Chapter24-1 卒業と進路(7)
卒業式。三月末に行われるそれは、学園生にとって単なる式典とは異なる。
何故なら、その日を境に、成人として扱われるようになるからだ。平民も貴族も関係なく、一人前の大人として社会へ出ていくことになる。
そのせいか、大講堂――入学式で使ったのと同じ施設――に集まった卒業生たちはとても緊張していた。まだ開会式まで時間があるのに、雑談を交わす者がほとんどいない。
無理もないとは思うけど、もっと力を抜いたら良いのに。卒業式がオレたちを取って食うわけではないんだからさ。
宛がわれた個室から階下を見下ろしつつ、オレは苦笑いを浮かべた。
一応言っておくと、オレたちフォラナーダ勢に緊張はない。個室内では、カロンたちが会話に花を咲かせている。
「桜、満開でしたね」
「キレイだった」
「今年は、例年よりも鮮やかに咲いたって話だよ」
「本当に、キレイなピンク色だったよね~」
「桜も、私たちの門出を祝福しているってことかしら」
その他大勢とは違って、実に平穏な内容だった。
今、会話に参加していなかったスキアさえも平然としているんだ。彼女たちの肝がどれほど据わっているのか、よく分かるよ。
まぁ、当然の話か。学園を卒業する程度、オレたちにとって大した変化ではない。今まで、それ以上のトラブルに見舞われ、解決してきたんだから。
嫌な慣れだとは思うけど、簡単に動じない精神を得られたことでイーブンとしておこう。
「お兄さまは、どのように思いますか?」
「すまない、ボーッとしてた。もう一度、聞かせてくれるか?」
カロンが水を向けてきたため、一旦思考を切り替える。
式が始まるまで、オレたちは、たわいない会話を続けるのだった。
式典というのは、どの世界においても退屈なものだ。それは、今回の卒業式も例外ではない。
来賓たちの祝辞は、学生たちにとって真剣に耳を傾けるほどの価値は少なく、それが何度も繰り返されると緊張の糸も緩んでいく。実際、たいていの話は、来賓自身の武勇伝だったし。実に、見栄っ張りの貴族らしい話題のチョイスだけども。
そんな中、学園長ディマはさすがだったな。社会という大海に旅立つ学生たちに向けて、先達者としての心構えを語っていた。彼女が話す時だけは、卒業生たちも真剣な面持ちを浮かべていたと思う。
卒業式は順調に進行していく。そうして、とうとう“その時”がやってきてしまった。
「答辞。卒業生代表、ゼクス・レヴィト・ガン・フォラナーダ殿」
そう。卒業式の答辞を、オレが担当することになっていたんだ。理由は単純明白で、卒業生の総合成績一位がオレだったからである。
正直、オレ以外が一位になると思っていたんだけどなぁ。実技はともかく、勉学は五位くらいに落ちていたし。
ちなみに、一位はアリアノート、二位はオルカとスキア、四位はミネルヴァだ。やはり、実技で一位を独占していたのが影響したのかねぇ。
とはいえ、今さら愚痴を溢しても仕方ない。決まってしまった以上は、最後まできちんとこなすしかないんだ。それが責任ある大人というもの。
【
会場内にいる全員の視線を浴びるが、今さら、この程度で緊張なんてしない。無事、中央にある
一礼してから、マイクを握る。
「紹介に与ったゼクス・レヴィト・ガン・フォラナーダだ。まずは卒業生を代表して謝辞を。私どものために、このような盛大な式典を開いてくれたことを、心より感謝する」
普通なら原稿を眺めながら喋るんだろうが、オレは精神魔法で記憶力を強化しているので必要ない。一言一句間違いなく、予定通りに口を動かす。
「三年前の私たちは、目前まで迫った学園生活に胸を躍らせる子どもだったと思う。どのような生活が待っているのか。授業にはついていけるのか。新しい友人はできるのか。不意のトラブルに見舞われないか。そんな期待と不安を、たくさん心に抱いていただろう」
周りの学生たちを見渡す。当時のことを思い出しているのか、そのほとんどが懐かしむような顔つきをしていた。
かくいうオレも、かつての記憶を反芻する。
入学前は、不安の方が勝っていた気がするな。カロンが死ぬかもしれない舞台がいよいよ始まってしまうんだと、少なくない恐怖を抱いていたと思う。万全の準備を整えていたとはいえ、万が一の可能性を考慮すると、ネガティブな感情は拭えなかったんだ。
一拍置き、続ける。
「自分で言うのも何だが、我々の学年は、例年と比べると色々特異だったと思う。勇者や聖女が誕生し、聖王家のお二方がいらっしゃり、すでに爵位を継承した私がおり、学生にもかかわらず二つ名持ちがいた。近年どころか、有史でも稀に見る面子だっただろう」
改めて声に出すと、本当に意味の分からない学年だった。メンバーが濃すぎる。しかも、そのうちの半分以上が身内だし。
きっと、一般生徒は胃を痛くしていたに違いない。心のうちで『ごめん』と謝っておく。
「異例の学年は、やはり異例尽くしだった。『悪魔騒動』に始まり、ダンジョン実習でのスタンピード発生、挙句は『魔王の終末』。本当にトラブル続きだった」
一般人も関わった事件だけ並べても、このラインナップである。どれも有史以来の危機といっても過言ではないレベル。呪われていると疑っても仕方ないと思う。
会場内に、少なくない苦笑が漏れる。当時を振り返り、思わず溢してしまったんだろう。
解決済みではあるものの、あの危機を笑って済ませてしまうのはさすがだな。数々のトラブルを乗り越えたお陰で、一般生徒たちも図太くなったのかもしれない。
オレもつられて苦笑しつつ、答辞を続ける。
「しかし、我々はその事件を乗り越えた。この場にいる全員は、五体満足で危機を脱したんだ。たとえ、事件解決に一切関わっていなくとも、それは誇るべきことだと私は思う。あれらを乗り越えた皆ならば、きっと今後の難題にも立ち向かえるはずだ。
――だから、オレはこの言葉を贈ろう。
「『戦え』。これは三年間ともに過ごした同志へ贈る言葉であり、これから私たちの後ろを追ってくる後輩たちに示したい指標だ。時には逃げてもいい、立ち止まってもいい、逆走したっていい。でも、いつかは覚悟を決めて戦ってほしい。この三年間を戦い抜いた私たちなら、きっと勝利を勝ち取れるんだから」
以上、卒業生代表ゼクス・レヴィト・ガン・フォラナーダ。
そう締めくくり、壇上を後にした。
オレが舞台裏に姿を消した後、会場内に拍手喝采が巻き起こる。カロンやマリナ辺りが、アイドルの応援か? と思うほど暴走しているけど、無視しておく。恥ずかしいもの。
しかし、受けが良かったようで安心した。
正直言うと、あまり自信はなかったんだよね。だって、答辞というよりは、送辞っぽい内容だったし。つらつらと言いたいことを書いていたら、こんな内容になったんだよねぇ。
一応、シオンを含めた何人かの部下に試読してもらってはいたが、最後まで不安は拭えなかったんだ。
カロンたちの盛り上がりを見るに、しばらく時間を置いてから帰った方が良いな。
そう考えたオレは、舞台裏で暇を潰すことにする。壁に背中を預け、ボーッと虚空を眺めた。たまには、何もしない無駄な時間があっても良いだろう。
すると、一人が声を掛けてくる。
「ゼクス」
横を向けば、そこには学園長のディマがいた。相変わらず、小さい少女の形をしている。
その正体は、千年以上を生きる
オレは首を傾げる。
「どうした?」
卒業式では、まだ学園長の出番があったはずだけども。
オレの問いに、彼女は半眼を向けてきた。
「お主のせいじゃろう。学生たちの興奮が収まらんから、式を一時中断しておるんじゃよ」
想定していた以上に、オレの答辞は彼らをたきつけてしまったみたいだ。
「あー、すまん」
何と返したら良いか分からず、とりあえず謝罪を口にする。
対して、ディマは首を横に振った。
「良い。わざとでないことは分かっておる」
「そう言ってもらえると助かる。オレも、ここまで盛り上がるとは思ってなかった」
「お主の演説は、こう……心を揺さぶるんじゃよな。文面というよりは、語り方のせいじゃろう。まるで扇動家みたいじゃ」
「縁起でもないことを言うなよ……」
まさかの扇動家呼ばわりに、オレは眉根を寄せる。
冗談と理解しているけど、さすがに失礼だと思う。
こちらの表情を見て、ディマはすぐに頭を下げた。
「すまん。確かに、言いすぎじゃったな」
「いいよ。冗談だって分かってるから」
「助かる」
「「……あはは」」
いつの間にか立場が逆転していたことに、オレたちは笑い合う。
ディマとの付き合いも、ちょうど三年か。最初は一方的に脅す形だったが、今ではこんな冗談まで交わせるようになった。本当に、人生は分からないものだよ。
「この三年で、わしらの関係もずいぶん変わったのぅ」
同じことを考えていたようで、ディマが苦笑交じりに呟く。
オレも頷いた。
「そうだな。ディマには感謝してるよ。色々融通を利かせてもらって」
「それは、こちらもじゃ。獣人の誘拐事件に始まり、お主には様々なトラブルを解決してもらった。感謝しておる」
いつになく殊勝な態度だ。いつもの彼女なら、先程のように小さなジョークを混ぜそうなのに。これも卒業式効果かな?
そんな失礼なことを思いながら、会場の方に意識を向ける。
どうやら、ある程度ボルテージが下がったみたいだ。騒つきはあるものの、無秩序な雰囲気は落ち着いている。
オレはディマに顔を向け直した。
「そろそろ戻るよ」
「そうか……」
「……学生の身分も今日で最後だし、せっかくだから、あとで茶会でもしないか?」
ものすごく残念そうな表情を浮かべるディマに負け、オレはそんな提案をする。
それを受け、彼女はあからさまに笑顔を輝かせた。
「うむ、やろうではないか。
「分かった。その頃になったら、【
「了解じゃ」
ディマの返事を認め、オレは【
うーん。あの反応を見るに、もう自覚しているっぽい? となると、覚悟を決めるべきかぁ。
嬉しいのやら、悲しいのやら。いや、間違いなく嬉しくはあるんだが、周囲の反応を予想すると、些か憂鬱だった。
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