Chapter25-5 聖剣の真意(2)

 騒動は王城の出入口付近で起こっていた。


 最初に目に入ったのは崩壊した城門。そして、倒れ伏した兵士たちの姿だった。おそらく、襲撃犯にやられたんだろう。気絶しているだけで、命に別状がなさそうなのは幸いか。


 くだんの下手人は城門の先――城に続く道のりにいるらしい。怒声染みたものが、断続的に聞こえてくる。


 場所が場所だけに多くの兵士が集まっているが、直接対峙していたのは八人だった。


 まず敵側。やはりと言うべきか、師子王ししおうを頭とする転移者たちである。そこに七歳前後の少女が一人加わっていた。


 あの子ども、前線に現れた連中と同じだな。限界突破レベルオーバーしているし、体内がボロボロだもの。


 師子王ししおうたちを転移させていたのは、十中八九あの子だろう。限界突破者レベルオーバーなら、転移魔法が扱えてもおかしくない。


 オレの探知を掻い潜った方法に疑問は残るが、一応ヒントは出ている。


 カロンたちを襲った孤児院の子どもたちも、事が起こるまで魔力を探知できなかった。同じ方法を用いた可能性が高い。


 では、何故に師子王ししおうたちが王城を襲撃したのか。


 その理由は、味方側のメンバーを見れば、一目瞭然だった。


 彼らと対峙しているのは、スキア、実湖都みこつ、ネモ、アルトゥーロの四人である。さらに、少し離れた場所には、兵士たちに護衛される転移者たちが控えていた。


 スキアたちが転移者たちとお茶会を開くことは把握していた。その出発時を、師子王ししおうたちは狙ったんだと思う。


 要するに、彼らの目的は、転移者たちの奪還だと思われる。帝国に都合良く丸め込まれている連中なら、あり得なくない話だ。


 実際、この予想を高めるような会話を、彼らは交わしていた。


「僕のクラスメイトたちを解放しろ。罪のない彼らを監禁するなんて許さないぞ!」


師子王ししおうくん。わたしたちは監禁なんてされてないよ。自分の意思で、ここにいるの」


「そうか、実湖都みこつは洗脳されてるんだな。待っててくれ。敵を倒したら、この聖剣の力で目を覚まさせてあげるから!」


「洗脳もされてないから。確かに、最初は捕虜として捕まったけど、聖王国の皆さんは、わたしたちに良くしてくれてる。だから、今のわたしたちは、自分たちの意思でここに留まってるんだよ」


「可哀想に。そう思い込まされてるんだな。卑劣な聖王国の奴らめ、今すぐ僕が成敗してやるッ」


「私たちも協力するよ、光輝こうきくん!」


「俺たちで、あいつらを助けようぜ!」


「二人とも、ありがとう!」


「話を聞いてよ!」


 ――訂正しよう、会話を交わしてはいなかった。


 師子王ししおうをはじめとした三人は実湖都みこつの言葉を一切聞いておらず、自分たちの都合の良いシナリオを頭の中に描いていた。


 さすがの実湖都みこつも呆れ果てた表情を浮かべ、頭を抱えている。おそらく、彼らの心情を【テレパス】で察知し、翻意は望めないと理解したんだろう。


 オレとしては、師子王ししおうたちの方こそ、洗脳されていると思うけどね。聖剣粒子が彼らの体を覆い尽くしているんだが、その様は『がんじがらめ』と表現した方が的確だった。


 いよいよ、聖剣が思考を誘導していると断言して良いかもしれない。どこまでの強制力があるかは判断つかないが、聖剣カレトヴルッフにはその手の能力もあるだろう。


 まぁ、とりあえず、


 ――【コンプレッスキューブ】。


 【銃撃ショット】の次に愛用している攻撃魔法を行使し、彼らの足を潰した。つまり、限界突破レベルオーバーしていた子どもを殺した。


 胸を絞めつける酷い痛みが走ったけど、唇を噛み締めて我慢する。


 すべてを救う。それに勝る理想はないが、現時点で不可能である以上は割り切るしかない。諦めないのは美徳だが、それが許されるのは準備段階まで。決断を迫られる場面では、単なる駄々と変わらない。


 いつだって、優先事項は見誤っていけないんだ。


「は?」


「へ?」


「なんだ?」


 師子王ししおうとその取り巻き二人が困惑の声を漏らす。


 また、オレの存在に気づいていなかったスキア以外の者も、キョトンと呆けた顔をしていた。


 彼から見たら、子どもが突然消えたように見えただろう。【コンプレッスキューブ】の圧縮は、ほとんど一瞬だからね。


 もちろん、わざとだ。この場には他の転移者たちもいる。わざわざ凄惨な場面を目撃させる必要はない。


 誰かが“子どもが消えた理由”に思い至る前に、オレはみんなの前へ姿を現す。カツンカツンとあえて足音を鳴らして。


 こちらの意図通り、この場にいるスキアとネモ以外の意識が、オレへと逸れた。


 実湖都みこつやアルトゥーロ、兵士たちは安堵。他の転移者たちは驚愕。そして、師子王ししおうたちは怒りと敵意を抱く。


「お前はッ」


 いや、訂正しよう。師子王ししおうの抱くそれは、もはや憎悪の領域に至っていた。感情を読めなくとも分かるほど、彼の態度にそれは滲み出ていた。


 しかも、周囲に漂っていた聖剣粒子が、オレに向かって流れ始めている。聖剣が意図的に動かしているんだろうな、これは。


 この程度の聖剣粒子なら耐えられるが、まともに受け止めるのも癪である。


 ここは、例の対策を試してみよう。


「ノマ」


「了解した、主殿」


 オレの合図とともに、【位相隠しカバーテクスチャ】から土精霊ノマが飛び出した。それから彼女は、周囲へ魔力を拡散させる。


 すると、どうなるか。近寄っていた聖剣粒子が、ノマの魔力によって弾き飛ばされたんだ。


 これは鍛錬の結果、実現できるようになった対策だった。若干色魔法の領分に入るが、土の魔力には“遮断”の性質が含まれるようで、それを応用したのである。


 現時点だと、精緻な魔力操作ができるノマしか実行不可能だった。他の者だと聖剣粒子以外も弾いてしまうんだ。器用なオルカでも難しいといえば、その難度が分かると思う。


 オレもできるにはできるだけど、特攻がぶっ刺さるせいで完璧とは言い難いんだよね。


 ただこの術、要求される技量の高さに反して、見た目の派手さは皆無だ。普通のヒトに聖剣粒子は観測できないからな。


 現に、聖剣粒子もノマも見えない師子王ししおうは、今の高度な攻防など露知らず。


「また、僕たちの邪魔をするつもりか!」


 血走った目で睨みつけてくる彼。その形相はヒト殺しのそれに似ていた。


 角度的にオレしか見えてないけど、その顔を他の転移者が見たらドン引きしそうである。


 以前――国境線沿いで出会った際はもう少し余裕を持っていたはずだけど、今は鬼気迫るといった感じだ。こちらに構えた聖剣からも、膨大な聖剣粒子が放たれる。


 ノマがいなかったら、かなり弱体化していただろうなぁ。それほど、聖剣カレトヴルッフの湛える殺意は高かった。


 嫌われたものだ。オレに星を害する気はまったくないのに。


 融通が利かないと文句を言いたくもなるが、仕方ないと納得する部分もある。


 聖剣が必要だった時代に、そんな余力はなかったんだろうし。とにかく“狂気”――星外由来の敵を倒すことのみを追求したんだと思う。


 いくら強力でも、所詮は過去の遺物というわけだ。時代に合わなければ、害にしかならない。


 さて。そんな遺物に振り回されている愚か者は、どう対処した方が良いか。


 未だ『お前がクラスメイトたちを洗脳したんだろう』とか『お前を倒して、僕がみんなを救うんだ!』とか妄言を吐いている師子王ししおうを尻目に、彼の処遇を考える。


 正直、殺すのが手っ取り早いが……。


「……」


 奥にいる実湖都みこつの視線を受け、殺害案は棄却した。


 友人の願いを無下にはできまい。師子王ししおうが誰かの命に関わる脅威ならまだしも、彼自体は武器に振り回される弱者。やりようは、いくらでもある。


 まぁ、最悪の場合、手足の一、二本は取らせてもらうかもしれないが、殺す必要はないだろう。


 ならば、さっさと片をつけてしまおう。


 そう考えて動こうとした時、思いもよらぬところから待ったがかかった。


『ぜ、ゼクスさま、す、少し待っていただけないでしょうか?』


 そんな【念話】を入れてきたのはスキアだった。


 実湖都みこつの隣にいる彼女は、真っすぐこちらに目を向けており、普段とは異なり背筋も伸びていた。


 ペラペラ喋り続ける師子王ししおうを確認してから、オレはスキアに先を促す。


『どうした?』


『か、彼らの相手を、あ、あたしたちに、ま、任せていただけませんか?』


 意外な申し出だった。


 スキアは決して好戦的な性格ではない。むしろ真逆。コミュニケーションが不得手であることから分かる通り、非常に消極的な女性だ。


 だから、今のように、自ら戦うと表明するのは珍しいことだった。


 オレが訝しんでいるのを察したんだろう。彼女は言葉を続ける。


『ぜ、ゼクスさまの聖剣粒子対策は、ま、まだ、か、完璧ではありませんよね? で、でしたら、お、同じ聖剣使いのあたしが、あ、相手すべきかな、と』


 彼女の言う通り、ノマによる聖剣粒子の無力化は、対策としては未完成だ。


 というのも、こちらが反撃しようとすると、魔力が混線して、防御を維持できなくなってしまうんだ。攻撃の際は、聖剣粒子を受け止めなくてはいけなかった。


 そのリスクを考慮すると、確かにスキアが戦った方が安全策と言える。スキアはオレの身を案じてくれたわけだ。


 スキアの意見に得心するオレだったが、まだセリフは終わっていなかったらしい。


『そ、それに、み、ミコツさんと、あ、アルトゥーロくんも戦いたいと、い、言っているので……』


 これも意外に感じたが、先程よりはすぐに納得できた。


 実湖都みこつは、身内の不始末は自分がつけたいという義務感から。アルトゥーロは、未知の敵との戦いを自分の成長に繋げたいから。おそらく、そういった思惑を持って申し出たんだろう。


 オレは思考を加速させ、逡巡する。


 ベストはオレが戦うことだけど、不測の事態に備えておくのも間違っていない。そして何より、


「妻の心遣いを無駄にはできない」


 これは、とても大切なことだ。


 結論は出た。であれば、やるべきことは決まっている。


「どうした。僕たちと聖剣に臆したのか?」


 こちらが一歩下がったのを見て勘違いしたらしい。飽きもせず喋っていた師子王ししおうが無意味に煽ってくる。


 オレは肩を竦めた。


「キミらの相手を所望するヒトがいてね。そちらに譲ったんだよ」


「「「?」」」


 意味が分からず首を傾げる三人。


 こういう隙をさらすところが、転移者特有の素人臭さだと思う。


 次の瞬間、師子王ししおうが天空に舞い上がった。彼の意思ではなく、唐突に吹き荒れた竜巻によって、だ。


光輝こうきくん!?」


光輝こうき!」


 彼を心配して上空へ視線を移す残り二人だが、その余裕もすぐになくなる。何故なら、彼らに向かって剣撃と電撃が放たれたゆえに。


「余所見してる暇はないと思うよ。キミたちは僕と――」


「わたしが相手するんだから!」


 転移者二人――たしか、ミキとカイタだったか? ――は、不意の攻撃を何とか防いだ。


 その後、戦闘態勢を取るアルトゥーロと実湖都みこつを見て、露骨に嫌そうな表情を浮かべる。


 王城の天地にて、二ヶ所の局地戦が退き広げられようとしていた。

 

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