Chapter25-4 道具(7)

「そろそろ、お喋りも終わりにしましょうか。周りも決着がつきそうだし」


 わたくしが忸怩たる思いを抱いていると、アヴァリシア嬢がそう溢しました。


 見れば、あれだけいた子どもたちは、すでに一桁しか残っていません。全員、シオンとプラーミアが片づけたようです。


 三対一で挑めば、多少は戦いが楽になるかもしれません。ですが、さすがのアヴァリシア嬢も、それを許すほど油断はしてくださらないようでした。


 唐突に、彼女は黒いオーラのようなものを身にまといます。おそらく、六色の合成――黒魔法による【身体強化】か何かでしょう。明らかに存在感が増しました。


「ふぅ」


 わたくしも覚悟を決めましょう。


 ここから始まるのは死闘です。全身全霊を尽くし、一人で格上を乗り越えてみせます。同じ『兄を慕う者ブラコン』として、どちらの信念が正しいのか、この戦いで決着をつけるのです!


「【天炎自然まじんか】、【燈火】、【ディア・アルテレーゴ】」


 立て続けに三つの魔法を唱えるわたくし


 それによってわたくしは疑似的な金魔法司へと変貌を遂げ、今の・・わたくしの分身を作り出しました。


 こちらの行動は、まだ終わりません。


「『シャルウル』」


「イエス、マスター」


 手に持っていたハンマー『シャルウル』に、【ディア・アルテレーゴ】で生み出した分身の操作を命じます。『シャルウル』は独りでに動き出し、分身の手中に収まりました。


 それを見届けたアヴァリシア嬢は、感嘆の声を漏らします。


「へぇ、魔法司二人分が相手というわけね」


 彼女の言うように、分身は今、金魔法司の状態へと至っていました。


 というのも、【ディア・アルテレーゴ】は術者の現状に合わせた分身を作る魔法。ゆえに、疑似魔法司の状態も模倣するのです。


 しかも、魔法司状態だと、分身が使えなかったはずの【身体強化】以外の魔法も使えるようになるオマケつき。


 膨大な魔力を消費しますが、それに見合うだけの効果が期待できました。


 ――【金剛消握プレーザ・オーロ】。


 ただの殺し合いに開幕の合図などございません。わたくしは先手必勝とばかりに、攻撃を仕掛けました。手を握る動作をトリガーにすることで、無詠唱で金魔法を発動します。


 アヴァリシア嬢を一瞬で立方体の結界が覆い、それが握る動作に合わせて潰れていきます。


「甘いわ!」


 当然ながら、アヴァリシア嬢は結界を突破してきますが――しかも力技で――、その行動は想定済みです。


「【オーロ・プレスト】」


 すでに彼女の背後まで移動していた『シャルウル』が加速の魔法を使用し、ハンマーを振っていました。


 光速に限りなく近づいた攻撃は、そのままアヴァリシア嬢の背中を捉え、吹き飛ばします。


 あの攻撃を受けて蒸発もしくは胴体が真っ二つにならないとは、かなり頑丈ですね。


 そういった些かズレた感想を抱きつつ、わたくしは追撃の魔法を唱えます。


「【オーロ・エアスパーダ】」


 地面に転がったアヴァリシア嬢の頭上に十本の黄金剣を創造し、一気に降らせます。


 ドドドドと轟音を立てて落下する剣群でしたが、どれも彼女には命中しませんでした。黒いドーム状の結界が展開され、ことごとく周りへと逸らされたのです。


 かなり魔力を込めたのですが、やはりトドメを刺すには足りませんでしたか。


 こちらの二色分の魔法に対し、あちらは五色。倍以上の差をつけられています。正攻法が通じないのは分かっていましたが、現実を目の当たりにすると少々悔しいですね。


 とはいえ、いつまでも落ち込んではいられません。戦いは始まったばかりなのですから。


 黒いドームが波打ち、触手のような何かが何本も生えてきました。その先端は鋭く、その動きは速く、空気を裂く音がこちらにまで聞こえてきます。


 そして、三十本にも及ぶ触手は、わたくしに向かって襲い掛かってきました。後退以外の道をふさいできます。


 おそらく、残っている一本の退路は罠でしょう。アヴァリシア嬢ほどの技量がありながら、逃げ道を残すなどあり得ません。


 ですが、わたくしは、あえてその誘いに乗りました。最上級光魔法の【転光位相ジャンプ】を使い、後方へ短距離転移を行います。


 案の定、転移した途端、わたくしは黒い箱に閉じ込められてしまいました。しかも、その箱が一気に縮小していくではありませんか。


 どう見ても、わたくしの【金剛消握プレーザ・オーロ】もといお兄さまの【コンプレッスキューブ】を模倣した魔法ですね。些か縮小の速度が遅いですけれど。


 自らの魔法で死ねという意図でしょうか? だとしたら、彼女は相当性格が悪いと言わざるを得ません。


 まぁ、問題はございません。こういった展開も想定しておりましたから。


 近づいてくる壁に手を当て、わたくしは詠唱します。


「【光よ、司たるコマンド・我が声に応じよドミナーレ】」


 魔法の発動後も箱の縮小は止まらず、最後は目にも留まらぬほど小さくなりましたが、わたくし自身は無事でした。黒い箱をすり抜け、五体満足で立っております。


 何をしたのか。理屈自体は簡単です。


 先程の魔法は、魔法司の権能を再現したものでした。例の『自らが司る属性の魔力を、世界中から自由自在に徴収できる』という奴です。疑似ゆえに“権能”としては使えないのですが、接触に限定すれば、魔法でも再現可能だったのです。


 金属性を奪取した結果、黒魔法の箱には魔力的な欠落が生じました。その穴を通り抜けたというわけです。魔法司は魔力体ですから、潜り抜けるのはとても簡単でしたよ。


 一色欠落したのに魔法が持続した辺りは、さすがだとは思いますけれどね。並の術ならバランスが崩壊し、魔法自体が瓦解がかいしていたはずです。


 やはり、今のアヴァリシア嬢は格上で間違いありません。時間をかけるほどわたくしは不利になるでしょう。


 であれば、ここは一気に片をつけるのが賢明ですね。格上相手の戦い方は、対お兄さまの模擬戦で心得ております。


「『シャルウル』」


「イエス、マスター」


「こ、のっ!?」


 わたくしの合図に応じ、『シャルウル』がアヴァリシア嬢を羽交い絞めにしました。


 どうして、彼女に気づかれず背後に回れたのかって?


 『シャルウル』はお兄さま謹製の武器ですよ? 常にアップデートされているに決まっています。そのうちの一つに、魔力隠蔽が含まれていたのです。


 お兄さまの魔力隠蔽は、神の使徒の感覚さえも欺く特別製。その領域に片足を引っかけた程度のアヴァリシア嬢では、感知できなくて当然でした。


 さぁ。『シャルウル』が振り解かれる前に、トドメといきましょう!


「【オーロ・スプレンドーレ】」


 唱えられたのは、わたくし自らを目映く光らせる色魔法。瞳を焼きかねないほどの閃光が周囲一帯を包みました。


 この場で平然としていられるのは術者であるわたくしと視力に頼っていない『シャルウル』くらいでしょう。


 光は五秒と置かずに収まります。そして、副産物を生み出しました。


「なっ……!?」


 金魔法で目を治したのでしょう。すぐにマブタを上げたアヴァリシア嬢は、目前の光景を見て絶句していました。


 当然ですね。今この場には、百を超える黒いヒト型――わたくしを模倣した影者えいじゃが存在するのですから。


 非常に癪ですが、【オーロ・スプレンドーレ】は前金魔法司グリューエンの魔法【極閃光】を参考にした術でした。自らを輝かせ、自分の影なる分身を生み出す魔法なのです。しかも、影者えいじゃはある程度の細かい命令も実行できる便利仕様。


 ちなみに、【ディア・アルテレーゴ】も組み合わせているので、百体すべてが疑似魔法司状態です。


 わたくしとアヴァリシア嬢の格差は、百の数を覆すほどではありません。


「これは、そちらが先に仕掛けてきた作戦ですよ」


 彼女たちの戦法は実に正しかった。格上相手には、その実力差を圧し潰すくらいの数を用意すれば良いのです。


 因果応報……とまでは言いませんが、意趣返しとしては十分でしょう。


「待――」


「――突撃」


 アヴァリシア嬢が何か口にしかけましたが、貸す耳はございません。彼女の声は、影者えいじゃの大群が押し寄せることで掻き消えました。


 わたくしの時は、子どもたちの経験不足のお陰で形勢逆転できましたが、アヴァリシア嬢には難しいでしょう。


 分身であることを差し引いても、十年以上お兄さまに鍛えていただいたわたくしが、新参者の彼女に経験で劣るはずはありません。


  程なくして影者えいじゃたちは消え、わたくしの疑似魔法司化も解除されます。


 その場にはアヴァリシア嬢だったモノ・・・・・のみが残りました。


 シオンたちの戦闘も終わっていたようで、息を整えている彼女たちの姿が視界の端に移ります。


 また、倒れ伏す子どもたちの亡骸も。


「……」


 勝利を収めたにもかかわらず、胸に去来するのは虚しさだけでした。何て希望のない勝利なのでしょう。


「嗚呼、早くお兄さまにお会いしたい」


 あの方に抱き締めていただければ、この空っぽの胸のうちも多少は埋まるに違いない。


 そのような益体やくたいもないことを考えながら、わたくしは曇り始めた天を仰ぐのでした。

 

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