Chapter25-5 聖剣の真意(8)

『待ちなさいよ!』


 それは頭の中に直接響くような、不思議な感覚のする女性の声だった。


「「「?」」」


 オレたち三人は一斉に首を傾げる。


 その反応からして、全員に今の声は聞こえていたし、他二人が喋ったわけではないと理解した。


 では、誰の声だ?


 周囲を見渡すものの、声の主と思しき人物は見当たらない。周りをウロチョロしている騎士たちは、ことごとく騒動の事後処理に奔走していた。


『こっちよ、こっち! あんた、わざと惚けてるのは分かってるんだからねッ』


 再び不思議な声が聞こえてくる。その内容が誰を指しているのか、オレには心当たりがあった。というか、指名している『あんた』とは、オレのことだろう。


 何故なら、オレは声の主に見当がついていたから。その推測を認めたくなかったため、気づかないフリをしていたにすぎない。


 しかし、当人からツッコミが入ってしまったからには、これ以上の誤魔化しは利かない。観念するしかなかった。


「はぁ」


 溜息を吐いたオレは、カレトヴルッフを包んでいた布を取り払う。そして、彼女・・に話しかける。


「これでいいのか、カレトヴルッフ?」


『やっぱり、気づいてたんじゃない。性格悪いわね!』


「「!?!?!?」」


 憤慨した声を上げるカレトヴルッフと、目の前で展開されたことへ驚愕をあらわにするスキアとアルトゥーロ。


 気持ちは分かるよ。聖剣が喋っているんだもの、驚くに決まっていた。


 オレは再度溜息を吐き、カレトヴルッフに言葉を返す。


「当然の態度だと思うけどな。正直、聖剣が喋るなんて半信半疑だった上、さっきまで殺意を向けられたわけだし」


『器の大きさが知れるわね!』


「……また粉々にしてやろうか?」


『待って、それだけはやめて! 元に戻せるけど、痛いものは痛いのよ。ごめんなさい!』


 あまり意味がないと思っていた攻撃も、一応の効果があったらしい。こちらが脅しをかけると、カレトヴルッフはピコンピコンと弱々しく明滅し、涙交じりの声で許しを乞うてきた。呆れるほど、素早い手のひら返しだった。


 何というか、非常に気の抜ける相手だ。高飛車なのは間違いないけど、絶妙な阿呆さが滲み出ている。先程まで殺し合いをしていた敵だとは、とうてい思えなかった。


「さっきまでと様子が全然違うな。師子王ししおうを操ってた時は、もっと狂人ぽかったじゃないか」


『あれは操ってたんじゃなくて誘導よ。【希望の象徴】の応用して、本音の部分を煽ってただけ。だから、私の性格は関係ないわ。あそこまで凶暴になるのは、私としても想定外だったのよ』


「でも、止めなかったよな?」


『必要なかったもの。敵を倒せれば、私は良かったんだし』


 あっけらかんと返すカレトヴルッフ。


 やっぱり、思考誘導系の洗脳だったのか。


 聖剣本人(?)が狂暴な性格でなかった点は幸いだな。今のところ、無闇に暴れ回る心配はないようだから。殺そうとした相手に対して、気安すぎる気もするが。


 オレはこぼれそうになった溜息を堪え、彼女に再度問う。


「で、何を待ってほしかったんだよ。話くらいは聞いてやる」


 安全面を考慮するなら、耳なんて貸さずに封じてしまった方が良い。


 だが、意思を持つ聖剣が語る内容に、興味があった。どういった考えの下で行動してきたのか、その辺りを詳らかにできるかもしれない。


 無論、リスクはある。だから、何が起こっても良いように、警戒は最大限にしたいと思う。


 妙なマネをしたら、即座に粉砕する。そんな気配を全面に出しながら、カレトヴルッフの言葉を待った。


 こちらの裏の考えを察したようで、カレトヴルッフは微かに震えた。その後、要望を口にする。


『そ、そんなに難しい話じゃないはずよ。私を彼に渡してほしい、それだけ』


「却下」


「断る」


 オレとアルトゥーロのセリフがかぶった。


 すると、カレトヴルッフは悲鳴染みた声を上げる。


『ええええええ、何でよぉ』


 こいつは、先程までのオレたちの会話を聞いていなかったんだろうか? アルトゥーロは、フォラナーダに聖剣を預かってほしいと自ら申し出ていたんだぞ。この短期間で翻意するはずがない。


 ただ、カレトヴルッフも素直に承諾できないらしく、必死に自己アピールを始めた。


『私ってすっごく便利よ? 個人の実力を伸ばすだけじゃなく仲間も強くできるし、【|勝利の約定】を応用すれば、戦闘以外の因果操作だってできる。それだけじゃないわ。あんた――アルトゥーロだっけ? は、鞘の所有者でもあるんだから、【永劫の誓い】も扱えるわ。あんたは無敵の剣士になれるわよ!』


「やっぱり、あの鞘はお前のだったか」


 思わず口を挟むオレ。ほとんど確信していたが、本人の口から事実確認をできたのは大きい。


 こちらの気を引けたのが相当嬉しいのか、カレトヴルッフはフフンと得意げに鼻を鳴らした。


『そうよ。私は聖剣の中でも特別仕様で、鞘とセットの聖剣なの。しかも、鞘には【永劫の誓い】っていう、所有者を外傷や病などから守る力があるわ。まぁ、今までバラバラに保管されてたせいで、その能力はかなり減衰してたけど』


「じゃあ、さっきの戦闘中、師子王ししおうの回復力が増したのは……」


『鞘の所有者であるアルトゥーロが近くにいた影響よ。【永劫の誓い】が多少機能するようになったのよ。本当は鞘を呼び寄せたかったんだけど、何かに邪魔されちゃったわ』


 なるほど。あの暴走は、そういう事情があったのか。


 鞘を厳重に縛り付けておいて正解だったな。あの回復能力がもっと強力になっていたら、かなり手を焼いたと思う。


 先程の戦闘については得心した。しかし、解消できていない疑問もあった。


「何で、剣と鞘で違う所有者を選んだんだ?」


 それを尋ねたのはアルトゥーロだった。彼も、オレと同じ疑問を抱いたらしい。


 当然だろう。別々の所有者を選定することは、どう考えてもデメリットにしかなっていない。今回の戦いだって、それが遠因でカレトヴルッフは本来の力を発揮できなかったわけだし。


『知らないわよ、そんなの。だいぶ長い間、別の場所で保管されてたせいじゃない?』


「別々に保管されてた理由は?」


『それも知らないわ。気づいたら、バラバラだったのよ』


 ただ、当の本人は、その謎に対する回答を有していなかった。ややすねた声音を聞くに、本当に知らない模様。


 解明しておきたかったが、当人が分からないのなら仕方ないか。今後の研究で明らかにしていくしかなさそうだ。


 若干の肩透かし感を味わっていると、カレトヴルッフが『ねぇねぇ』とアルトゥーロへ声を掛けた。


『本当に私を使わないの? 強くなれるわよ?』


「使わない。まずは地力を鍛えたいんだ、僕は。それに、さっきの彼みたいに洗脳されるのは嫌だね」


『しないわよ、そんなこと。あれは、あいつやあいつの仲間の精神が未熟だったから成功しただけよ。所有者を操るなんて私の本来の力じゃないし、私の趣味じゃないわ』


「どうだか」


『信じてよー』


「というか、どうして僕にこだわるんだよ。しばらくフォラナーダで大人しくして、新しい担い手を探せばいいじゃないか」


 そこは、オレも気になっていた部分だ。カレトヴルッフの言動からして、やけにアルトゥーロに執着している気がする。その理由は、確かに興味をそそられた。


 オレたちが密かに注目する中、カレトヴルッフは意気揚々と答える。


『そんなの、私好みのイケメンだからに決まってるじゃない!』


「「「は?」」」


 予想の斜め上を行く回答に、耳を傾けていた全員が素っ頓狂な声を漏らした。


 オレたちの反応など気にも留めず、彼女は続ける。


『顔と体がカッコイイのはマスト。あと、今回で身に染みたけど、精神的に大人なのも必須ね。コウキは外面こそ格好良かったんだけど、中身が子どもすぎたわ。理想ばかり求めて、今までの成功体験ばかりに固執して、まったく現実を直視できてなかったもの。その分、誘導しやすくはあったけど、苦労の方が大きかったわ』


 ペラペラと語る彼女を、呆然と眺めるオレ。それはアルトゥーロやスキアも同じだった。


 ふと、スキアが溢す。


「め、面食い」


 そう、それだ。聖剣カレトヴルッフは面食いなんだ。


 いや、そんなことがあり得るのか? 対星外兵器の使用条件がイケメンって……。


 現実逃避も程々にしよう。当人がそう言っているのだから、もはや認めるほかない。頭が痛いけど、否定しては何も始まらない。


 オレは額に手を当てつつ、カレトヴルッフに尋ねる。


「まさか、他の聖剣も同じような選定条件じゃないだろうな?」


 ドゥリンダナの所有者であるウィリアムもイケメンだった。嫌な一致である。


 幸い、カレトヴルッフは否定の言葉を返した。


『たぶん、大丈夫じゃない? そこの無様なアラマサは除くとして、ドゥリンダナは生真面目で正義感が強い女だから、きっと公正に選定してるわ。レーヴァも、皮肉を言いつつも使命をまっとうするでしょう。クレイヴやクリカラはちょっと怪しいけど、趣味と実益を両立させるタイプよ』


「つまり、キミが一番趣味に走ってると」


『別にいいじゃない。ちゃんと使命には従ってるんだから。イケメンの中でも、ちゃんと強くなる余地のある男を選んでるし、あんたを殺そうと頑張ったし!』


「失敗したけどな」


『ぐぬぬ。あんたが強すぎんのよ。何で、あんたみたいなのが現世に存在するのよ、理不尽だわ!』


「それは同感」


「み、右に同じ」


「……おい」


 愚痴を溢したカレトヴルッフに、何故か同意を示すアルトゥーロとスキア。


 半眼を向けると、二人はサッと視線を逸らした。


 思わず口を衝いたんだとは思うけど、もう少し空気を読んでほしい。話がややこしくなるじゃないか。


 オレは一つ溜息を吐いた後、カレトヴルッフに告げた。


「とにかく、お前の提案は受け付けられない。持ち主を洗脳する危険性のある代物を、野放しにできるわけがない。何より、当のアルトゥーロがお前の所有を望んでない」


 ただでさえ対処の面倒くさい能力を持っているんだ。放置できるはずがなかった。


 というか、大蛇之荒真刀おろちのあらまさのように封印し、限定的に使った方が絶対に便利だ。


『お願いだから、アルトゥーロに渡してよ! お願いお願いお願い! 何百年振りの娑婆だったのよ? イケメンに使ってもらいたい!』


 ガタガタと暴れ、ピカピカと光り、小うるさい声を上げるカレトヴルッフ。もはや駄々っ子と変わらなかった。


 聖剣について色々尋ねたかったが、こうなっては時間の無駄になる可能性が高い。さっさと封じ込めた方が早そうだ。


 そう考え、スキアにカレトヴルッフの封印を頼もうとする。


 しかし、その前に、そのスキアがとんでもないセリフをこぼした。


「ぜ、ゼクスさまが、し、所有者になればいいのでは?」

 

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