Chapter14-5 モルモット(5)
地下水路は、思った以上に整備された場所だった。管状の水路の脇に、ヒトが通るための平坦な道が続いている。床や壁はすべて石畳で固められており、綻び一つ見当たらなかった。
ノマは感心した風に溢す。
「とても頑丈な造りだ。土の中に魔力が混ぜられているね。経年劣化では、まず壊れないと思うよ」
「この大規模な水路を魔術で手掛けたのか?」
「たぶん、違うかな。術のように整然としていないもの。魔獣の能力の方が可能性は高いね」
「なるほど」
巣作りの際、周囲の土を魔力で固める魔獣がいた気がする。その手の使い魔を利用したんだろう。
オレは壁面をコンコンとノックしながら問う。
「強度は?」
「魔力を込めた攻撃じゃなければ傷つかない」
「この大陸の住民じゃ、絶対に破壊不可能か。逆に、使い魔たちの挙動には注意が必要だな」
水路の幅は十メートルに届かないくらい。戦闘を行うには手狭な広さだ。魔力を有さないエコルたちはともかく、魔獣たちが暴れると崩落の危険がある。慎重を期すべき案件だった。
密談を終えたオレは、背後の皆に忠告する。特に、巨体の使い魔を持つ生徒会三人には念入りに。
ウルコアとマウロアは反発しないか不安だったが、素直に頷いてくれた。恋に盲目ではあるものの、地下崩落がシャレにならないのは理解している模様。状況を見定める知能は低下していないようで安心したよ。
一通り説明した後、ロクーラが質問を投じる。
「魔術の流れ弾によって、水路が崩壊することはないのでしょうか?」
「確かな証拠はないが、おそらくあり得ない」
「理由を伺っても?」
「これは魔法にも当てはまることだけど、魔術も魔法も、『世界の法則に従って生み出された成果物』にすぎない。だから、それ自体に魔力は宿ってないんだ」
灯油ストーブ辺りが例えとして的確かな。ストーブは灯油を消費して熱を発生させているのであって、灯油イコール熱ではない。
まぁ、魔法には変換し損ねた魔力が付随するため、厳密には『魔力を宿してない』という発言は正しくない。
だが、今は黙っておこう。オレとノマしか使えないモノを語っても無意味だし、無駄にみんなを怖がらせるだけだ。
使い魔たちに注意を促す彼らを尻目に、オレとノマは地下水路の解析に努める。お互いに魔力パスが繋がっているので、口に出さずとも探知結果の共有はできた。
それから、解析を終えた範囲を手元の用紙に記載していく。多少手間だが、【念写】は無属性も混ぜた魔法ゆえに、現状では使えない。
……魔力消費も軽微だから使えるには使えるんだけど、少しの楽をしたいだけに魔力バランスを崩したくはなかった。もっと大事な場面まで温存しておくべきだろう。
魔力制限下なので、いくら精霊魔法でも探知範囲は狭い。半径百メートルくらいか。迷宮探索ならば十分すぎるのかもしれないけど、普段と比べると物足りない結果だ。
「すごっ」
すると、隣でマッピングを覗いていたエコルが、驚嘆の声を上げた。
「一瞬で地図が出来上がっちゃったよ」
「百メートル範囲限定だけどね」
「それでもスゴイよ。アタシには無理。【
「そこは慣れだな」
確かに、地図を描くのは割と技術が必要だ。素人が着手すると、目も当てられないデキになる。
そういえば、前世で古いダンジョン系ゲームを遊んだことがあったんだが、マッピング機能が搭載されてなかったんだ。結果、自力で地図を作る羽目になったんだよ。
今でこそ良い思い出だけど、当時はかなり苦労したなぁ。一度描いた地図を見返しても、まったく理解できないんだもの。ゲームの敵よりも、地図製作の方が難敵だった。
閑話休題。
オレの前世の経験はさておき、探知結果に話題を戻そう。
百メートル先に、水路とは別方向に続く通路が見受けられた。探知範囲外なので詳細は不明だけど、その先に何かがあるのは間違いない。土の状態からして、件の通路はここ数年以内に作られたモノっぽいし、他の水路と比べて造形が
「とりあえず、進んでみるか」
距離が縮まれば、分かれ道の先に何があるかも探知可能となる。この場で二の足を踏むよりは幾分もマシな選択だと思う。
メンバーに声を掛け、オレたちは一列に前進していく。
奇襲が来ると警戒していたが、道中は至って平穏だった。二、三十センチメートル大の虫型魔獣を見てミーネルが悲鳴を上げるハプニングはあったものの、それ以外は何も起こらなかった。不気味なほどの静寂が満ちていた。
ハズレの可能性は皆無だ。何せ、ある程度接近した時点で、分かれ道の先に存在するモノは探知できていたからな。明らかに、
分かれ道の先、一つの鉄扉の前に辿り着いた。ひとまずの安全を確認しつつ、オレは背後のエコルたちに問う。
「開けるけど、問題ないな?」
みんなは神妙に頷く。
前もって、この先に待ち受けているモノは伝えてある。短時間だったが、その間に覚悟は完了したらしい。
ノマに任せ、鉄扉を無理やり変形させる。罠が発動する仕組みだったが、土精霊の前には無力だった。
「うぇ」
扉の先の光景を目にし、エコルが
彼女だけではない。ミーネルも同様の仕草をしたし、他の三人も盛大に顔をしかめた。
鉄扉の奥は、一辺五十メートルほどの部屋だった。薄緑の壁や床で覆われており、消毒液の臭いが鼻を突く。
そこまでは良い。しかし、部屋に置かれている物品がおぞましかった。
まず目に入るのは、壁際で所狭しに並べられた瓶の数々だった。大きさは様々だ。一番小さいものは指で摘まめる程度、逆に一番大きいものは二メートルほどある。
中身は、すべてがホルマリン漬けの生物だった。大半が鱗の生えた竜種なんだが、人外要素の低い――ほぼ人間に近い素体もいる。物によっては、キメラの如くグチャグチャだった。
これらを観察しただけで、この部屋で行われていた内容は想像に難くなかった。
次に注目すべきは、中央にある台だろう。五つほどキレイに並ぶそれは、手術台に見えた。手足に位置する場所には拘束具が備え付けられており、台の隣にはメスやハサミなどの器具が揃えられている。
しかも、全部乾いた血に塗れている始末。ホルマリン漬けの中身を、この台でさばいていたんだと思われる。
最後に気づくのは、天井につるされた肉塊だ。人間大のそれは、まるで店に出荷する食肉のように凍っていた。肉の正体については、この場の状況から察してあまりある。オレは大丈夫だが、エコルたちはトラウマ級だな。しばらく、肉が食べられなくなりそう。
総じて、この部屋は狂気に満ちていた。どこを切り取ってもおぞましく、正気の者が行えた所業とは考えられなかった。
「な、何なんだ、これは……」
ウルコアが顔を真っ青にしながら問う。
「おそらく、魔獣化の実験でしょう。それも、竜種に限定した」
それに答えるのは、意外にもロクーラだった。
嗚呼、彼は魔獣学専門だと名乗っていたか。自身の研究する学問ゆえに、状況を分析できたようだ。
それを受け、今度はマウロアが首を傾ぐ。
「魔獣化? これが?」
やや顔色が悪いものの、オレやノマを除けば一番堪えられている彼は、ロクーラの語った『魔獣化』とやらに詳しい模様。
ちょうど良いので、オレは彼に尋ねる。
「魔獣化とは?」
「我がキカ一族に伝わる秘技。使い魔の力、自身に降ろす」
「『降ろす』ね。その口振りからして、ここにある素体みたいに、物理的に融合するんじゃないのか」
「違う。力、借りるだけ。あー……、上着を羽織る、に近い」
「そうか」
実物を目の当たりにしたことがないので、詳細は分からない。だが、その秘技の使い手が違うと断言しているんだ。この部屋の代物は“なりそこない”なんだろう。
視線をロクーラに移す。
「どうして、これらが魔獣化の実験だと分かった? 完全に別ものらしいぞ」
こちらの質問に対し、彼は苦々しい表情を浮かべる。
「かつて、同様の失敗例が存在したからですよ。とある国で、キカ王国の秘技を模倣する研究が進められていたのです」
「あなたも、当時の研究員だったと」
「……察しが良いですね。仰る通り、私は当事者でした」
なるほど。それなら、この場を見て結論が下せるのも納得だ。辻褄は合っている。
オレはもう一度周囲を見渡した。魔獣化の前提を踏まえて観察すれば、大雑把な推論は立てられる。
「失敗の原因は、力と肉体の切り離し方が雑だった点かな。貸し与えるのは力だけでいいのに、肉体も引っ張られてしまった。結果、キメラ状態と」
「まさか、一目で判断してしまうとは」
こちらの見解に、ロクーラは大きく目を見開いた。どうやら、当たっていた様子。
ここまで情報があれば、さすがに理解が及ぶさ。実物も目の前にあるんだし。
「ね、ねぇ」
ふと、エコルが口を開いた。
未だ混乱中の彼女は、酷く青ざめていた。
「あ、あの瓶の中のって、も、もしかして……」
嗚呼。混乱しながらも、オレたちの会話はしっかり聞いていたらしい。素体の正体に、気づいてしまったか。
残酷だとは思いつつも、ここで黙っても意味がない。オレは素直に答えた。
「おそらく、行方不明者だな」
事前に聞いていた十一名よりも明らかに多いけど、過去の行方不明者も含まれているんだろう。思った以上に闇の深い事件だったわけだ。
それに、ドラコマテリアを売り払っていたのも、ここの連中だと思われる。素体は妙に竜種が多いし、
「そんな……」
見ている方がつらくなるくらい、悲痛な表情を浮かべるエコル。他人を慮れる性格が、今の彼女を傷つけていた。
こういった際は時間を掛けて慰めた方が良いんだが、残念ながら猶予はあまりない。荒療治で申しわけないけど、強引に進めさせてもらう。
「せめて、最後の一人は助けるぞ」
「えっ?」
オレの発言を聞き、エコルは呆けた顔をする。彼女以外のメンバーも同様だった。
構わずオレは続ける。
「奥の部屋に、一人生き残りがいる。他にも複数の人間がいる状況から、今より実験を行うつもりなんだろうさ」
実は、部屋はここだけではなかった。隠れていて見つけにくいが、奥へ続く扉があったんだ。
その先に、六人の気配が存在した。そのうちの一つが、事前に聞いていたヴィベレの特徴と一致している。
「は、早く助けないとッ。扉はどっち!?」
「あっちだ――」
――けど、しっかり態勢を整えて突入しよう。
そう言おうとしたが、最後まで紡がれることはなかった。
何故なら、その前にエコルが【
「……」
オレは頭を抱える。
いくら何でも直情すぎないか? オレが端然としているところより、焦る必要はないと判断してほしかったよ。
まぁ、無理か。魔獣化の実験場のせいで思考が乱れていた上、実戦経験不足なんだ。冷静に考える方が難しい。
“ギュォオオオオアアアアアアアアア!!!!”
エコルの突入直後、奥より人間のものとは思えない叫声が聞こえてくる。イレギュラーが発生したのは間違いなかった。
「世話が焼ける」
オレは溜息を吐き、彼女の元へと駆け出した。
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