


「うぁ……こ、光輝こうき……ッ」


 実湖都みこつたちの方も決着がついたよう。アルトゥーロに吹き飛ばされたカイタが地面に転がり、実湖都みこつの電撃を受けたミキが四つ足を突いていた。


 もう少し粘るかとも思ったが……嗚呼、師子王ししおうがやられたせいで、聖剣による強化バフが切れたのか。だから、ちょうど良く倒れたみたいだ。


 タイミングの良さに納得しつつ、最終的な被害状況を確認する。


 すでに、実湖都みこつ以外の転移者たちはいない。王城であるここには優秀な騎士も多く、スキアたちが戦い始めた直後に、彼らが転移者を避難させたんだ。


 同時に、負傷した兵士たちも回収しており、この場には物的被害以外は見当たらなくなっていた。


 無論、スキアをはじめとした、戦っていたメンバーもほとんど無傷である。


 聖剣同士の戦いにしては、かなり良い結果だったんじゃないかな?


 スキアたちの成果に満足しつつ、オレは【位相隠しカバーテクスチャ】からえせミスリル糸を取り出す。そして、近場にいたカイタ、ミキを順に縛っていった。


 残るは師子王ししおうだけ。


 彼も同じように捕縛しようと歩を進めたんだが――


「ま、だ……だッ」


 何と、彼はボロボロの体のまま立ち上がった。未だ聖剣の炎が体中をあぶっているにもかかわらず、よろりと自らの聖剣を構える。


 見るからに満身創痍の師子王ししおうだったが、炎の奥から垣間見える瞳は死んでいなかった。


「まだ戦えるのか?」


 オレは眉を寄せる。


 これまでを見る限り、カレトヴルッフの治癒能力は万能ではない。因果操作によって何でもなかったことにできる・・・・・・・・・・が、速度が遅いせいで気力体力を大幅に削るんだ。だから、墜落と炎のダメージで、再起不能になったと踏んでいた。


「【コンプレッスキューブ】」


 この異常事態において、呑気に様子を見るなんて愚行は犯さない。


 オレは師子王ししおうの右手に攻撃した。聖剣さえ手放せば、危険の芽を摘めると考えたのである。


 あえて詠唱したお陰で強度の上がった【コンプレッスキューブ】は、聖剣粒子に負けることなく、彼の右手首を消し飛ばした。


 ノマの防御が解けて聖剣粒子のダメージを負うけど、あれを放置するよりはマシだろう。


 これで一件落着と胸を撫で下ろそうとした――が、事はそう単純に収まらなかった。


 何と、消えたはずの師子王ししおうの手首が元通りに戻ったんだ。しかも一瞬で。そのせいで、彼は聖剣を手放していない。


 治癒の速度が上がっている?


 そんな疑問を浮かべると同時、次は彼にまとわりついていた炎が消滅した。


 これにはスキアも目を見開く。


「う、嘘。お、大蛇之荒真刀おろちのあらまさの【火炎】は、い、因果逆転の効果が付随してるのに……」


 どうやら、あの炎、簡単には解除できないものだったらしい。


 カレトヴルッフの“因果操作”の力が増していると考えるのが妥当か。キッカケは所有者が命の危機におちいったこと?


 原因を考察しながらも、オレは手を止めない。手を変え品を変え攻撃するが、すべて元に戻された。オレの力が聖剣粒子で減衰されているのも痛いな。


 もちろん、危機感を覚えたスキアやネモも攻撃に参加したが、それらも意味をなさない。命中はするものの、ことごとくなかったこと・・・・・・になる。


 ――最悪なことに、事態は悪化する。


「あ、ぐぁ」


「アルトゥーロくん!?」


 誰かの呻き声と実湖都みこつの悲鳴が聞こえた。


 見れば、アルトゥーロが胸を押さえて、くずおれているではないか。


 実湖都みこつが寄り添って声を掛けているが、芳しい反応はない。彼は、ただ苦しむのみ。


 さらに、


『ゼクスさま。こちら、フォラナーダ研究施設聖剣部門の者です。至急お知らせしたいことがあり、連絡いたしました。簡潔に申し上げます。聖剣の鞘がこれまでにない聖剣粒子を放ち始めました。黄金に輝いています!』


 なんていう【念話】まで繋がる始末。


 何が起きているんだ?


 次々と起こる問題について、加速した思考で考える。


 カレトヴルッフが、アルトゥーロと彼が所有権を持つ鞘に影響を与えているのは間違いない。


 しかし、原因が分からなかった。


 聖剣同士の呼応であれば、大蛇之荒真刀おろちのあらまさが反応しないことに説明がつかない。


 例の鞘がカレトヴルッフの鞘だというなら、所有者が二人いる理由が分からない。


 何もかも不明である以上、対処のしようがなかった。


 結局、オレたちの尽力虚しく、師子王ししおうは全快してしまう。


 一方、師子王ししおうの言動は、明らかにおかしくなっていた。


「まだ、僕、は……負け、てない。僕はみんなを助け……て、ほしの、敵を、たおす。タおスたオすタオス」


 どう見ても、彼の意識が聖剣に乗っ取られ始めている。


 先程よりも目映い輝きを放つカレトヴルッフ。それはまるで、『自分がこの体の主導権を握っているぞ』と言わんばかりだった。


「僕ボクぼくは、ユユゆ勇シしししシャ者ナナナんダ。オマエをコロして、みんなヲ守ルルる!」


 カレトヴルッフを構え、オレに向かって襲い掛かって来ようとする師子王ししおう


「ッ」


「待て」


 スキアが応戦しようとするが、オレは彼女を手で制した。


『オレが戦うよ』


 言葉で語る時間がないため、思考を加速した上で、【念話】にて告げる。


 聖剣の異常に、同じ聖剣を宛がうのはリスクが大きい。異常が伝播する危険があった。


 それに、ただでさえ大蛇之荒真刀おろちのあらまさは無理やり使っている状態なんだ。下手な刺激は与えない方が良いだろう。


 そも、奴はオレしか眼中にないみたいだし。


『で、でも』


『スキアはケガ人を診てやってくれ。頼むよ』


『…………わかりました』


 反論してきたスキアだったが、こちらのお願いを受けると、不承不承ながら頷いてくれた。


 何をしたかって? ちょっと声音を工夫しただけさ。


 相手の情に訴えるやり方だから、あまり多用したくないんだけどね。今回は時間がないので特別だ。


『ノマはスキアたちの護衛を頼む』


『了解だよ。主殿は、どうせ言っても聞かないだろうからね。さっさと仕事を終わらせて、加勢に戻るとするよ』


 さすがは相棒。オレのことをよく分かってらっしゃる。


「ご、ご武運を」


 実湖都みこつたちを回収して、この場から去っていくスキアたち。


 それと同時、師子王ししおうが斬りかかってきた。


 繰り出された刃を、オレは【位相隠しカバーテクスチャ】から取り出した短剣で受け止める。無論、神化状態で、だ。


「ぐっ」


 因果操作による必中は防いだものの、重い一撃には変わりない。聖剣粒子のせいで、こちらの出力が落ちているので、鍔迫り合いは劣勢を強いられた。


 ギリギリと甲高い金属音が響く中、目を血走らせた敵はうわ言のように言葉を繰り返す。


「オ前ダケは、ゼッタイに消すけすケス!! ミンナをマモるタメニッ」


「完全に理性が飛んでるな、これ」


 オレは苦笑いを浮かべる。


 漏れ出ているセリフ自体は師子王ししおうの願望なんだろうけど、まったく自制できていなかった。


 推測になるが、聖剣カレトヴルッフの洗脳は、思考誘導の側面が強いんだと思う。所有者が潜在的に抱いている不満を刺激し、それの原因が“星の敵”であると思い込ませているんだ。


 師子王ししおうの場合、『クラスメイトたちを守りたい』とか『ヒーロー願望』を利用されたのかね?


 強化バフ効果の応用かもしれないな。あれは仲間の戦意も高揚させていたみたいだから、ジャンルとしては近い。


 まったくもって嫌らしい剣だ。聖剣という名称に違和感を覚えるよ。


 いやまぁ、曲がりなりにも外の神と戦うなら、これくらいやらないと対応できなかったんだろうけども。


 とはいえ、相手の思惑通りに倒されるつもりなんて一切ない。“星の力”は確かに脅威だが、返り討ちにしてみせよう。


 重心が僅かにズレたタイミングを見計らい、カレトヴルッフを弾き飛ばす。後方に飛ばされた師子王ししおうは、ズサァと地面に足をこすって堪えた。


 聖剣を構え直す敵に対し、オレも二本の短剣を構える。


 さて、仕切り直しの一戦だ。せいぜい、オレの成長の糧になってくれ。

 

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