Chapter24-1 卒業と進路(2)

「みんな、卒業後の進路ってどんな感じなんだ?」


 朝の学園。ホームルームの前の自由時間にて、そんなセリフが紡がれた。


 発言者はガタイの良い茶髪茶目の青年、オレたちの幼馴染みに当たるダンだった。


 卒業まで五日を切っている状況を考慮すると、至極当然の質問だろう。むしろ、遅すぎるくらいだ。


 まぁ、それも仕方ないことか。フォラナーダの面々は、つい先日まで魄術びゃくじゅつ大陸で戦争を行っていたんだ。出ずっぱりではなかったものの、ゆっくり日常を送る暇もなかった。だから、話題を振るタイミングが掴めなかったに違いない。


 周りに集まるいつものメンバーを見渡し、視線で答えを聞きたいと訴えてくるダン。だが、すぐに、思い出したかのように補足した。


「あっ、ゼクスとユリィカは言わなくても分かってるから」


「それはそうですね」


 苦笑気味に頷いたのは、露草色のロングヘアと兎耳を有した獣人の女性。今しがた名前の挙がったユリィカだ。


 ダンが言ったように、彼女の進路は周知されている。何せ、フォラナーダの使用人として、学園へ足を運ぶ機会も度々あったからね。メイド服姿を目撃されていれば、就職先がフォラナーダだと知れ渡るに決まっていた。


 オレについては、改めて語るまでもない。学園入学前から就職しているのと変わらない状態だったし。


 オレとユリィカが一歩引いたのを認めると、他のみんなが答え始める。


 真っ先に口を開いたのは、オレの義弟兼恋人であるオルカだ。


「ボクに関しても大方予想されてると思うけど、フォラナーダの内務として働くよ。今までと変わらない」


 そう語った彼は、こちらに向かってニッコリと笑いかけてきた。赤茶の狐耳や尻尾をピコピコと揺らしている。可愛い。


 愛らしい様相を見ていると、彼の性別をついつい忘れそうである。恋人にしている時点で今さらな話だけどさ。


 頬笑んできた理由は、オレに『ずっと一緒だよ』と伝えるためだろう。本当に可愛い子だ。


 構い倒したくなるけど、今は周りに大勢いるので自重する。オレにだって、空気を読む能力くらいはある。


「アタシも特に変わらない。冒険者を続ける」


 次に答えたのはニナだった。


 狼獣人の彼女は、二つ名持ちのランクA冒険者。フォラナーダ所属ということを除いても、その肩書きは周辺各国でも上澄みに当たる。たとえ彼女が冒険者を辞めたいと言っても、周りが必死で説得にかかるだろうな。


 彼女は相変わらずの無表情で「ただ」と続ける。


「近衛騎士団の剣術指南をしてほしいと、国から依頼が来てる。受ける予定だから、そこは多少の変化かもしれない」


「おお、すごいな!」


 ニナの話を聞き、ダンを筆頭としたこの場にいるメンバーが――否、周りで聞き耳を立てていたクラスメイトたちも大いに湧いた。


 もありなん。近衛騎士団に配属されるのはエリート中のエリート。それこそ、学園でトップ10に入らないといけないレベルだ。所属後も研鑽を積む義務があり、新卒とベテランとでは、かなりの力の開きがあると言われている。しかも、ウィームレイに代替わりしてからは、オレの影響でさらに磨きがかかっていた。


 そして、近衛は多くの国民にとって憧れの職業なんだ。前世の基準でいうと、有名スポーツ選手みたいな扱いかな?


 だから、騎士団への所属を素っ飛ばして指南役に抜擢されたのは、学生たちにとって驚愕以外の何ものでもなかった。レジェンドである。


 とはいえ、少し驚きすぎな気もするけどね。ニナの今までの実績を考慮すれば、近衛騎士団の指南役なんて当然の依頼だと思う。


 おそらく、人気職業に対するバイアスがかかっているんだろう。現に、冷静になり始めた学生たちは、『まぁ、当たり前の話か』みたいな表情を浮かべている。


 周囲の盛り上がりが落ち着いた辺りで、今度はミネルヴァが言葉を紡いだ。


「知っているヒトは知っているでしょうけれど、私はフォラナーダに新設される研究所で働くわ」


 小柄な体躯を大きく見せるよう胸を張り、フンと小さく鼻を鳴らす彼女。まとう雰囲気は、自信に満ちていた。渾身のドヤ顔だ。


 ツンデレが目立つ彼女だが、かなりの自信家でもある。自意識過剰になることはないが、こういうところは貴族令嬢らしい気質だと思う。オレの周りにはストレートな貴族令嬢は少ないので、逆に新鮮に感じられるんだよね。


 そこへ、柔和な笑みを浮かべる美女マリナと、おどおどした様子のスキアが加わった。


「わたしとスキアちゃんも、ミネルヴァちゃんのお手伝いをする予定~。といっても、フルタイムじゃなくて、冒険者との兼業だけどねぇ」


「あ、あたしは、き、教会の手伝いも、し、少々」


 この二人は積極的に研究するタイプでもないから、ミネルヴァが誘ったんだろう。


 精霊魔法師という特異な存在のマリナと、ミネルヴァと並んで魔法系に長けたスキア。間違いのない人選だな。


 冒険者に関しても納得である。その活動のお陰で爵位を上げられたのはもちろん、純粋に仕事を楽しんでいることも知っている。あっさり捨てるとは思っていなかった。


 そして、マリナたちが冒険者を続けるのなら、同じチームメンバーも続行するんだろう。


「私も、しばらくは冒険者と治療院の二足の草鞋ですね」


 そう言ったのは、聖女――いや、『冀望きぼうの聖女』セイラだった。


 実は、オレと同じような前世の記憶やゲーム知識を持つ転生者だが、紆余曲折を経て、今ではみんなと友誼を結んでいる。


 彼女は長い金髪を揺らし、苦笑を溢す。


「正直、今の身分では若干不安なので、もう少し成り上がりたいところです」


 その需要と希少性ゆえに、光魔法師は身を狙われやすい。特に、後ろ盾のないセイラは、さらわれる危険性が誰よりも高かった。


 男爵に陞爵したが、その程度では不十分と考えているらしい。慎重な姿勢は嫌いではない。


 ちなみに、彼女たちのチームメイトにはユリィカも含まれており、今でこそ口には出さなかったものの、活動自体は続ける予定である。その旨は、事前に通達を受けていた。


「聖女と呼ばれていた身なのに、俗すぎましたかね?」


 苦笑いの苦味を深めるセイラ。


 確かに、ヒトによっては顔をしかめるかもしれないが、この場にいるメンバーは気にしないだろう。実際、不快そうな感情を抱いている者はいない。


 それどころか、


「そのようなことありませんよ、セイラさん! わたくしは、セイラさんの目標を応援いたしますッ」


 セイラの両手を握り、激励する者がいた。


 誰かなんて、言うまでもないな。彼女の友人であり、オレの最愛の妹であるカロンことカロラインだった。


 豊かな金髪と胸を揺らし、キラキラと輝かせる紅い瞳を見れば、本気でセイラの成功を願っていると分かる。


 ただ、もう少し落ち着いてほしいかな。周りへの刺激が強すぎる。


「はしたないわよ」


「痛ッ」


 オレが苦言を呈する前に、ミネルヴァがたしなめた。ご丁寧に風魔法で宙に浮き、頭を叩いたんだ。


「何をするんですか、ミネルヴァ!」


「あなたは、もっと貴族令嬢としての自覚を持ちなさい。はしたないわ」


「その点は申しわけなく思いますが、叩く必要はなかったはずです。……嗚呼、嫉妬ですか。ミネルヴァはチンチクリンですからね」


「何ですって?」


 そこから始まるのは、毎度恒例の口ゲンカだった。


 かなり苛烈な敵意が飛び交うけど、周りのみんなは慣れたもの。『また始まったよ』といった感じでスルーしていた。他のクラスメイトも、である。どれだけケンカを重ねたのか理解できるな。


 激しい口論をBGMに、呆れ返った空気が流れる。


 そんな中、マリナが口を開いた。


「そういえば、ダンくんとミリアちゃんの進路は~?」


 水を向けられたのは、今回の話題を提供したダン。そして、今まで黙っていたもう一人の幼馴染みだった。


 当然の流れだった。この場にいるメンバーで、未だ進路を語っていないのは二人だけだったんだから。


 マリナの問いに対して、ダンとミリアの反応は真っ二つに割れる。前者は自信満々に胸を張り、後者は心底気まずそうに視線を彼方に逸らした。


 ダンは意気揚々に言う。


「俺たち、近衛騎士団への配属が決まってるんだ。どうだ、すごいだろ!」


「二人とも? すごいね、おめでとう~!」


「じゃあ、二人とは、今後も顔を合わせそう」


「お、おめでとうございます」


「おめでとうございます」


「お二人は優秀なんですね。おめでとうございます」


「おう、ありがとう!」


「あ、ありがとう、みんな」


 マリナ、ニナ、スキア、ユリィカ、セイラの順に祝福され、鼻高々のダン。一方、ミリアはやはり気まずげだった。


 その反応にマリナたちは首を傾げた。近衛騎士団という憧れの職に就いたのに、何で喜ばないんだろうと。


 事情を知るオレとオルカは、小さく溜息を吐いた。


「二人の第一志望は、近衛騎士団じゃなかったんだよ」


「ダンくんたちは、フォラナーダが第一志望だったんだ」


 つまり、そういうことである。


 事情を察した全員が、ダンとミリアに視線を向ける。二人は盛大に顔を逸らし、下手くそな口笛を吹いていた。


 オルカは再び溜息を吐いた。


「だから、しっかり勉強しろって言ったのに」


 公然で詳細を語りはしないが、二人の落選原因は筆記試験だ。それはもう酷い点数だった。よくもまぁ、最優秀クラスであるA1に、最後まで残れたと感心するほどの。


 二人の進路は、結果だけは誇れるものだけど、過程まで聞くと残念すぎるものだったわけだ。ミリアが気まずげなのも納得だろう。


 結局、何とも言えない視線にさらされる二人は、ホームルームが始まるまでシラを切り続けるのだった。

 

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