Chapter25-5 聖剣の真意(2)
騒動は王城の出入口付近で起こっていた。
最初に目に入ったのは崩壊した城門。そして、倒れ伏した兵士たちの姿だった。おそらく、襲撃犯にやられたんだろう。気絶しているだけで、命に別状がなさそうなのは幸いか。
場所が場所だけに多くの兵士が集まっているが、直接対峙していたのは八人だった。
まず敵側。やはりと言うべきか、
あの子ども、前線に現れた連中と同じだな。
オレの探知を掻い潜った方法に疑問は残るが、一応ヒントは出ている。
カロンたちを襲った孤児院の子どもたちも、事が起こるまで魔力を探知できなかった。同じ方法を用いた可能性が高い。
では、何故に
その理由は、味方側のメンバーを見れば、一目瞭然だった。
彼らと対峙しているのは、スキア、
スキアたちが転移者たちとお茶会を開くことは把握していた。その出発時を、
要するに、彼らの目的は、転移者たちの奪還だと思われる。帝国に都合良く丸め込まれている連中なら、あり得なくない話だ。
実際、この予想を高めるような会話を、彼らは交わしていた。
「僕のクラスメイトたちを解放しろ。罪のない彼らを監禁するなんて許さないぞ!」
「
「そうか、
「洗脳もされてないから。確かに、最初は捕虜として捕まったけど、聖王国の皆さんは、わたしたちに良くしてくれてる。だから、今のわたしたちは、自分たちの意思でここに留まってるんだよ」
「可哀想に。そう思い込まされてるんだな。卑劣な聖王国の奴らめ、今すぐ僕が成敗してやるッ」
「私たちも協力するよ、
「俺たちで、あいつらを助けようぜ!」
「二人とも、ありがとう!」
「話を聞いてよ!」
――訂正しよう、会話を交わしてはいなかった。
さすがの
オレとしては、
いよいよ、聖剣が思考を誘導していると断言して良いかもしれない。どこまでの強制力があるかは判断つかないが、聖剣カレトヴルッフにはその手の能力もあるだろう。
まぁ、とりあえず、
――【コンプレッスキューブ】。
【
胸を絞めつける酷い痛みが走ったけど、唇を噛み締めて我慢する。
すべてを救う。それに勝る理想はないが、現時点で不可能である以上は割り切るしかない。諦めないのは美徳だが、それが許されるのは準備段階まで。決断を迫られる場面では、単なる駄々と変わらない。
いつだって、優先事項は見誤っていけないんだ。
「は?」
「へ?」
「なんだ?」
また、オレの存在に気づいていなかったスキア以外の者も、キョトンと呆けた顔をしていた。
彼から見たら、子どもが突然消えたように見えただろう。【コンプレッスキューブ】の圧縮は、ほとんど一瞬だからね。
もちろん、わざとだ。この場には他の転移者たちもいる。わざわざ凄惨な場面を目撃させる必要はない。
誰かが“子どもが消えた理由”に思い至る前に、オレはみんなの前へ姿を現す。カツンカツンとあえて足音を鳴らして。
こちらの意図通り、この場にいるスキアとネモ以外の意識が、オレへと逸れた。
「お前はッ」
いや、訂正しよう。
しかも、周囲に漂っていた聖剣粒子が、オレに向かって流れ始めている。聖剣が意図的に動かしているんだろうな、これは。
この程度の聖剣粒子なら耐えられるが、まともに受け止めるのも癪である。
ここは、例の対策を試してみよう。
「ノマ」
「了解した、主殿」
オレの合図とともに、【
すると、どうなるか。近寄っていた聖剣粒子が、ノマの魔力によって弾き飛ばされたんだ。
これは鍛錬の結果、実現できるようになった対策だった。若干色魔法の領分に入るが、土の魔力には“遮断”の性質が含まれるようで、それを応用したのである。
現時点だと、精緻な魔力操作ができるノマしか実行不可能だった。他の者だと聖剣粒子以外も弾いてしまうんだ。器用なオルカでも難しいといえば、その難度が分かると思う。
オレもできるにはできるだけど、特攻がぶっ刺さるせいで完璧とは言い難いんだよね。
ただこの術、要求される技量の高さに反して、見た目の派手さは皆無だ。普通のヒトに聖剣粒子は観測できないからな。
現に、聖剣粒子もノマも見えない
「また、僕たちの邪魔をするつもりか!」
血走った目で睨みつけてくる彼。その形相はヒト殺しのそれに似ていた。
角度的にオレしか見えてないけど、その顔を他の転移者が見たらドン引きしそうである。
以前――国境線沿いで出会った際はもう少し余裕を持っていたはずだけど、今は鬼気迫るといった感じだ。こちらに構えた聖剣からも、膨大な聖剣粒子が放たれる。
ノマがいなかったら、かなり弱体化していただろうなぁ。それほど、聖剣カレトヴルッフの湛える殺意は高かった。
嫌われたものだ。オレに星を害する気はまったくないのに。
融通が利かないと文句を言いたくもなるが、仕方ないと納得する部分もある。
聖剣が必要だった時代に、そんな余力はなかったんだろうし。とにかく“狂気”――星外由来の敵を倒すことのみを追求したんだと思う。
いくら強力でも、所詮は過去の遺物というわけだ。時代に合わなければ、害にしかならない。
さて。そんな遺物に振り回されている愚か者は、どう対処した方が良いか。
未だ『お前がクラスメイトたちを洗脳したんだろう』とか『お前を倒して、僕がみんなを救うんだ!』とか妄言を吐いている
正直、殺すのが手っ取り早いが……。
「……」
奥にいる
友人の願いを無下にはできまい。
まぁ、最悪の場合、手足の一、二本は取らせてもらうかもしれないが、殺す必要はないだろう。
ならば、さっさと片をつけてしまおう。
そう考えて動こうとした時、思いもよらぬところから待ったがかかった。
『ぜ、ゼクスさま、す、少し待っていただけないでしょうか?』
そんな【念話】を入れてきたのはスキアだった。
ペラペラ喋り続ける
『どうした?』
『か、彼らの相手を、あ、あたしたちに、ま、任せていただけませんか?』
意外な申し出だった。
スキアは決して好戦的な性格ではない。むしろ真逆。コミュニケーションが不得手であることから分かる通り、非常に消極的な女性だ。
だから、今のように、自ら戦うと表明するのは珍しいことだった。
オレが訝しんでいるのを察したんだろう。彼女は言葉を続ける。
『ぜ、ゼクスさまの聖剣粒子対策は、ま、まだ、か、完璧ではありませんよね? で、でしたら、お、同じ聖剣使いのあたしが、あ、相手すべきかな、と』
彼女の言う通り、ノマによる聖剣粒子の無力化は、対策としては未完成だ。
というのも、こちらが反撃しようとすると、魔力が混線して、防御を維持できなくなってしまうんだ。攻撃の際は、聖剣粒子を受け止めなくてはいけなかった。
そのリスクを考慮すると、確かにスキアが戦った方が安全策と言える。スキアはオレの身を案じてくれたわけだ。
スキアの意見に得心するオレだったが、まだセリフは終わっていなかったらしい。
『そ、それに、み、ミコツさんと、あ、アルトゥーロくんも戦いたいと、い、言っているので……』
これも意外に感じたが、先程よりはすぐに納得できた。
オレは思考を加速させ、逡巡する。
ベストはオレが戦うことだけど、不測の事態に備えておくのも間違っていない。そして何より、
「妻の心遣いを無駄にはできない」
これは、とても大切なことだ。
結論は出た。であれば、やるべきことは決まっている。
「どうした。僕たちと聖剣に臆したのか?」
こちらが一歩下がったのを見て勘違いしたらしい。飽きもせず喋っていた
オレは肩を竦めた。
「キミらの相手を所望するヒトがいてね。そちらに譲ったんだよ」
「「「?」」」
意味が分からず首を傾げる三人。
こういう隙をさらすところが、転移者特有の素人臭さだと思う。
次の瞬間、
「
「
彼を心配して上空へ視線を移す残り二人だが、その余裕もすぐになくなる。何故なら、彼らに向かって剣撃と電撃が放たれたゆえに。
「余所見してる暇はないと思うよ。キミたちは僕と――」
「わたしが相手するんだから!」
転移者二人――たしか、ミキとカイタだったか? ――は、不意の攻撃を何とか防いだ。
その後、戦闘態勢を取るアルトゥーロと
王城の天地にて、二ヶ所の局地戦が退き広げられようとしていた。
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