Interlude-Minerva 予言の確度
ゼクスの召喚騒動が解決してから三日後。私――ミネルヴァは
今さら敗戦国とも等しい国に何の用があるのかといえば、かの王族に伝わる未来視の魔眼【
事の発端は、この国の第二王女の
幸い、
ゼクスが一週間で帰還できて、本当に良かった。これで別大陸――魔術大陸に居残ったままだったら、どう言いわけをすれば分からなかったもの。
登城した私たちは、すぐに女王
完全に、こちらを目上と意識しての対応ね。君主と一侯爵の面談なのに、待ち時間が一秒も存在しないのは異例と言って良いでしょう。
私たちが着席したのを見届けると、
「本日は、ようこそお出でくださいました。フォラナーダ卿とは一度お会いしておりますが、初めての方もいらっしゃいますので改めまして。
「ご丁寧な挨拶、痛み入ります、
「お初におめにかかります、女王陛下。ゼクスの婚約者、ミネルヴァ・オールレレーニ・ユ・カリ・ロラムベルです」
「はじめまして。同じく婚約者のカロライン・フラメール・ガ・サリ・フォラナーダです」
簡素ながらも、礼儀を守りつつ自己紹介を交わす私たち。
本来なら、これより前振りという名の世間話を挟むところだけれど、今後も仲を育む関係ではない。そも、ゼクスの未来が懸かっているのよ。ゆえに、さっさと本題に入ることにした。
私が率先して口を開く。
「無作法ながら、本日の訪問の目的を果たさせていただきたいのですが、宜しいでしょうか?」
「ええ。元々はコチラの不祥事。何の失礼もございません。早速、【
対し、
「ただ、魔力が持つかは未知数です。もしもの場合は、フォラナーダ卿のお手をわずらわせてしまうかもしれません」
「その点はご心配なく。魔力の補填なら、いくらでもできますから」
「それは頼もしい限りです」
ゼクスの堂々としたセリフに、彼女は淑やかに笑った。
あれは若干信じていないわね。魔力が多いことは想定内でも、ほぼ無限とは思っていない様子。
まぁ、無理もないけれど。魔眼の消費量より、彼の自然回復の方が僅かに上回る試算ができてるなんて、想像もできないでしょう。
彼女は目元の布を取り外す。それから、降りていたマブタを開いた。
「ッ」
不躾だと叱責はできないわね。私も声を上げかけたし。この場で平然としているのはゼクスと当の本人のみだ。
私たちが何に驚いたのかは、言にまたないでしょう。
彼女の眼窩に収まるモノ、それは
しかも、その
私はある意味で感激し、ある意味で恐怖した。これが魔眼。魔の境地の一歩手前で至れる現象かと。
底知れぬ魔眼の実態は、私の知的欲求を大いに刺激してくれた。私の目指す魔の道はとても奥深いんだと喜びを与えてくれた。
しかし、同時に、ヒトを外れることの悍ましさも理解した。
何だかんだ、今まで出会った魔法司たちはヒトの形を維持していたため、ヒトを辞めることへの恐怖は薄かったのよ。
でも、目前のアレは違う。力を求めた結果、子々孫々まで歪んた形を継承するに至ってしまった。本人のみではなく、多くの他者を巻き込む未来を生んでしまった。
とても悲惨なことだと、私は感じた。
私は、魔の境地を目指すのに、あまり
魔法の研究を進める上で、リスクヘッジを多めに取るゼクスの慎重さが、真に理解できた気がしたわ。
そんな彼女を、私たちは静かに見守った。
十分ほど経過しただろうか。不意に、ゼクスが
何事かと思ったけれど、何てことはない。【
その後、さらに時間は進んでいく。ところが、一向に
――やがて、彼女はマブタを下ろした。
「無理です。フォラナーダ卿の未来を視ることは、
「どういうことですか?」
カロラインが首を傾げる。
それに、
「まったく視えませんでした。大きな壁に阻まれるように、【
「となると、
「分かりません。……申しわけございません、ハッキリせず。しかし、魔眼とは精神的なものに左右される部分もあります。あの子の執念が、フォラナーダ卿の未来を見通すことを叶えた可能性は、一概に否定できないのです」
つまるところ、何も進展しなかったということかしら。無駄骨もいいところじゃない。
ただ、当の本人たるゼクスは、大して気にしていない様子。苦笑を溢し、彼女に礼を伝える。
「今回はコチラの申し出を引き受けてくださり、ありがとうございました」
「まったくお力になれず、申しわけございません」
「お気になさらず」
こうして、予言の確認作業は不発に終わってしまった。
帰り道、私はゼクスに問うた。
「どうして、そんなに落ち着いていられるのよ」
自分の死が予言されているのに、全然動じていない。それが不思議でならなかった。
彼は肩を竦める。
「予言の確度が高かろうと低かろうと、オレのやることは変わらないからだよ。障害が現れたら乗り越えるか打っ壊す。来ると分かってるなら、前もって念入りに準備しておく。いつも通りだ」
「……そう」
私は溜息混じりに頷いた。
こんな状況で『いつも通り』だなんて
カロンの「さすが、お兄さまです!」という恒例のコールを聞き流しながら、私たちは家へと帰った。
そう。いつも通り運命に抗えば良い。
であれば、私の為すことも変わらない。
かつて、幼心に誓ったように、彼を守るために魔法を振るう。それだけよ。
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