Chapter14-5 モルモット(3)

 ミーネルの予定では、生徒会室のある塔を出た後は人気ひとけの少ない場所を捜索するつもりだったらしい。


 しかし、そのスケジュールは全部破棄された。というか、オレが却下した。


 何故なら、


「行方不明者の足取りなら、昨日のうちに当たりをつけておいた。案内する」


 すでに、ヴィベレが閉じ込められている場所の見当をつけていたためだった。


 実は、他にも行方不明者がいたのも想定内だったりする。初耳だったのは間違いないが、状況より推察はできていたんだ。


「「「「「は?」」」」」


 オレのセリフを聞いた他の面々は、異口同音に声を漏らした。一様にポッカーンと口を半開きにしている。


 構わず先行しようとしたところ、慌ててエコルが止めに入った。


「ち、ちちち、ちょっと待って、ゼクス!」


「なに?」


「『なに?』じゃないからッ。ちゃんと説明してよ!」


 声を張り上げ、距離を詰めてくる彼女。


 オレは肩を竦める。


「何をそんなに怒っているんだよ。カルシウム不足か?」


「ワケ分かんないこと言ってないで説明して!」


「分かった分かった」


 軽い冗談だったんだが、お気に召さなかったよう。気炎をあげるエコルをドウドウと抑え、順を追って説くことにする。


 といっても、そう難しい話ではない。


「昨日、放課後に別行動しただろう?」


「えっと、トモの看病をしてた時のこと?」


「そうそう。あの時間を利用して、情報収集をしてたんだよ」


「え? ゼクスが席を外してたのって、三十分もなかった気がするけど」


「十分だろう。聞き込みを行う相手は決めてたんだから」


 不思議そうに首を傾ぐ彼女に、オレは滔々とうとうと答えた。


 実際、目的の人物たちはほぼ固定位置なので見つけやすかったし、【身体強化】で駆け回ったので、それほど時間は要さなかった。


 しかし、エコルは納得いかなかった模様。「えぇ?」と訝しげな声を漏らした。


 それは他の面々も同様だった。怪訝そうな表情を浮かべ、オレを窺っている。ウルコアやマウロアに至っては、若干の敵意――いや、これは嫉妬か――も混じっている始末。


 ここまで信用を得られないのも、なかなか新鮮だな。カロンなら絶対に疑わないし、他の身内もすぐに信じてくれる。最近では聖王国民も、『まぁフォラナーダだし』といって思考を放棄していた。


「いったい、どこの誰に聞き込みをしたと言うのだ。たとえ短時間で情報収集を終えていたとしても、それが正確とは限らないだろう」


 我慢できなくなったのか、ウルコアが強い口調で尋ねてきた。


 含まれている感情は疑念と敵愾てきがい心と嫉妬。想い人エコルの傍にオレが立っていることが、心底気に入らないといった態度だ。


 気持ちは分からなくもないけど、もう少し内側に隠してほしい。王族が感情を面に出すのは、褒められた行為ではない。


 それに、あからさまな嫉妬は、相手に幻滅される原因になると思うぞ。多少はスパイスにもなるだろうが、時と場所は考えるべきだ。


 とはいえ、オレが指摘しても逆上させるだけなのは分かり切っている。だから、粛々しゅくしゅくと対応することにした。


「学校側が雇ってる清掃業者のヒトたち。あと、エコルに張り付いてる諜報員連中さ」


 片や学校中を掃除して回っており、片やエコルの周辺情報を集めるプロ。情報収集には打ってつけの要員だった。


 どちらも仕事が優先のため、行方不明者自体を知っていたわけではない。しかし、一人一人の情報を繋ぎ合わせれば、おのずと答えに辿り着けた。


「それは……」


「ちょう、ほう、いん?」


 こちらの回答にウルコアは眉をひそめ、当人であるエコルはキョトンと首を傾いだ。


 ふむ。ウルコアが優秀だという周囲の評価は、あながち間違っていなかったらしい。今の反応だけで、彼が諜報員の存在を関知していたと察した。


 そして、今まで平和が保たれていた理由も把握できた。


 トーナメント優勝なんて盛大に目立つことをしたにも関わらず、カナカ王国からの接触は皆無だったのは、明らかに不自然だった。何せ、現状はかの国にとって嬉しくない。


 その他の国も似たようなものだ。見捨てられた落胤らくいんを政治利用しない手はないだろう。本来なら、早々に接触を図るのが当然と言える。


 だが、ウルコアが手を回していたのなら納得できた。


 というのも、彼の出身たるモオ王国は、他四ヵ国よりも発言力が高いみたいなんだ。第一王子の牽制を、カナカを筆頭とした各国が無視できるはずない。


 アプローチの仕方のせいで阿呆さが目立っていたものの、彼なりにエコルの安全を気にかけていたよう。


 その気遣いを、面と向かって接する際にも発揮できたら良いのに。そう考えると、残念王子の評価は覆りそうもないな。


 僅かに間を置き、ウルコアが眉間のシワを深くして問うてくる。


「余計に、お前の情報の信憑性しんぴょうせいが薄れたぞ。百歩譲って各国の諜報員を補足できたとしても、お前に正しい情報を渡すわけがない」


 彼の指摘は正しかった。常識的に考えるなら、諜報員が部外者であるオレに口を開くなんてあり得ない。彼らを見つけたかどうかを問答しなかっただけ、柔軟な思考をしている。


 ただ、そんな常識、オレには当てはまらないんだよね。


 オレは小さく笑う。


「いや、ペラペラ話してくれたよ」


 フォラナーダでは、人一倍、諜報に力を注いでいたんだ。尋問の仕方くらいは心得ている。


 息を潜めている彼らを全員一ヵ所に引きずり出し、懇切丁寧にお願い・・・したお陰で、必要な情報は明かしてくれた。


「無論、彼らの首が物理的に飛ばないよう配慮はした。本件に関係ない情報には、一切触れてない。その辺は安心してくれ」


「それが真実だと証明――」


「ほら」


 ウルコアの発言を遮り、片手を小さく掲げた。


 次の瞬間、オレの足元に五本の短剣が突き刺さる。いずれも、各国の暗部が採用している暗号が刻まれていた。


「ッ!?」


 第一王子ともなれば、触り程度の符丁なら知っていたんだろう。瞠目どうもくし、言葉を詰まらせる。


 短剣をノマの魔法で潰して隠滅した後、オレは改めてみんなへ告げた。


「じゃあ、目的地に向かおうか」


 それに対する反論は一切なかった。

 

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