Chapter25-4 道具(6)
三十弱も残っている子どもたちを二人だけに任せるのは心苦しかったですが、彼女だけはどうしても自らの手で成敗したかったのです。
輝かしい未来があるはずだった子どもたちを、平然と使い捨てにした彼女の性根。子どもたちを酷い目に遭わせておいて、呑気に笑っていられる価値観。どちらも、
裏に帝国の思惑があるのかもしれませんが、関係ありません。それを諾としている時点で、眉一つ動かさず計画に乗っている時点で、彼女も同罪なのですから。
……己の不甲斐なさに対する怒りも含まれていることは否定しません。ですが、たとえ八つ当たりだろうと、
シオンとプラーミアが子どもたちと戦い始めたのを尻目に、
妨害しようと接近する子どももいましたが、ことごとくシオンたちが遮ってくれました。ありがとうございます、二人とも。
相対する
「わざわざ一対一を望むなんて、新手の自殺志願かしら?」
「ずいぶんと余裕ですね。あなた単独で、
てっきり、百に及ぶ
たしか、彼女の兄は
実際、先程までの戦いで、その片鱗は窺えました。
しかし、それにしては、彼女の自信は過剰な気がします。自分の力を過信しているのか、
理由は判然としませんが、警戒は怠らないようにしましょう。
眉をひそめて警戒を強めるこちらに向けて、彼女は嘲笑気味に語ります。
「渡り合う? 違うわね。ここから始まるのは、私による一方的な蹂躙劇よ!」
「ッ!?」
悪寒がした
次の瞬間、つい先程まで
赤、青、緑、茶、紫、金という六色のそれの先端は鋭く、あのまま立ち尽くしていたら、
いえ、そのようなことよりも驚くべきことが、目の前で起こっていました。
「六色の色魔法!?」
そう。
これを驚かずして、何を驚けと言うのでしょう。
確かに、理論上はすべての色魔法を修めることは可能です。魔法司にならずとも色魔法は使えるため、
ですが、言うは易し行うは難し。その“極める”のが困難なのです。現代の魔法師では、一色に辿り着けるかどうか。あのミネルヴァでさえ、現時点では色魔法を扱えません。
ゆえに、アヴァリシア嬢が六色の色魔法を発動したのは、明らかな異常事態でした。まだ、協力者が潜んでいると言われた方が納得できます。
まぁ、協力者が存在しないことは確定していますけれどね。魔法司でさえ、色魔法を使えば魔力が漏れます。それを見逃すほど、
すぐさま体勢を立て直した
ただ、この攻撃が通ることはありませんでした。こちらが魔法を発動すると同時に、あちらも防御魔法を展開していたのです。
黒い半透明の円が彼女の顔前に現れ、【ディア・ラーゼ】を防ぎました。
「想定内ですッ」
攻撃が無効化されることは分かり切っていました。
しかし、やはり、黒い防御魔法によって、ことごとく遮られてしまいました。同時に、最悪の予想が当たっていたと確信します。
アヴァリシア嬢は、六色の魔法を行使できるだけではなく、それらを合成できる上、無詠唱でも繰り出せるようでした。魔法司であっても基本的には詠唱し、術の強度を補強する色魔法を、です。
「実力を見誤っていたのは、
目を細め、五体満足のアヴァリシア嬢を睨む
上位の
アヴァリシア嬢の腕前は、もはや
おそらく、片足を突っ込んだ程度でしょうか。
「やっと理解した? 師匠のお陰で、私たちはたった一年で神の領域に踏み込めたの。中途半端な場所に立ち尽くしているあなたでは、天地が引っくり返っても勝てないわ」
「……」
反論はできません。彼我の実力差を理解しているからこそ、彼女の言葉が正しいと分かっておりました。
こちらが黙っているからか、彼女は調子に乗って続けます。
「あなたは、いったい何年修行したのかしら? 五年? 十年? そんなに時間があったにもかかわらず、その程度の実力しかないなんて、よほど未熟な指導者だったのね」
「それは違いますッ!」
あまりの暴言に、
お兄さまが未熟な指導者? そのような妄言を吐かれて黙ってはいられません。
お兄さまは一見無茶な訓練を課してきますが、その実、
それを至高と表現することはあっても、未熟と切り捨てることは絶対にあり得ません。
――嗚呼、そういうことですか。
ふと、
彼女は、力を得るために、他の何もかもを代償としたのでしょう。失敗作と
であれば、短期間でこれほど強くなれたのも納得できました。お兄さまが見極めてくださった限界線を越えて修行していたのなら、
無論、子どもたちのように、すぐさま死ぬことはないのでしょうが、その捨て身の姿勢には、一種の狂気を感じました。
「あなたは、何のためにそこまでして戦うのですか?」
あらゆるものを削ぎ落していくアヴァリシア嬢の生き方は、
自らの勝利を確信している彼女は、
「そんなの決まっている。すべては兄さんのために。それ以外は有象無象にすぎないわ」
「兄のためなら、兄以外のすべてを捨てると?」
「当然よ。むしろ、そんな質問をするあなたが理解できないわ。結婚するほどに実兄を愛しているあなたなら、共感してくれると思っていたのだけれど?」
「……」
正直に言えば、微塵も分からないとは言えません。『お兄さまのために他の何かを犠牲にする』という考え方は、多少理解を示せる部分があります。
ですが、“多少”です。共感まではいきません。
何故なら、
「子どもたちも、あなたにとっては必要な犠牲というわけですか?」
対して、アヴァリシア嬢は肩を竦めました。
「意外に思うかもしれないけど、どちらかという慈悲なのよ、あれは」
「どういうことですか?」
「わたしたち兄妹も貧しい村の生まれだったの。そこで地獄のような苦しみを味わい、文字通り命を削った努力を積み重ねて、国の上層部に食い込んだわ。師匠と出会ってからも同じ。死ぬほど頑張って、より上を目指しているのよ。だから、才能の差はあれど、同じ立場の子どもたちに機会を与えた。成り上がれる僅かなチャンスをね」
飄々と語る彼女に、
今の内容からして、子どもたちを利用する計画を立てたのは、目前の女性とその兄で間違いないのでしょう。国の命令ではなく、自ら率先して幼い子どもたちを犠牲にしたのは、とうてい許される所業ではございませんでした。
沸々と起こる感情によって、自然と両のこぶしに力が入っていきます。それから、震えそうになる声を必死で抑え、質問を続けました。
「もっと安全なチャンスを与えようとは思わなかったのですか?」
「そんな手間をかける必要がどこにあるの? チャンスを与えるだけでも、十分慈悲深いでしょうに」
「相手は子どもですよ」
「だから? わたしたちは自力で這い上がったわ」
「未来をより良くするためにハードルを下げるのも、先達の役割では?」
「知ったことじゃないわ。何度も言っているけれど、わたしは兄さんがいればいい」
「……そうですか」
アヴァリシア嬢の意見も、ある程度は納得できます。何でも与えては意味がない。それは同感です。
しかし、彼女のやり方は雑すぎるし、理不尽だと思うのです。慈悲だと
同じ『
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