Chapter24-1 卒業と進路(4)

 今回のステージは長期戦ロングゲームを想定した舞台のため、とてつもなく広大だ。選手たちを目視することは難しいので、観客席には中継用の画面が設置されていた。


「卒業生チームが北の山麓。在校生チームは南の渓谷か」


 セオリー通り、互いの本陣は対極に敷かれたが、地形は大きく異なる。これがどうゲームに影響するか、見ものだな。


 そして、もう一つの見どころは、各人の役職カードだろう。特に、六人目ジョーカーが誰で、何色なのかが争点となる。


 試合開始直前に、観客限定で役職カードが公開されるので、それを楽しみに待つとしよう。


 程なくして、観客席に設置されたモニターに、各プレイヤーの役職カードが映し出された。早速、一覧に目を通す。


 まずは卒業生チーム。


「説得に成功したようですね」


 一緒に内容を確認していたシオンが、ボソリと呟く。


 内訳はカロンが茶、ニナが緑、ミネルヴァが赤、マリナが青、スキアが紫、ユリィカが緑となっていた。


 おおむね、各々の得意分野の配役だ。シオンの言う通り、『全力で戦いたい派』が勝利したんだろう。


 カロンが茶なのは僅かばかり予想外だったけど、よくよく考えて見ると当然か。


 卒業生に限ると、盾役の適性が高い人員は少ない。考えなしに突撃しがちなダンか、器用に魔法を扱えるオルカ辺りが有力候補だ。ニナやミネルヴァも候補には挙がるが、他の分野を任せた方が強い。


 一方、カロンは赤が最適ではあるものの、防御魔法もかなり得意としている。茶を任せるには打ってつけだったんだろう。


 ちなみに、今回の試合では、『シャルウル』の持ち込みは禁止している。それを許可してしまうと、アルトゥーロも聖剣の鞘を持ち込みかねないからね。公平に、扱える武器は支給品のみと限定した。


 閑話休題。


 続いて、在校生チームも確認しよう。


「ほぅ」


「これは……」


 一覧を見たオレとシオンは、思わず声を漏らした。


 それに続いて、実湖都みこつも目を瞬かせる。


「お二人の予想とは、ずいぶんと違いましたね」


 そう。在校生たちの配役は、オレたちの推測とは大きく異なっていた。モーガンとエインセルが赤、ターラが緑、アルトゥーロが青、モナルカが茶、ネレイドが紫となっていたんだ。


 色々と疑問に思う部分はあるが、一番気になるのはエインセルの配役だろう。


 独自の精霊魔法――鏡魔法を扱う彼女は、カウンター型の魔法師だ。その性質を考慮するなら、防御寄りの茶を担った方が得策だ。


 もちろん、普通の攻撃もできるんだろうが、貴重なジョーカー枠を消費するほどかと問われたら疑問が残る。何かしらの策があるのは間違いなかった。


「エインセル嬢の配役、どう考える?」


 一つだけ思い当たることはあったが、念のためにシオンへ問う。


 彼女はアゴに指を添え、少し思案を巡らせてから答えた。


「鏡魔法の射程を広げるため、ではないでしょうか?」


「やっぱり、それが真っ先に浮かぶよなぁ」


 シオンも同意見だったことに、若干安堵する。


 エインセルの長所は、紛れもなく鏡魔法だ。そして、赤魔法師を担う利点は、魔法の使用にほとんど制限が掛からないことである。本来の実力通りの射程で鏡魔法を行使できるのは、在校生チームにとって大きなメリットとなるだろう。


「まぁ、どう動くかは、実際の試合で確認すればいいか。在校生たちがどれくらい奮闘するのか、楽しみだよ」


「そうですね」


 こちらの意見に、シオンも笑みを浮かべて頷く。


 オレたち二人は、カロンたちが負けるとは微塵も考えていない。彼我の実力差を把握しているからだ。勝敗に絶対はないとも理解しているが、その“万が一”もあり得ない。


 ただ、そう思うのは、彼らを一から十まで知っているオレたちだからこそ。そうではない者は、“万が一”の可能性を捨てたりしない。


「むっ。試合は、最後まで分からないものですよ」


 だから、実湖都みこつは、少しムッとした表情で苦言を呈してきた。


「そうだな。すまない、無粋なことを言った」


「申しわけございません。ミコツさん」


 それを受け、オレとシオンは謝罪する。


 オレたちの中では決まり切った結果でも、他人からしたら不快に聞こえるのは事実だ。配慮不足を謝るのは、ヒトとして当然の行いだと思う。


 それに、彼女の意見も強ち間違っていない。本気の戦いならともかく、親善試合であれば、僅かな油断が生じる可能性もある。上手くいけば、“万が一”を引き寄せることもできるだろう。


「い、いえ。わたしも、突っかかっちゃってごめんなさい」


 こちらが素直に謝ってくるとは考えていなかったのか、慌てた様子で両手を振る実湖都みこつ


 彼女の腰の低い態度に懐かしさを覚えるのは、前世の記憶のせいかな?


 内心で苦笑しつつ、オレたちは雑談に戻る。それから一分もしないうちに、アナウンスが流れた。


「これより、卒業生対在校生による魔駒マギピースを開始します。お互いの健闘を祈ります」


 会場全体に、審判を務めるフォラナーダの使用人――ネモの声が響く。そのすぐ後、ビーッとゲームスタートを報せるブザーが鳴った。








 長期戦ロングゲームにおいて、開幕直後はあまり大きく動かない。舞台が広大だから動きようがないのも理由だが、焦る必要がないほど時間がたっぷりあるのも一因だった。


 しかし、その定石は、この試合では崩されることになる。


 開幕のブザーが鳴り終わった直後。ステージ上空の至るところに、無数の鏡が出現した。紛れもないエインセルの魔法である。


 無秩序に浮く鏡を見て、最初は遠距離攻撃対策課と考えた。だが、違う。その真意は、すぐ明らかになる。


「【コールドバーン】」


 在校生側の本陣を映すモニターから、一つの詠唱が流れる。モーガンの声だった。


 次の瞬間、上空に向かって、モーガンの瞳と同じ紺藤こんふじ色のレーザーが放たれた。当然、レーザーは展開されていた鏡に当たる。


 すると、どうなるか。


 モーガンの魔法は無軌道に反射した。空にある鏡の群れの中を、何度も何度も跳ねる。


 それだけではない。反射が一定回数を超えると分裂し、レーザーの数は加速度的に増えていった。五秒もしないうちに四桁を超える。


 そして、四桁オーバーのレーザーは、揃って卒業生組の陣地周辺へと降り注がれた。


 いくら赤魔法師とはいえ、モーガンの本来の実力では届かないはずだが、鏡を経由して飛距離を伸ばしていたんだ。


 その光景を目撃して納得する。モーガンの遠距離攻撃の射程を伸ばすため、エインセルの役職カードを赤にしたんだと。


 この数ヶ月間で、エインセルの魔法が進化していたのは知っていた。反射したものを強化できるようになったんだ。それをこういった形で活用するとは、在校生たちの思考の柔軟さには舌を巻くよ。


 あと、居場所を特定されないためでもあるのかな。あれほど反射しては、さすがに射線を見極めるのは難しい。

 

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