Interlude-Minerva 予言の確度

 ゼクスの召喚騒動が解決してから三日後。私――ミネルヴァは常立国とこたちのくにの王城を訪れていた。共に同行するメンバーはゼクスとカロラインよ。


 今さら敗戦国とも等しい国に何の用があるのかといえば、かの王族に伝わる未来視の魔眼【占眼せんがん】を求めたのである。より詳しく説明すると、女王や第一王女の【占眼せんがん】を用い、ゼクスの未来を確認してもらうためだった。


 事の発端は、この国の第二王女の遠姫とおひめが『ゼクスの死』を予言した件。彼に恨みを募らせていた彼女の言は信憑性が薄かったけれど、予言を無視するのは怖いため、こうして第三者の協力を得る運びとなったわ。


 幸い、常立国とこたちのくには協力的だった。これ以上は大国である聖王国を刺激したくないのか、第二王女の不始末を拭いたいのか。彼女らの内心は分からないけれど、トントン拍子で話が進んだ。国をまたいだ計画を一ヶ月弱で実行に移せるなんて、普通はあり得ないわ。よっぽど、相手が積極的に動いた証拠ね。


 ゼクスが一週間で帰還できて、本当に良かった。これで別大陸――魔術大陸に居残ったままだったら、どう言いわけをすれば分からなかったもの。


 登城した私たちは、すぐに女王菊世きくぜと対面した。彼女の私室に通され、座布団というクッションに腰を下ろす。


 完全に、こちらを目上と意識しての対応ね。君主と一侯爵の面談なのに、待ち時間が一秒も存在しないのは異例と言って良いでしょう。


 私たちが着席したのを見届けると、菊世きくぜは目を覆い隠す布を揺らしつつ一礼した。


「本日は、ようこそお出でくださいました。フォラナーダ卿とは一度お会いしておりますが、初めての方もいらっしゃいますので改めまして。常立国とこたちのくに女王、菊世きくぜと申します」


「ご丁寧な挨拶、痛み入ります、菊世きくぜ女王。こちらも改めまして、ゼクス・レヴィト・ガン・フォラナーダです。そして、こちらが――」


「お初におめにかかります、女王陛下。ゼクスの婚約者、ミネルヴァ・オールレレーニ・ユ・カリ・ロラムベルです」


「はじめまして。同じく婚約者のカロライン・フラメール・ガ・サリ・フォラナーダです」


 簡素ながらも、礼儀を守りつつ自己紹介を交わす私たち。


 本来なら、これより前振りという名の世間話を挟むところだけれど、今後も仲を育む関係ではない。そも、ゼクスの未来が懸かっているのよ。ゆえに、さっさと本題に入ることにした。


 私が率先して口を開く。


「無作法ながら、本日の訪問の目的を果たさせていただきたいのですが、宜しいでしょうか?」


「ええ。元々はコチラの不祥事。何の失礼もございません。早速、【占眼せんがん】を行使してみせましょう」


 対し、菊世きくぜは粛々と頷いた。


「ただ、魔力が持つかは未知数です。もしもの場合は、フォラナーダ卿のお手をわずらわせてしまうかもしれません」


「その点はご心配なく。魔力の補填なら、いくらでもできますから」


「それは頼もしい限りです」


 ゼクスの堂々としたセリフに、彼女は淑やかに笑った。


 あれは若干信じていないわね。魔力が多いことは想定内でも、ほぼ無限とは思っていない様子。


 まぁ、無理もないけれど。魔眼の消費量より、彼の自然回復の方が僅かに上回る試算ができてるなんて、想像もできないでしょう。


 彼女は目元の布を取り外す。それから、降りていたマブタを開いた。


「ッ」


 菊世きくぜの様相を見て、カロラインが息を呑んだ音が聞こえてくる。


 不躾だと叱責はできないわね。私も声を上げかけたし。この場で平然としているのはゼクスと当の本人のみだ。


 私たちが何に驚いたのかは、言にまたないでしょう。菊世きくぜの瞳が、あまりにも常識を逸脱していたのよ。


 彼女の眼窩に収まるモノ、それはそらだった。黒をベースに、赤や白や青といった光が変遷する。これを夜空と言わずに、何と評すれば良いのでしょう。満天の星空が小さな小さなうろに収納されていた。


 しかも、そのそらは、実体を持たない。濃密な魔力の塊がそこにあり、肉眼でも目視可能となっていた。


 私はある意味で感激し、ある意味で恐怖した。これが魔眼。魔の境地の一歩手前で至れる現象かと。


 底知れぬ魔眼の実態は、私の知的欲求を大いに刺激してくれた。私の目指す魔の道はとても奥深いんだと喜びを与えてくれた。


 しかし、同時に、ヒトを外れることの悍ましさも理解した。


 何だかんだ、今まで出会った魔法司たちはヒトの形を維持していたため、ヒトを辞めることへの恐怖は薄かったのよ。


 でも、目前のアレは違う。力を求めた結果、子々孫々まで歪んた形を継承するに至ってしまった。本人のみではなく、多くの他者を巻き込む未来を生んでしまった。


 とても悲惨なことだと、私は感じた。


 私は、魔の境地を目指すのに、あまり躊躇ためらいはない。だが、子どもや孫は違うかもしれない。自分の業を彼に背負わせる勇気は、私にはなかった。


 魔法の研究を進める上で、リスクヘッジを多めに取るゼクスの慎重さが、真に理解できた気がしたわ。


 菊世きくぜはすでに未来視を開始しているようで、虚空を見つめたまま微動だにしない。


 そんな彼女を、私たちは静かに見守った。


 十分ほど経過しただろうか。不意に、ゼクスが菊世きくぜの手を握った。


 何事かと思ったけれど、何てことはない。【魔力譲渡トランスファー】を行使したのよ。今しがた、女王の魔力が尽きたみたいね。


 その後、さらに時間は進んでいく。ところが、一向に菊世きくぜが予言を口ずさむことはなかった。額に汗を流し、眼窩を細く歪め、必死に能力を行使し続ける。


 ――やがて、彼女はマブタを下ろした。


「無理です。フォラナーダ卿の未来を視ることは、わたくしには不可能です。いえ、正確には『【占眼せんがん】では不可能』と表すべきでしょう」


「どういうことですか?」


 カロラインが首を傾げる。


 それに、菊世きくぜは戸惑いながらも答えた。


「まったく視えませんでした。大きな壁に阻まれるように、【占眼せんがん】が通用しませんでした。いくらか工夫を凝らしましたが、梨のツブテです。これでも、わたくしは歴代一の【占眼せんがん】使いと評されています。であれば、少なくとも現段階では無理です」


「となると、遠姫とおひめの発言は妄想だったと?」


「分かりません。……申しわけございません、ハッキリせず。しかし、魔眼とは精神的なものに左右される部分もあります。あの子の執念が、フォラナーダ卿の未来を見通すことを叶えた可能性は、一概に否定できないのです」


 つまるところ、何も進展しなかったということかしら。無駄骨もいいところじゃない。


 菊世きくぜのセリフに、私は心のうちで頭を抱えた。まさか、確証を得るための作業が無意味になるとは思わなかったわ。


 ただ、当の本人たるゼクスは、大して気にしていない様子。苦笑を溢し、彼女に礼を伝える。


「今回はコチラの申し出を引き受けてくださり、ありがとうございました」


「まったくお力になれず、申しわけございません」


「お気になさらず」


 こうして、予言の確認作業は不発に終わってしまった。


 帰り道、私はゼクスに問うた。


「どうして、そんなに落ち着いていられるのよ」


 自分の死が予言されているのに、全然動じていない。それが不思議でならなかった。


 彼は肩を竦める。


「予言の確度が高かろうと低かろうと、オレのやることは変わらないからだよ。障害が現れたら乗り越えるか打っ壊す。来ると分かってるなら、前もって念入りに準備しておく。いつも通りだ」


「……そう」


 私は溜息混じりに頷いた。


 こんな状況で『いつも通り』だなんてうそぶけるのは、きっとあなたくらいよ。


 カロンの「さすが、お兄さまです!」という恒例のコールを聞き流しながら、私たちは家へと帰った。








 そう。いつも通り運命に抗えば良い。


 であれば、私の為すことも変わらない。


 かつて、幼心に誓ったように、彼を守るために魔法を振るう。それだけよ。

 

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