Chapter25-4 道具(5)

 わたくしとアヴァリシア嬢の戦いは、予想以上に混沌としたものになりました。


 彼女が思ったより強かったのもそうですが、控えていた百人も途中から参戦し始めたのが大きな原因でした。しかも、その百人が全員子どもだから手に負えません。


 どうにも、アッシュたちと同じ境遇の子たちのようで、ことごとくが世界に強い恨みを抱いておりました。実力も同様、限界突破レベルオーバーしています。


 三十人なら何とかなりましたが、その三倍を超える戦力が相手では、さすがのわたくしやシオンも厳しかったです。被弾は当然のこと、良い一撃を何発かもらってしまいました。


 わたくしの光魔法がなければ、早々に決着がついていたかもしれません。無論、こちらの負けという形で。


 ……最初に啖呵を切ったのが恥ずかしくて堪りませんね。


 おそらくですが、お兄さまが向かわれた前線も、同じような状況におちいっているのではないでしょうか? 限界突破者レベルオーバーの大群が現れたのなら、オルカたちが慌てるのも納得できます。


 敵は何人か仕留めているのですが、一向にあちらの勢いは衰えません。


 それもそのはず。中途半端に負傷した子どもたちは、アヴァリシア嬢が回復するため、すぐに戦線復帰してしまうのです。


 一応、断腸の思いで何人か再起不能以上にはしていますが、元の数が膨大すぎて、手が追いつきません。焼け石に水です。範囲攻撃をしようにも、的確にアヴァリシア嬢に邪魔されますし。


 このままでは、物量に潰されるのも時間の問題でしょう。


 数の暴力を圧倒的実力で押し返していたわたくしたちにとって、現状は未知の危機でした。至極当たり前の作戦ではありますが、だからこそ効果的だったのです。


 幸いなのは、彼らが地下シェルターを知らないことでしょうか。ノマたちのこだわりで地面に擬態しているので、その存在に気づいていないのです。お陰で、人質に取られるような事態は避けられていました。


 とはいえ、わたくしたちが倒されては、発見されるのも時間の問題でしょう。この状況を、何とか打破しなくてはいけません。


『シオン、何か作戦はありますか?』


『申しわけございません。今のところ、何も思いつきません』


 戦闘の最中、『魔電マギクル』を使って会議を行いますが、実りのある内容とはいきません。『少しずつ着実に戦力を削っていく』、それ以外の良策は出てきませんでした。


 かといって、その作戦では、こちらが先に体力尽きてしまいます。


 刻一刻と体力切れのタイムリミットは迫り、いよいよ息が切れ始めたその時。待ちに待ったそれ・・がやってきました。


「ッ!? 全力防御!!」


 最初に気づいたのは、戦場全体を俯瞰する余裕のあったアヴァリシア嬢でした。慌てた様子で子どもたちに指示を出したのです。


 それを見て、わたくしとシオンも事態に気がつきました。アヴァリシア嬢と同じく、防御魔法を展開します。もちろん、地下シェルターにも。


 子どもたちの反応はまちまちですね。アヴァリシア嬢の言葉を受けて即座に行動できた者もいれば、キョトンと呆けてしまった子もいます。


 その反射速度が、彼らの命運を分けました。


「【混色紺燚こんしょくこんいつ】」


 アヴァリシア嬢の警告から二秒と置かず、それ・・は現れました。


 空を覆い尽くし、轟々と燃え盛る紺色の炎。遥か上空にある上、防御魔法越しにもかかわらず、額に汗が滲むほどの熱をこちらに届ける力の塊。


 あの紺の炎は、間違いなく火魔法の極致でした。……いえ、その一端と表現するのが正しいかもしれません。


 疑似的に魔法司へとなれるわたくしには分かります。あの色魔法でも、魔法の深奥へ一歩踏み出した程度なのだと。


「嗚呼、本当に……」


 ――本当に、頂は遠い。


 これでさえ単なる一歩にすぎないのなら、わたくしは『レースに参加するために会場入りした』くらいでしょうか? まだ走り出せてもいません。


 強くなれた自負はありましたが、やはり、長年研鑽を積み続けた方には敵いませんね。無意識のうちに、わたくしおごっていたようです。


 そうやって自嘲している間にも、敵陣営の状況は変わっていきます。


 まず、紺の炎が発する熱によって、建物の残骸と防御魔法が間に合わなかった子どもたちが蒸発しました。溶ける描写など一切なく、文字通り一瞬で消え去ったのです。


 考えてみれば、当然の帰結でした。何せ、わたくしの防御魔法を貫通する熱です。素で受けたら溶けるに決まっていました。


 ただ、不思議なことに、地面は溶けていないのですよね。もしかしなくても、熱の影響範囲が調整されているのでしょう。これほどの魔法が使えるのなら、それくらいできて当然だと思います。


 敵の三分の一が消し飛んで間もなく、


「【紺燚沱雨こんいつだう】」


 続く詠唱とともに、炎の雨が降り出しました。


 当然ながら、紺の炎の威力はかなり高く、子どもたちの防御魔法を貫通し、彼らをまたもや一瞬で蒸発させていきます。


 この雨も完璧にコントロールされているらしく、わたくしやシオン、地下シェルターに被弾することはありませんでした。


 空に漂う紺の炎が消費され切る頃には、子どもの数は元の三分の一まで減っておりました。限界突破者レベルオーバーを七十人近く葬った計算になります。すさまじい魔法でした。


 紺の残炎が地面で揺れ、静寂と熱気が場を支配する中、一つの影がわたくしやシオンの傍に降り立ちます。


「待たせたな、二人とも」


 不敵に笑うのはエルフの女性――赤の魔法司プラーミア・ヴェルデでした。


 そう。今しがた放たれた紺の炎は彼女の攻撃だったのです。わたくしが期待した通り、援軍に駆けつけてくださったのでした。


 ただ一つ、気になる点が。プラーミアの姿は普段と異なっているのです。


 いつもは赤い長髪に赤い瞳、赤い鎧という赤尽くしだったプラーミアが、今や全身紺色。髪も瞳も鎧も、すべてが紺に染まっておりました。


 わたくしが訝しんでいることに気がついたのでしょう。プラーミアは紺色の毛先をいじりながら語り始める――前に、「【紺燚絶遮こんいつぜっしゃ】」と詠唱し、わたくしたちの周りを紺の炎で囲い込みました。


 お陰で、しばらくは話す余裕が生まれました。彼女は僅かに肩の力を抜き、口を開きます。


「これは魔法の副反応? みたいなものだ。髪や瞳は、魔力の影響を受けやすいからな」


「プラーミア殿は赤魔法の使い手だったはずですが……」


 彼女の言葉を受け、シオンが困惑気味に溢しました。


 至極当然の指摘です。プラーミアは赤の魔法司。赤魔法ないし火魔法以外は行使できないのが世界のルール。紺色の魔法を扱うなど、摂理を無視した現象でした。


 対して、プラーミアは肩を竦めます。


「試行錯誤した結果、青魔法を混ぜることに成功したのだ。どうやら、火魔法を極めると、青魔法の領分に踏み込めるらしい。といっても、私では練度が足りなかったようで、青ではなく紺という、中途半端な結果に終わってしまったがな」


 そう言って苦笑を溢す彼女でしたが、わたくしもシオンもまったく笑えませんでした。


 先程も申し上げた通り、魔法司はただ一つの色しか扱えない存在です。唯一を極めた魔の頂点です。それが他の色に手を伸ばすなど、掟破りも良いところでした。


 そういえば、紫の魔法司も、同じようなことを実現していたと聞いた覚えがあります。


「火適性の収集能力は消えてしまったのですか?」


 かの魔法司は、全属性を扱えるようになる代わり、本来の魔法司の能力が欠けてしまったらしいです。ゆえに、プラーミアも同じなのか問いました。


 すると、彼女は一瞬首を傾げ、すぐに得心した表情を浮かべました。


「私のこれは、メガロフィアのそれとは違う原理だ。だから、赤魔法司としての権能もそのまま残っているぞ」


「それはまた……」


 規格外の能力だと、わたくしは慄きました。何せ、デメリットなく既存の魔法司を超えているのですから。


 魔の極致に至りながらも前身を止めないプラーミア。そして、そのさらに先を進むお兄さま。わたくしは、そのような二人に追いつける日が訪れるのでしょうか?


 柄にもなく心が折れそうになっていると、プラーミアは不思議そうに小首を傾げます。


「何を落ち込んでいるのだ? 私のこれ……ひとまず混色魔法とでも呼称しておこうか。混色魔法の原案はカロラインだぞ?」


「へ?」


 思わぬ言葉に、間抜けな声を漏らしてしまうわたくし


 それを見て、プラーミアは呆れたように返しました。


「【天炎自然まじんか】と【燈火】の組み合わせは、赤と金の垣根を超える魔法ではないか」


「あっ」


 言われて初めて気がつきました。


 あのコンボは、赤魔法を金魔法に上乗せしているも同然です。確かに、プラーミアの言うような見方も可能でした。


「そもそも、貴殿は魔法司歴一年程度の若輩者だ。数千年も生きる私に、簡単に追いつけるわけがない。成長の片鱗を掴めているだけ、十分優秀だろう」


「……はい」


「焦りは致命的な失敗を生む。自身の目標を叶えたいのなら、ゆっくり着実に進め。案外、遠回りに見える道のりの方が、最短ルートだったりする」


 語るプラーミアの瞳には、いつになく真剣さが宿っていました。その声音も、普段よりも僅かばかり重みがあるように感じます。


 長く生きる彼女だからこそ、焦ったせいで失敗してきた方々を多く見てきたのかもしれません。


 ここで『それでも!』と突っぱねるのは容易ですが、それではわたくしの望む未来は掴めないでしょう。いつも泰然たいぜんと構えておられるお兄さまが良い例です。


 わたくしは一つ息を吐きました。


 それから、しかと頷きます。


「肝に銘じます」


「うむ」


 満足げに首肯したプラーミアは、「そろそろ攻めに転じようか」とセリフを続けました。


 彼女が紺の炎壁を解除する前に、わたくしは要望を口にします。


「一つ、お願いしたいことがあるのですが――」


 すべてを伝え終えると、プラーミアとシオンは顔を見合わせ、すぐに頷いてくれました。


「良いだろう。ケジメは必要だ」


「私も構いません。それに、正面切っての戦闘は、あまり得意ではありませんから」


「ありがとうございます、二人とも」


 了承を得たわたくしは頭を下げ、礼を告げました。


 頭を上げてくださいと慌てるシオンの傍ら、プラーミアは微塵の動揺なく不敵に笑います。


「では、壁を解除する。必要のない忠告だろうが、油断はしないように」


「無論です」


「問題ございません。油断などしたら、ゼクスさまに合わせる顔がありません。というより、全力で逃げます」


 わたくしとシオンは食い気味に返事をしました。


 シオンの言う通りです。油断したとお兄さまに知られれば、地獄でも生温い特訓が課されるに決まっています。


 まぁ、逃げ切れるわけがないので、油断した時点で終わりですが。


 ですから、油断だけは絶対にあり得ません。天地が引っくり返っても、気を緩めたりしません!


「そ、そうか」


 気合を入れ直すわたくしたちを見て、何故か頬を引きつらせるプラーミアでしたが、少しの間を置いて気を取り直したようでした。


「行くぞ!」


 そう合図し、紺の炎壁を解除します。


 さぁ、第三ラウンドの幕開けです。

 

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