Chapter24-1 卒業と進路(5)

 数々のレーザーが地上に着弾し、山を覆う森林地帯が一気に凍っていく。着弾地点のみならず、冷気は徐々に周囲へも広がっていく。


 水、風、闇の合成魔法である【コールドバーン】は、冷気を圧縮した魔法だ。しかも、現在は鏡魔法の強化も受けている。放置すれば、周囲一帯を氷の世界に変えるだろう。巻き込まれれば、カロンたちでも無傷では済まない。


 ゆえに、彼女たちは対処せざるを得なかった。


「【サイクロンブレイズ】」


 今度は、卒業生側のモニターから、ミネルヴァの声が聞こえる。火と風の合成魔法の詠唱だった。


 炎の竜巻が出現し、氷の世界を蹂躙した。相当魔力を込めたようで、広範囲に広がっていた冷気を一気の呑み込んでしまう。あっという間に、北の山岳は焼け野原と化した。


 在校生の初撃をきちんと防いでみせた卒業生チーム。


 しかし、その代償は大きい。


「丸見えになってしまいましたね」


「あ、ホントだ。少し離れた場所を移すモニターからでも、マリナさんたちが見える」


 シオンと実湖都みこつが言うように、遠くからでもカロンたちの姿がハッキリ捉えられた。森が消えたせいで、見通しが良くなってしまったんだ。


「在校生組は、これを狙ってたんだろうなぁ」


 オレが感心のセリフを呟くと、実湖都みこつが首を傾げる。


「そうなんですか? さっきの攻撃、トドメを刺すような迫力でしたけど」


「確かにスゴイ攻撃だったけど、あの程度でやられるほどカロンたちは弱くないよ。で、在校生側もそれは分かってた」


「今みたいに対処されることも、想定済みだったってことですか!」


「その通り。ミネルヴァも誘導されているのは理解してたと思うけど、あれ以外に対処のしようがなかったし」


 見晴らしが良くなれば、先程と同じような遠距離攻撃もしやすくなる。現状は、かなり在校生側の有利な状況だった。


 見事な頭脳プレーだ。在校生たちは、本気で卒業生チームに勝つつもりらしい。そのやる気も称賛に値するね。


 丸見えのカロンたちを、見逃すわけがない。モーガンは立て続けに魔法を発射する。もちろん、エインセルの鏡を経由し、さらにはアルトゥーロの強化魔法バフも受けている模様。


 色とりどり――風、土、水、闇の属性攻撃が雨あられの如く卒業生チームを襲った。


 遮蔽物を失った卒業生チームは、自前の防御魔法で防ぐしかない。茶魔法師を務めるカロンが、光防御魔法を用いてすべてを受け止めた。


 無論、卒業生チームも、攻められてばかりではない。防御をカロン一人に一任し、ミネルヴァも反撃に出た。


 ただ、こちらはマリナによる強化魔法バフのみ。在校生側に届く頃には攻撃の威力も下がっており、モナルカの防御魔法で難なく防がれていた。


 ルールによって互いの上限が定まっている以上、鏡分だけ強化の多いモーガンの方が威力は勝る。魔法の撃ち合いは、卒業生チームの分が悪かった。


「なるほど。お互いに考えることは同じ……いや、少し違うか?」


 派手な爆撃が繰り広げられる中、とあることに気がついたオレは頬笑む。


 十中八九、シオンも気がついているだろう。彼女の視線は、互いの本陣と関係ない場所を映すモニターに向いているし。


 しばらくすると、ステージの中央付近――幾許か南寄りの地点で大爆発が起こった。


「な、何!?」


 オレやシオンはともかく、まったく予期できていなかった実湖都みこつが素っ頓狂な声を上げる。


 直後、


『在校生チーム『紫魔法師』一名、脱落』


 とのアナウンスが流れた。


 それを聞き、なおのこと混乱する実湖都みこつ


 オレとシオンは苦笑しつつ、彼女をなだめる。


 それから、事の経緯を説明した。


「難しいことじゃない。両者が魔法の撃ち合いをしてる間に、互いの緑と紫が打って出ただけだよ」


「全然気づかなかった……」


「派手な爆撃のお陰で、姿を隠しやすかったのだと思います」


 目を見開く実湖都みこつを、シオンがフォローする。


 実際、彼女たちの隠密は上手かった。第三者として見ていたから即座に気づけたけど、当事者だった場合は把握するまで時間がかかったかもしれない。


 ようやく冷静になった実湖都みこつが、質問を投げかけてくる。


「えっと。どちらのチームも、接近戦を仕掛けたのは分かりました。ネレイドさんだけが敗退したのは、二対三だったからですか?」


「それもある」


 赤魔法師にジョーカーを切った在校生チームの方が、接近戦が不利なのは確かだ。


 だが、ネレイドの撃破は、それだけが理由ではない。


「それぞれ、近接戦闘を仕掛けた目的が違ったんだよ。それが今回の差を生んだんだ」


「目的、ですか?」


「在校生チームは『魔法戦を目くらましにしながら、近接戦でトドメを刺す』という目的だったのに対し、卒業生チームは『こちらに仕掛けてくる近接戦闘組を倒す』って目的だったのさ」


「つまり、卒業生たちは、在校生側の目論見を読んでた?」


「そうだ。だから、ネレイドだけが倒された」


 まぁ、ニナ、ユリィカ、スキアの三人は、ターラも撃破する予定だったんだろうけどね。


 おそらく、ターラは接敵直前に自陣の不利を悟り、隠密に力を注いだんだと思う。オレの弟子だけはある。


 ただ、ゲームとはいえ、易々とネレイドを見捨てた辺りは、さすがとしか言いようがないが。その冷静すぎる判断力が末恐ろしい。


 オレの戦況解説を聞いた実湖都みこつは、『ほへぇ』と感心と驚愕の入り混じった声を漏らした。彼女にとって、ここまでの試合運びは異次元の領域のよう。


 間の抜けた表情を浮かべる彼女に、オレは苦笑を溢す。


「大丈夫。この先は結構単純な試合展開になるはずだから」


「そうなんですか?」


「ニナはターラが最優先で足止めするだろうけど、ユリィカやスキアまでは手が回らない。そして、その二人に対応する余裕を、本陣で構えてるメンバーは持ってない。だから、あとはゴリ押しで終わるよ」


 ニナに本陣へ攻め込まれては、もはや勝ち目がないことはターラも理解しているだろう。だから、その足止めに注力するのは確定事項。


 しかし、それでは残る二人が止まらない。


 魔法戦は在校生側が優勢とはいえ、近接戦に意識を割けるほどの余裕があるわけではない。ネレイドが撃破された時点で、在校生チームはほぼ詰みの状態なんだ。


 何か秘策も期待したが、その後のゲームは予想通りに進み、卒業生チームの勝利で幕を閉じた。


 とはいえ、今回は、在校生たちの未来を感じられる良い試合だったと思う。今後の成長に期待したいね。

 

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