Interlude-Mikotsu 勇者召喚 / 勇者(後)

「帝国の人たちが話してたこと、本当だと思う?」


「うーん。情報が一方的すぎて判断できないかなぁ。もっと別視点が欲しい」


「だよねぇ。都合のいい嘘を吹き込まれてる可能性は否定できないし」


「でも、私たちに利用価値を感じているのは確かだね」


「まぁ、そうだろうね」


 でなければ、一人一人に個室を用意したりしないし、状況を整理する時間もくれなかっただろう。


 わたしがコクコクと頷いていると、友里恵ゆりえちゃんは笑った。ちょっと悪どい感じのそれは、何か企んでいる時の表情だ。


「というわけで、私たちの利用価値とやらを調べてみました」


 そう言うと、彼女は右手を掲げた。三センチメートル開いた親指と人差し指の間隔を注目させるように。


 すると次の瞬間、


 ”バチバチバチ”


 掲げられた指の間に、電気が走り抜けた。


「は?」


「あはははは、驚いた?」


 わたしが目をパチパチと瞬かせると、友里恵ゆりえちゃんは面白おかしそうに笑う。


 それから、今度は両手を掲げ、その間にバチバチと電気を走らせた。先程の光景は、見間違いではなかったらしい。


「な、に、それ?」


 かろうじて言葉となった質問に、彼女は笑顔で答えた。


「たぶん、異世界に転移した際に身についた、勇者の能力ってやつじゃない? 国が欲する利用価値って考えて、真っ先に思い浮かんだのが特別な能力だったからさ」


 言いたいことは分かる。創作物において、異世界へ渡った勇者に異能が授けられるのは定番中の定番。わたしたちに、そういった力が宿っても不思議ではない。


 しかし、それを何のヒントもナシに発現させるとは。相変わらず、友里恵ゆりえちゃんは天才だった。


 わたしは眉間に指を当てながら問う。


「どうやって気づいたの?」


「前と違うところはないかって自分の内側に意識を向けてみたら、できるようになった」


 全然参考にならない。これだから天才肌は手に負えないんだよ。


 さらなる頭痛にさいなまれつつ、別の質問を彼女に投じた。


「それって、どんな能力なの?」


「……生体電気を増幅させる能力、かなぁ? 元々あったモノが強化された感覚」


「魔法とか、スキルとか、そういうの?」


「魔法ではないと思う。魔法って魔力を使うでしょ? そういう不思議物質が消費されてる感じじゃないから」


「断言するのは危ないと思うけど……そっか」


 ここは親友の直感を信じることにした。こういう時、彼女の勘はかなり的確なんだ。


「その能力は固有のものなのかな? それとも全員一緒なのかな?」


 次に考えるべきは、友里恵ゆりえちゃんの能力をわたしも使えるか否か。


 個々人で違うのであれば、この場で自分が能力を発現させるのは難しい。


「それは分からないけど、試す方法はあるよ。片手だして」


「えっ、うん」


 わたしは反射的に右手を差し出した。


 友里恵ゆりえちゃんはそれを掴むと――バチバチ。


「ッ!?」


 何と、こっちに電気を流し込んだんだ。


 わたしはとっさに手を離し、怒る。


「何するの、友里恵ゆりえちゃん!」


「『何するの』って、同じ能力か調べたんだよ。結果は出たでしょ?」


「……どういうこと?」


「どうもこうも、実湖都みこつの手、ケガしてないよ」


「え?」


 引っ込めた右手に視線を向ける。


 そこには先程と変わらない手のひらがあった。電気を流されたというのに、肌が赤くなるようなこともない。まったくの無傷。


 友里恵ゆりえちゃんは続ける。


「ちょっと赤くなる程度には力を込めたはずなんだけど、全然変わってない。ということは、実湖都みこつには電気耐性がある。つまり、同系統の能力を有してる可能性が高いわけだ」


 体内の電気を操るのなら、その体が電気に耐えられなくては意味がない。だから、電気に耐えられるイコール電気を操る能力持ちである。そういう論法だと理解する。


 うん、理解はした。でも、何の説明をせずに電気を流すとは何事か。


友里恵ゆりえちゃん」


「……なに?」


「正座しよっか」


「…………はい」


 親しき仲にも礼儀あり。間違ったことをしたら、きちんとお説教をしないとね。








「できた」


 お説教の後、わたしも電気を発生させられるか試してみた。最初は上手くいかなかったものの、三十分くらい費やした末に、指先に電気を流せるようになった。


 ちなみに、その間にも友里恵ゆりえちゃんは研鑽を積み、今では『磁場を生み出して遠くのものを持ち上げる』なんて方法を確立している。これが才能か……。


「サンプルは少ないけど、全員電気系の能力を得たって考えていいのかな?」


 わたしがそう溢すと、自分の体を浮かせながら友里恵ゆりえちゃんが答えた。


「たぶんね。でも、他のみんなは、まだ能力に気づいてないと思う」


「それはそう。みんな、友里恵ゆりえちゃんみたいに、感覚がバグってないもん」


「それ、褒めてる?」


「微妙」


「むぅ」


 むくれる親友は可愛いが、前言は撤回しない。事実だから。


 わたしはアゴに指を添え、疑問を言葉にする。


「帝国の人たちは、わたしたちの能力について知ってるのかな?」


「何とも言えないね。知ってたとしても、あの場では教えなかっただろうし」


「何で?」


「私たちが暴れないとも限らないから」


「確かに」


 こっちが誘拐されたと判断し、暴れ回る。その可能性を向こうが危惧していても不思議ではない。


 友里恵ゆりえちゃんは地面に降りつつ、今後の展開を予想する。


「結局のところ、しばらくは帝国に従うしかないね。この世界のことを私たちは何にも知らないし、元の世界に帰る方法も分からないし」


「そうだね」


 彼女の言う通り、わたしたちに選択肢はなかった。


 黒髪イケメン曰く、放流者を回収しただけであって、世界を飛び越えて呼び出したわけではない。ゆえに、帰還方法は知らないと言うんだ。


 故郷に帰れないなら、帝国に留まるしかなかった。


「あと、師子王ししおうくんなら絶対に乗っかるよ」


「あー……」


 続く友里恵ゆりえちゃんのセリフに、わたしは呆れの混じった声を溢す他なかった。


 師子王ししおう光輝こうきとは、わたしたちのクラスメイトの一人であり、クラスの中心人物だ。


 顔が整っていることはもちろん、スポーツ万能で勉強もできる。そして、困った人を放っておけないという、ヒーローみたいな性格も有している。多くの女の子が注目する少年だろう。


 ただ、わたしたちは、彼のことが苦手だった。


 友里恵 ゆりえちゃんもクラスの中心人物のため、彼とは接する機会が多いんだが、どうにも距離感が近いんだよね。フレンドリーというよりは、立場を考慮する頭がない感じ。わたしたちを呼び寄せた黒髪イケメンにも、タメ口で話していたし。


 加えて、師子王ししおうには、もう一つの悪癖がある。求められたら、安易に断れないんだ。必要な人材だと乞われた以上、彼は帝国の提案を受け入れるだろう。


 わたしが渋い顔をしていると、友里恵ゆりえちゃんが口を開いた。


「まぁ、仕方ないよ。帝国以外との繋がりを作れるよう努力しつつ、ある程度は協力的でいよう。その過程で、帰る方法が見つかるかもしれない」


「うん、そうだね。希望を捨てずに頑張ろう」


 少し前向きになれた気がする。


 友里恵ゆりえちゃんが一緒にいて、本当に良かった。彼女のお陰で、わたしは異世界転移なんて異常事態でも冷静に振る舞えている。


 親友を連れて、絶対に帰る。


 それが、この異世界でのわたしの目標だ。

 

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