Chapter24-1 卒業と進路(8)

 卒業式は、何ごともなく無事に終わった。最後には全員で拍手し、晴れやかな感じで幕を閉じたと思う。


 とはいえ、今日のイベントはまだ消化し切っていない。生徒会主催のパーティーが残っていた。


 いくつかの会場に分けて開かれたそれは立食形式のもので、今日の夜中まで続く。卒業生なら平民や貴族関係なく参加でき、堅苦しいマナーなどはない。会場間の移動や途中退出も自由だった。唯一のルールは、参加者を卒業生と教師に限定しているくらいかな。


 補足すると、在校生を交えた送別会は少し前に開催したため、不満が出る心配はない。


 オレたちが訪れている会場は、おそらく、一番人数が多いだろう。何故なら、目前の光景を見れば明らかだからだ。


 オレの目の前には、大勢の友人に囲まれるオルカとマリナがいた。それぞれ、軽く百人は超えており、順番待ちが発生しているほど。


 交友広いことは知っていたが、予想以上だった。まさか、文字通り“友だち百人”を達成していたとは。しかも、各々と一定以上の友情を育んでいるみたいだし。『一回遊んだから友だち』といった薄めの繋がりが一人もいないのは、本当にスゴイよ。


 二人の他に、ニナのところにも大勢が押し寄せていた。彼女の前に、長蛇の列が形成されているんだ。


 一人ずつ握手と軽い会話を交わす様子は、まるでアイドルの握手会のようだった。いや、“ようだった”ではなく、実際に握手会だろう。あそこに集まっている連中は、ことごとくニナの非公式ファンクラブ『親衛隊』のメンバーだもの。あっ、ちょうど握手を終えた女子生徒が、鼻血を流して倒れた。


 場は騒然と……ならない。列の整理を行っていた親衛隊の一部が迅速に救護し、倒れた彼女を運んでいったから。その速度はすさまじく、リアクションを取る暇さえなかった。


 何が何でも、今回の握手会は最後まで続ける。そんな意地を感じた瞬間だった。


「ふ、ファンの、ぷ、プライド、ですね」


 一連の流れを見て、オレの隣にいたスキアが感嘆の言葉を漏らす。いちオタクとして、感じ入る部分があったのかもしれないな。気持ちは分からなくもない。


 たくさんのヒトに囲まれている三人と対照的に、オレやスキアの周りはガラガラだ。理由は言をまたない。片や現役当主として腫物扱い、片やコミュ障なんだから。


 スキアに関しては、こういった催しに参加しただけ、以前よりも成長していると思う。


「ぜ、ゼクスさまの、つ、つつ、妻になる者として、こ、この程度は慣れておかないとッ」


 そう彼女が語った際は、思わず涙ぐんでしまったよ。愛されているなぁ、オレ。


 名前を挙げなかった他のメンバーは、別会場に足を運んでいる。カロンは一番仲の良い友人であるザラ嬢やイヴェット嬢とパーティーを楽しんでおり、ミネルヴァは軽く交友のあった上位貴族の令嬢たちと歓談中。ユリィカやダン、ミリアも、平民の友人たちの下に行っている。


 こうして列挙していくと、みんなはしっかり友だちを作っているんだよね。ミネルヴァの関しては、将来を考慮したビジネスみたいなものだけど、それでも友人には変わりない。


 オレも積極的に友人を作るべきだったかなぁと、僅かな未練が頭を過るが、すぐにかぶりを振った。


 現当主と無位無官の貴族子女では、圧倒的な地位の差が存在する。そんな状態で、対等な友人関係なんて形成できるわけがない。二年上のジェットが例外だっただけだ。


 まぁ、未練といっても些細なものだ。少数とはいえ友だちはしっかりいるし、大切な家族もいる。何の問題もない。


 何となく、隣にいるスキアの頭を撫でた。不思議そうにしていた彼女だったが、嬉しそうに受け入れてくれる。うん、可愛い。


 という感じで、スキアと二人きりで戯れることしばらく。


「そろそろ時間だな」


 オレは会場にある時計を確認し、呟く。


 それから、スキアに告げた。


「ごめん。用事があるから、オレは席を外すよ」


「あ、はい。あ、あたしのことは、お、お気になさらず。き、切りのいいところで、あ、あたしも、か、帰りますので」


「最後まで付き合えなくてすまない」


「い、いえ。ほ、本当に、お、お気になさらず! こ、こうして、少しでも一緒にいられただけ、あ、あたしは、た、たた、楽しかったのでッ」


「ありがとう」


「ッ!」


 健気な態度のスキアが愛らしく、笑顔でお礼を言う。


 すると、彼女は湯気が出るのではないかと疑いたくなるほど、顔を真っ赤にした。おまけに、足取りも僅かにふらついている。


「だ、大丈夫か?」


 慌てて支えると、スキアは慌てた様子で飛び退いた。


「だ、だだだだだ、大丈夫です! も、萌えが、天元突破しただけなので!」


「そ、そうか」


 しっかり両足で立てているので、本当に大丈夫なんだろう。


 それにしても、『萌え』って……。聖女セイラ辺りが吹き込んだ知識に違いない。彼女、転生者バレしてから口が緩くなっていないか? それまでは、フォラナーダの監視にも悟らせていなかったのに。


 漏れそうになった溜息をグッと堪え、オレは改めてスキアに告げた。


「じゃあ、行ってくるよ。また屋敷で」


「は、はい。……いってらっしゃいませ」


 不格好ながらも笑顔を見せてくれる彼女に手を振り、オレはパーティー会場を後にした。








 オレの用事というのは、学園長ディマとの茶会だった。約束をした以上、しっかり守らなくてはいけないだろう。


 【位相連結ゲート】を使って学園長室へ訪れると、彼女はすでに待機していた。また、適温に温められたお湯や茶葉、茶菓子も用意されており、すぐにでも茶会を開始できる状態だった。


「すまない。待たせたか?」


 謝罪しながら問うと、ディマは首を横に振る。


「大丈夫じゃ。わしも、今しがた準備が終わったばかりじゃからのぅ」


 その言葉は、気遣いによる嘘ではない模様。感情の揺れはないし、普通のポットに入っているお湯も冷めていない。


 オレは彼女の対面に座りつつ、再び尋ねる。


「よく時間を合わせられたな」


「慣れじゃな。あと、お主の性格的に、時間ぴったりに来ることが分かっていたのも大きい」


「なるほどね」


 伊達に、千年も生きていないということか。


 長生きしている者たちと相対した時はいつも思うが、こういった経験則では勝てそうにない。


 こちらが腰を落ち着けたのを見て、ディマはお茶の用意を始めた。


 それが終わるのを見届けた後、とりあえず一口いただく。


「うん、おいしい」


「お粗末さまじゃ」


 相変わらず、良い腕をしている。


 こちらがお茶の香りと味を堪能し終えるのを見計らい、ディマは口を開いた。


「まずはお主の卒業を祝おう。卒業おめでとう」


 柔らかい笑みを浮かべる彼女。


 そこに含まれている感情は、教育者としての純粋な安堵だった。今年もまた、無事に教え子を送り出せた。そんな優しい気持ちが窺える。


 何度も思っていることだけど、ディマは真に教育者だな。彼女以上に、子どもたちの将来を案じている教師はいないだろう。


 ディマが学園長を務めていることが、聖王国にとって何よりの幸運だと思う。


 何せ、過去にこの国は彼女と敵対していたんだ。彼女がこのポジションに収まらなかった未来も、きっとあり得ただろう。

 素晴らしい教育者に尊敬の念を抱きつつ、オレは礼を返す。


「ありがとう。ディマの協力のお陰で、何とか平和に三年間を過ごせたよ」


 本心からの言葉だった。


 これまで発生した学園も関わるトラブルは、彼女の助力がなければ、無事に解決しなかっただろう。


 もちろん、解決自体はフォラナーダ単独でも可能だったが、その場合、かなり強引な終幕になったはず。ディマの手腕があったからこそ、穏当に済んだんだ。


「そうか。その言葉、素直に受け取っておこう」


 少し照れくさそうにするディマ。歳を重ねても、ストレートな称賛は慣れないらしい。


「しかし、お主と出会ってから三年しか経っておらんのか。もっと長い付き合いの気がしてならんよ」


 気恥ずかしさを誤魔化したかったのか、彼女はやや強引に話題を変えてきた。


 混ぜっ返すつもりはないので、オレはそれに乗っかる。


「同感だ。オレも、十年来の付き合いみたいな感覚だよ。まぁ、初っ端からインパクトが強かったからなぁ」


 学園長が魔女だと判明したから、安全を考えて入学式前に襲撃したんだったか。当時はともかく、今では良い思い出・・・・・だ。


 オレが懐かしんでいると、ディマが苦笑を溢す。


「うむ。あの時は肝が冷えた。いや、今思い返しても、悪夢のような・・・・・・一時じゃな。本気で死を覚悟したもの」


 ……ふむ。どうやら、初対面時の印象は、未だに認識の誤差があるらしい。


 無理もないか。襲撃する側とされる側では、明らかに立場が違う。それに、あの時のオレは、大真面目にディマを殺す気だったし。


 それから、オレたちは順序良く過去を振り返っていく。

 

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