Chapter24-1 卒業と進路(3)

 放課後。オレたちは学園内にある魔駒マギピース会場に集まっていた。山岳地帯を模した超巨大ステージだ。


 理由は語るべくもない。魔駒マギピースの試合を行うためである。本日は最後のクラブ活動なので、記念として卒業生対在校生を実施するんだ。


 卒業生はカロン、ミネルヴァ、ニナ、スキア、マリナ、ユリィカの六人。


 在校生はダンの妹で二年生ターラ、一年生のアルトゥーロとモーガン、同じく一年生で帝国からの留学生モナルカ第三皇子、森国しんこくからの留学生で二年のネレイド、一年のエインセルの六人だ。


 基本となるベーシックルールでは五対五だが、今回はジョーカーズルールを適用した。それは、『六人目は、五つある役職カードの中から一つを自由に選んで良い』というもの。



 六人目の役職カードは会敵するまで非公開のため、より戦術性を求められるんだ。三年間の総決算としては、非常に適したルールだと思う。


 また、フラットルールも適用されているので、個々人の出せる出力は限定されている。そうしないと、在校生側が圧倒的不利だからな。


「どういう役職カードの割り振りをするかな」


 観客席で選手たちの入場を待ちつつ、魔駒マギピース観戦恒例の議論を口ずさむ。


 すると、右隣に座っていた淡い青紫髪をシニョンに結わえたメイド――オレの恋人の一人でもあるシオンが反応した。


「普段通り、不得意分野の配役ではないでしょうか?」


「それが無難だけど、今回はクラブ活動最後だし、フラットルールだ。もしかしたら、全力で戦うかもしれないだろう?」


「確かに、カロラインさまなら、そのようなご提案をされそうですね」


 こちらの意見に、シオンは苦笑交じりに同意する。


 彼女は、カロンが二歳の頃からの付き合いだ。オレを除けば、カロンを一番理解しているのはシオンだろう。オルカやミネルヴァも良い勝負だけど、やっぱり培った年月には勝てないと思う。


 オレは二人の絆を感じて頬笑みつつ、話を続ける。


「問題は、その提案を他のメンバーが受け入れるかどうかだな」


「悩ましいですね……。ニナさんは間違いなく賛同するでしょうが、ミネルヴァさまは難色を示すかもしれません」


 さすがはシオン。よく観察している。


 カロンとニナは、一見すると“静と動”。正反対の性格をしていると思われがち。


 だが、実際は同類だ。あらゆる場面で意見が一致する、気が合う者同士なんだよね。だからこそ、お互いに親友と認識している。


 似た者同士という意味ではミネルヴァも同じなんだが、彼女の場合は貴族令嬢として培われたモノがある。生死の懸かっていない試合において、全力を尽くすのは好まないだろう。あくまでも、優雅に勝利を収めたいと考えるはずだ。


 となると、


「控えめなマリナ、スキア、ユリィカが肝か」


「おそらく、あの手この手で説得したでしょうね」


「「……」」


 喧々囂々けんけんごうごうだっただろう卒業生側の控室を想像し、オレたちは揃って乾いた笑みを浮かべた。


 そこへ、オレの左隣に座っていた人物が声を上げる。


「相変わらず、皆さんは仲がいいんですね」


 やや苦笑い気味の表情を浮かべるのは、黒髪をおさげに結んだ地味めの少女、須直すなお実湖都みこつだった。現代日本――より少し発展した異世界――から転移してきた十六歳の少女で、紆余曲折を経て今はフォラナーダで保護している。


 すでに彼女の危険性はゼロという結論が出ており、フォラナーダの護衛は必須であるものの、ある程度の自由行動が許されている。クラブ活動を見学しているのも、その一環だ。


 彼女の感情からは、僅かに憧憬しょうけいが窺えた。同時に、何かを懐かしむような感慨も。


 おそらく、離れ離れになった親友を想起しているんだろう。実湖都みこつの親友が、未だ帝国側に留まっていることは、彼女の専属メイドであるネモから聞いている。


 ここで慰めるのは容易いが、逆効果になる可能性が高かった。どうやっても覆らない現実に対して『大丈夫だ』なんて語るのは、無責任を超えた冒涜だもの。


 だから、オレは実湖都みこつの内側には踏み込まない。肩を竦めて、表面上の話題を続ける。


「そりゃそうさ。何たって、恋人だからな」


「あー……そういえば、そうでしたね」


 堂々と恋人宣言をしたところ、頬を赤く染める実湖都みこつ。こう言うのは失礼だが、見た目通り初心なのかもしれない。もしくは、隣で顔を真っ赤に染めているシオンに釣られたのか。


 実湖都みこつは小恥ずかしそうに頬を掻く。


「わたしの出身は一夫一妻制なので、すっかり忘れてました。何度も聞いてるはずなのに、慣れませんね」


「習慣ってのは、そう簡単に変えられないものさ、仕方ないよ」


「あっ、でも、一夫多妻制を否定してるわけじゃありませんから! ちゃんと、皆さんのことは応援してるし、祝福してます!」


 オレがフォローすると、彼女は慌てて両手を振った。『馴染みがないイコール気持ち悪く思っている』なんて勘違いされると考えたんだろう。


 まったくもって杞憂なわけだが、こういった気遣いをできるのが実湖都みこつの長所か。あと、異文化の価値観をすんなり受け止められるところも、かなりの強みだと思う。将来は外交官とか向いているんじゃないかな。本人のやる気次第だけども。


 益体やくたいもないことを考えながら、彼女を安心させるよう頬笑む。


「大丈夫、分かってるから」


「そ、そうですか。良かった」


 ホッと胸を撫で下ろす彼女。一喜一憂する姿は、なんだか小動物みたいだ。


 内心で苦笑を溢しつつ、安堵する。彼女が抱いていた憧憬しょうけいは、すっかり吹き飛んだらしい。良かった良かった。


「……ところで、卒業生チームの配役事情は分かりましたけど、在校生チームはどうなんでしょう?」


 話題を変えたかったのか、実湖都みこつは軌道修正を試みる。


 正直、無理やり感が否めなかったけど、こちらも今の話題を続ける熱意はなかったので、乗っかってあげた。


魔駒マギピースに興味あるのかい?」


「はい。何度か試合を見てるうちに、楽しそうだなぁって。わたしは魔力がないので参加はできないですが、観戦するだけでも面白いです」


「そっかそっか」


 瞳を輝かせる彼女の言葉に、嘘は見受けられなかった。ゲームを純粋に楽しんでくれるのは、製作者冥利に尽きるよ。


「ふふふ」


 ふと、シオンが小さく笑声を漏らした。


 おそらく、オレが気分を良くしていることを察したんだろう。


 照れくささを振り払うように、オレは説明する。


「在校生側が全力を尽くすのは間違いない。卒業生チームがどういった戦術を組み立てようと、圧倒的に不利だからな」


「卒業生は、大半がフォラナーダの方たちですからね」


 そう、地力が違いすぎるんだ。いくらフラットルールで制限をかけられても、培ってきた経験値の差は埋められない。


「だから、もっとも実力の高いターラが紫で確定だ。役職カードの中で、紫が一番技巧を求められるからな。残りは相性に合わせてエインセルが茶、アルトゥーロが緑、モーガンが赤ってところかな」


「モナルカ殿下とネレイドさんは?」


「正直、どんなパターンでもあり得るんだよなぁ」


 実湖都みこつの質問に、オレは返答を濁す。


 モナルカもネレイドも、何でも卒なくこなすタイプだ。強化魔法バフ要員の青は問題なく務め上げるだろうし、自由枠を使っても良さそうである。


「シオンはどう考える?」


 結論が出なかったため、シオンに意見を問うてみた。


 彼女は僅かに逡巡してから答える。


「魔法適性を考慮すると、モナルカ殿下が青を担うのでは? ネレイドさんの水と闇の適性は、あまり強化魔法バフを得意としませんから」


「それが無難か。でも、モナルカを自由枠にした場合は、奇襲性が上がると思う。どの役職カードでも満遍なく運用できるわけだし」


「確かに……。しかし、そうなると、出力の落ちる青枠が見過ごせません」


「安定を取るか、奇襲性を取るか。結局、チームの好みの問題になるかぁ」


「ですね」


 腕を組んで唸るオレに、シオンも同意した。


 結論は出せそうになかった。偉そうに予想を立て始めたのに、恥ずかしいことこの上ない。


 チラリと実湖都みこつの顔を窺うと、彼女は感嘆の息を吐いていた。


「よく知ってるチームでも、配役を予想するのは難しいんですね。魔駒マギピースはやっぱり奥が深いです」


 何やら、ポジティブな方に捉えてくれたらしい。これはこれで気恥ずかしいけども。


 その後も、魔駒マギピース初心者たる実湖都みこつの質問に、オレたちは答えていく。


 そんな中、不意に彼女は首を傾げた。


「そういえば、オルカさん、ダンさん、ミリアさんはどうしたんですか? 卒業生チームにいませんし、観客席にも見当たりませんけど」


「あー……」


 オレは曖昧な声を漏らす。


 そうか。最近の彼女は一年生の方に顔を出すことが多かったから、あの現場を目にしていなかったか。


 情けない場面を目撃されなかったのは、ダンたちにとって幸運か? いや、人伝に聞かされるんだから、どちらにしろ情けないな。


 オレは溜息交じりに答える。


「ダンとミリアは、卒業前のテストにおける点数不足が発覚したんだ。それを補うための補習中だよ。オルカは二人の付き添い」


 言うまでもないが、オルカは大激怒である。卒業まで、ダンたちは机から離れられないだろう。


 こちらの回答を聞き、実湖都みこつはポッカーンと呆けた。


 しかし、それも一瞬だけ。すぐに我に返り、頬を引きつらせる。


「あの二人って、最優秀クラスだったのでは?」


「実技がずば抜けてるお陰で、帳尻が取れてたんだよ」


「……なるほど」


 実湖都みこつが呟いた『なるほど』は、彼女の人生で一番複雑な心情を詰め込んだものだったに違いない。

 

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