Chapter24-1 卒業と進路(9)

 それから、オレたちは順序良く過去を振り返っていく。


「入学してすぐ、ここに呼び出されたっけ。そこでのヘンタイ行為を見た時は、本当に驚いた」


「言っておくが、断じてわしの性癖じゃないぞ。あれは土下座して頼まれたから、渋々引き受けたのじゃ。わしは、どちらかというと逆の方が良い」


「全然弁明になっていないからな? 名誉が失墜しっぱなしだぞ」


「今さらじゃろう。お主には情けない姿ばかり見せておる。それよりも、性癖を勘違いされる方が困る」


「開き直ってやがる……」


 こちらが向ける半眼をまるっと無視して、ディマは話を先に進めた。


「その後、獣人生徒の行方不明が明らかになったんじゃったか。その節は本当に助かった」


「気にするな。あれは、オレにとっても重要な事件だった」


 前聖王の側近――クシポス伯は、ニナの死の運命を握っていた人物だった。彼を撃破できたお陰で、ニナは今も元気に生きている。


 また、あの一件を経て、ディマが信用できる教育者だと見極められた。犠牲者たちには悪いが、正直なところ、あの事件を経験できて良かったと思っている。


「で、続くのが悪魔騒動じゃ」


 魔王教団が起こした事件を挙げると、ディマはこちらを恨めしそうに見てきた。


 何でそんな表情を浮かべるのか、オレには心当たりがあった。ゆえに、呆れ交じりに返す。


「事前に教えなかったのは悪かったけど、あれはオレのせいじゃないぞ?」


 悪魔騒動は原作ゲームでも起きていたイベントのため、オレは事前に知っていた。しかし、前もって彼女に教えなかったんだ。


 無論、理由あっての行動だったし、フォローも万全に整え、きちんと謝罪もしたんだが、未だに根に持っているらしい。


 ディマはバツが悪そうに視線を逸らし、唇を尖らせる。


「分かっておる。お主はお主なりに最善を尽くしたんじゃろう。これは、わしの感情の問題じゃ。すまぬとは思うが、理解せい」


 長生きしても、割り切れないことはある。そう言いたいようだ。


 まぁ、彼女の譲れない一線は理解しているので、受け流すのは容易い。こうやって遠慮なく言い合えるのも、お互いを信頼している証拠だもの。


 ただ、黙って流すのは少しつまらない。


「だから、次のスタンピードの件は伝えたじゃないか」


 チクリと刺すような一言。


 それを聞いたディマは、苦々しい表情に変わった。


「そうじゃな。前もって教えられても、何ら対策できん内容じゃったがな! あの時は本気で頭を抱えたぞ」


「だろうな」


「……やはり、わざとじゃったか。お主、妙なところで意地が悪い」


「それほどでも」


「褒めとらんわい!」


 鋭いツッコミの後、オレたちは揃って笑声を漏らす。


 決して軽いトラブルではなかったが、今は冗談を交えて語り合える。お互いに歩み寄れた軌跡が楽しく、面白く、安心できた。


「他は……色なしの一件とか?」


「酒場の潜入は、新鮮で面白かったのぅ。結果はとても残念じゃったが」


「あれは仕方ないさ。ディマに落ち度はない。というか、オレに責任があった問題だ」


「かもしれぬ。しかし、責任は押し付けん。あれは、わしの問題でもあった。じゃから、二度と同じことは起こさん」


「引きずってないのなら、オレから言うことはないよ」


「落ち込んでおる暇などないからのぅ。時間は、誰であっても平等に流れていくんじゃから」


「珍しく含蓄あるセリフが出たな。オレは時を止められるけども」


「『珍しく』は余計じゃ。あと、お主みたいな例外を一般人に押しつけるでない」


「不老不死がよく言う。ブーメランだぞ」


「お主よりは常識寄りじゃよ」


「五十歩百歩では?」


 そんな風に、たわいのない雑談を挟みつつ、オレたちは思い出を振り返っていった。


 五杯目のお茶が空になる頃、とうとう話題は尽きる。


「これだけ話せるくらいには、濃密な三年間だったなぁ」


「そうじゃのぅ」


「オレの学園生活も、今日で終わりだ。改めて、世話になった。ありがとう」


「うむ……」


 こちらの礼に対し、言葉短く返事するディマ。


 表面上は冷静さを取り繕っているが、内心はかなり焦っているようだった。詳細は不確かだけど、何か話したいことがあるのは分かる。


 ……いや、今の内容は不適当だな。彼女が何を話したいのか、心当たりはある。そこまで、オレは鈍くない。


 これを遮るのは、あまりにも失礼だろう。先回りするのも、彼女の覚悟に泥を塗る行為になる。


 だから、オレは黙して待った。ディマが勇気を振り絞れるまで。


 そうして、ついに彼女は口火を切る。


「ゼクス、お主は今日をもって卒業する。そうなれば、わしたちの繋がりも、以前より薄くなってしまうじゃろう」


「そうだな。縁が切れるわけじゃないけど、今までより会う頻度は減ると思う」


「じゃから、その前に、伝えたいことがある」


 ディマはオレを真っすぐ見据えた。真剣な眼差しであるものの、頬は赤く染まり、まとう魔力も大きく揺れている。


 もはや、彼女が何を考えているのか、考えるまでもなかった。


「わしはお主が好きじゃ。一人の人間としてはもちろん、異性として好意を持っておる。このような老獪ろうかいでも良いというのであれば、受け入れてはくれまいか?」


 こちらにまで心臓の音が聞こえてきそうなほど、ディマの顔は真っ赤に染まっていた。額には汗がにじみ、その黒い瞳も僅かに涙ぐんでいる。


 普段の頼もしい姿とはかけ離れたものだったが、だからこそ、彼女がどれほど勇気を込めたセリフなのか理解できた。


 オレは頬笑み、言葉を返す。


「オレのことを好きになってくれてありがとう。これから、よろしく」


「そうよな。こんなこと、いきなり言われても困……へ? 今、何と言った?」


 どうやら、こちらが即座に了承するとは考えていなかったらしい。テンプレ通りの面白い反応を見せるディマ。


 ただ、呆然とするのも僅かだ。次第に状況を理解したようで、見る見るうちに笑顔を輝かせていく。


「ほ、本当か!? 今さら、『やっぱナシ』はナシじゃぞッ」


「言わないよ」


「そうか……そうか! というか、もっとこう、間を置いて返事してくれ。そんなあっさり答えられては、わしも理解が追いつかん!」


 よほど嬉しかったのか、ディマは情緒不安定に言葉を紡ぐ。喜んだり、怒ったり、感情が乱高下していた。


 そんなディマに付き合ながら、苦笑いを浮かべること五分。ようやく彼女は落ち着きを取り戻した。


「……よろしく頼む」


 訂正する。冷静になったせいで、恥ずかしさが湧き上がってきたみたいだ。再び頬を赤く染めた彼女は、身悶えながら呟いた。


「こちらこそ」


 普段は見られない可愛らしいディマに、オレは頬笑みながら頷く。


 しかし、結婚はまだしない。予定で決まっているカロンたち六人はともかく、ディマについては根回ししていないし。特に、彼女は学園長という立場がある。結婚するなら、より慎重に進めないといけなかった。


 とはいえ、責任からは逃げるつもりはない。きちんと、彼女とも添い遂げる予定だ。


 オレたちはお茶会を続ける。関係性の変化した後のそれは、とても甘酸っぱいものだったと語っておく。

 

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