Chapter14-5 モルモット(4)

 オレたちが向かったのは孤島の北部、その森林の中だった。


 授業用の小型魔獣が放逐されている場所らしく、チラホラとこちらを窺う彼らの姿が見えた。


 野生の本能か、オレの存在に怯えているようで、魔獣たちが襲い掛かってくることはなかった。お陰で、スムーズに森を進めている。


 ただ、何一つ不満がないわけではない。同行する二体・・の影響によって、まったくといって良いほど隠密行動ができていないんだ。


 その二体とは、ウルコアとミーネルの使い魔だった。


 彼らの従える魔獣は、火の幼竜とディマギア・タートルという大型の亀。各々の体長は二メートルや一.五メートルと巨大で、普通に歩くだけで地を揺らし、木々の枝葉を薙ぎ払ってしまうのである。


 これから荒事も想定されるため、使い魔を帯同させるまでは良い。だが、こちらの存在をアピールしてしまうのは如何いかがなものだろうか。もう少し忍んでほしい。


 とはいえ、そういった配慮が難しいのは理解しているので、声に出して注意はしない。二体の身体構造上、音を立てずに移動なんて無理だし。ミーネルが申しわけなさそうにしているだけマシだと思おう。


 ウルコア? あいつは堂々としているよ。厚顔無恥というよりは、王族として弱い姿を見せないよう心掛けている感じだな。内心では、バツが悪そうにしているからね。


 ちなみに、マウロアの使い魔は静かに移動している。体長二.五メートルと、彼の使い魔が一番巨体なんだが、虎型なだけあって森での移動が上手い。おそらく、オレの次に隠密が巧みだった。他のメンバーのせいで、無意味な技術と化してしまっているのは残念だけども。


 そんな雑多な面子で、鬱蒼うっそうと生い茂った木々を掻き分けること幾許か。幸いにして道中のトラブルはなく、ようやく目的の地点に辿り着いた。


 その地面には、大きな円型の石板が埋め込まれていた。直径二メートルほどか。前世の知識がある者なら、マンホールと口にしていたかもしれない。


 実際、その認識は正しい。この石板を退かせば、地下に続く穴が開いているんだから。


「これは?」


 石板のフタを開いたところ、隣のエコルが穴の中を恐る恐る覗きながら尋ねてきた。


 この子、諜報員が張り付いている事実を知ってから、ずっとオレの袖を摘まんでいるんだよね。


 ショックだったのは分かるんだけど、もう少し空気を読んでほしいところだ。これから誘拐犯と出会う可能性が高いのに、これでは即座に対応できない。


 また、ウルコアとマウロアの視線がうざかった。穴が開くんではないかというほど、こちらを凝視している。当然、彼らの心のうちに渦巻くのは嫉妬の嵐である。


 オレは溜息を堪えつつ、エコルの質問に答える。


「地下水路へ続く通路だよ」


「地下水路?」


「この湖に溜まった水は、地下を経て海へ放出されるんだ。だから、この大陸の地下には蜘蛛の巣状に水脈が広がっているのさ。で、それに沿うように、水路が作られてるんだよ」


 この辺りは、召喚直後の探知で把握していた。ほとんどが相当深くに流れているので全貌は不明だけど、迷宮と評しても良いほど複雑なのは確か。あと、水脈すべてにみちが作成されているわけでもない模様。せいぜい、この島を中心に半径十キロメートル圏かな。


「十キロって、かなり広いと思うけど」


「現状の装備だと踏破困難では?」


「せめて、大地に関わる使い魔は欲しいですね」


「通路、狭そう。使い魔、同行、難しい」


「救助する側がされる側に転がり落ちるなど、シャレにならないぞ?」


 オレの詳細な説明を聞いたエコルたちは、それぞれ抱いた意見を口にする。おおむね、このまま突っ込むのは無謀だと評価していた。


 ミーネルやロクーラはともかく、ウルコアやマウロアも意外と冷静な判断を下したな。恋ゆえに暴走することを危惧していたが、そこまで目は曇っていないらしい。


 内心で若干感心しつつ、オレは言う。


「その辺りの心配は無用だ。地下であれば・・・・・・絶対に迷わない。使い魔に関しても、狭いのは出入り口のみだから問題ない」


「出入り口、どうする? 壊す?」


「いいや」


 脳筋らしいマウロアの問いに、首を横に振った。それから、実演で方法を示してみせる。


 タイミングを合わせて、地下へ続く穴が蠢いた。まるで生き物のように土が動き出し、その大きさを広げ、挙句の果てには下りやすい階段まで生成する。


 ここから先は地下――土の中だ。つまりは、相棒の独壇場である。


 そう。穴を作り直したのは、ノマの精霊魔法だった。そして、地下水路で迷わないと断言したのも、彼女がいたためだ。


 土精霊にとって、地下空間はホームグラウンドに等しい。彼らの不安視した部分なんて、一切心配いらないんだ。


「これなら使い魔も連れてけるだろう?」


「あ、嗚呼」


 オレが確認を取ると、マウロアは歯切れの悪い返事をした。


 どうやら、ノマの魔法に度肝を抜かれた様子。周囲を見れば、ウルコアやミーネルも同じような反応を示していた。


 そういえば、エコルやロクーラ、校長以外には、まともな魔法は披露していなかったな。なら、この反応も仕方ないか。


 魔術と魔法は、結果は同じ代物である。過程が大きく乖離しているだけ。


 ゆえに、何一つ知らない者――たとえば、前世の人間とか――が目撃するよりも、衝撃が大きいんだと思う。魔術よりも手軽に、なおかつ大規模に結果を出力しているんだから。


「ほら。ボーッとしてる暇はないぞ?」


「そ、そうだな」


「すでに敵陣ですからね……」


「気、引き締める」


 いつまで呆けているか未知数だったため、【平静カーム】を飛ばすことで正気に戻す。


 まだ僅かに動揺は残っていたものの、荒事には支障ない範囲には落ち着いたようだ。


「じゃあ、先に進もう。先頭はオレが担当する」


「では、私が殿を務めましょう」


 唯一道案内ができるオレとノマが先頭に立ち、それに応じるようロクーラが最後尾についた。


 うーん。個人的には壁として優秀そうなウルコアの火竜に殿を担当してほしいが、立場を考えると無理か。どう足掻いてもエコルかロクーラの二択にしかならない。


 エコルの殿は許容できない以上、ロクーラに任せるしかなかった。彼の実力を信じるしかないな。


 かなり余裕を持たせて階段は作ったが、まっすぐ一列で隊を組む。即席のチームなので、お互いの邪魔をしない隊列が望ましかったんだ。


 順番はオレ&ノマ、エコル、ミーネル、マウロア、ウルコア、ロクーラだ。機動力の高いマウロアを中央に据え、前後のどちらにも対応できる風にした。


 満を持して、オレたちは地下水路へと足を踏み出す。


 はてさて、この先に何が待ち受けているのやら。


 魔力制限下もあってノマの探知範囲は狭く、今のところ不穏分子は引っかかっていない。だが、何も起こらないなんて、都合の良い展開はあり得ないだろう。


 できれば、オレが出張らない程度の問題であってほしいね。


 手元のランプに明かりを灯しつつ、そんな儚い願いを脳裏に浮かべるオレだった。

 

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