Chapter14-5 モルモット(6)

 部屋に飛び込んだオレを出迎えたのは、五体の竜だった。先のホルマリン漬けたちとは異なる、成体の竜である。体長は五メートルを超え、固い鱗と鋭い爪や牙を有し、膨大な魔力を内包している。


 種族はアーセナル・イマーゴ・ドラゴンだろう。黒い鱗と全体的な形状、そして何より、連中より漂う硫黄染みた臭いは、他の種では考えられない。


 ドラゴン狩りの経験は人一倍。知識面においても、誰よりも豊富だと自負している。この見解は間違いないと断言できた。


 よりにもよって、厄介なドラゴンが現れたものだ。


 力量は竜種の中でも中位程度なので、魔法の制限があっても倒せる。だが、今はシチュエーションが悪すぎた。


 何せ、五メートル大のドラゴンが五体も詰めているんだ。どんなに広い部屋でも収まり切るはずがない。


 事実、ドラゴンたちは押し合いへし合いを繰り返しており、周囲の壁や天井がバラバラと崩れていた。室内全体が崩落するのは時間の問題だった。


 加えて、アーセナル・イマーゴ・ドラゴンの持つ魔法が最悪なんだ。奴ら、火薬を生み出し、爆弾や弾丸として攻撃してくるんだよ。地下空間において、一番厄介な手合いだった。


 オレは小さく舌を打ち、すぐさまエコルの姿を捜した。


 彼女は壁際でうずくまっていた。何者かを抱きかかえ、落ちるガレキより守っている。


 おそらく、抱き締めている子がヴィベレだ。救出後、即座にあそこまで退避したんだと思う。部屋の外へ脱出する前に崩落が始まってしまい、身動きが取りにくくなってしまったんだろう。【身体強化ブースト】込みであっても、崩落の中で他者を抱えて動くのは難しい。


「エコル!」


「ゼクスッ」


 オレが近寄ると、エコルは安堵した顔を見せた。


 独断専行を叱りたいところだが、状況が許してくれない。オレは端的に問うた。


「何が起こった?」


「分かんない。五人の白衣を着た男たちが、この子に注射を打とうとしてたんだ。それを急いで阻止したら、連中がドラゴンに変身した」


 ヴィベレは気絶していた。この一週間、ロクに食事や睡眠を取れていなかったようで、かなり衰弱している。


 彼女の身を案ずるなら、やはりこの場での戦闘は避けるべきか。余波によって体調を大きく崩すかもしれない。


「ノマ」


「了解」


 オレは短く相棒へ合図を送ると、彼女は二つ返事で頷いた。


 直後、背後の壁に穴が開く。一瞬にして、先程までいた部屋まで通じる道が開通した。


「脱出するぞ。その子はオレが背負うから、先に走れ」


「えっ、ドラゴンは!?」


「後回しだ。ほら、さっさと行け!」


「わ、分かったから押さないで!」


 エコルよりヴィベレを受け取り、オレたちは全力疾走で脱出する。


 ホルマリン漬けの並ぶ部屋に、他の面々は残っていなかった。こちらまで崩落が波及しているので、先に脱出を始めたんだろう。


 ガッシャーンと大きな音が鳴る。


 崩れ落ちた大岩がホルマリン漬けの瓶の一つに直撃し、ペシャンコに潰れていた。この部屋も長くは持たない。


「急げ、エコル」


「う、うん」


 オレたちは駆ける。元来た道を戻り、ようやく本来の地下水路まで到着した。


 水路は想像以上に頑丈だったらしい。崩落の地響きは伝わってきているものの、未だヒビ一つ走っていない。この調子なら、崩壊するのは追加で作られた隠し空間のみだろう。


 ホッと一息ついていると、水路の奥から足音が響いてきた。


「エコル、大丈夫か!?」


「エコル、ケガ、ない?」


 超特急でエコルに駆け寄る二つの影。その正体は言をまたないだろう。ウルコアとマウロアである。


 彼らは慣れた手際でエコルの手をそれぞれ握り、ケガの有無を観察した。そして、ほとんど無傷だと知ると、大きく息を吐く。


 当のエコルは動転していた。いきなりの出来事に頭が追いついていないようで、完全にフリーズしている。


 ……あれは放置しておこう。ウルコアたちに、手以外に触れる気配は窺えない。あくまでも紳士的に振舞うのなら、口を出すつもりはなかった。


 数秒の間を置いて、残るミーネルとロクーラ、使い魔たちも姿を現す。


 彼らはウルコアたちを見て溜息を吐いた後、オレに視線を向けた。


「ご無事で何よりです」


「奥で何があったのですか? ……いえ、今も何が起こっているのですか?」


 胸を撫で下ろすミーネルと、鳴りっぱなしの地響きに意識を向けるロクーラ。


 オレは簡潔に説明した。


「五体のドラゴンがいた。奴らが見境なく暴れたせいで、先の部屋は完全に崩落したよ」


 分岐地点はまだ無事だけど、少し進んだ辺りからはガレキで埋まってしまっている。もう、あの部屋を訪れることは不可能だった。


「では、ドラゴンも生き埋めか?」


 すると、エコルを愛で終えたウルコアが会話に参加してくる。


 というより、エコルに逃げられたから、気持ちを切り替えた感じだな。つい今しがた、我に返った彼女がオレの背中に隠れたし。


 緊張感ないなぁと呆れつつ、質問に返す。


「埋まってはいるが、そう長くは持たない。現に、暴れてるから地響きが続いてるんだし」


「悪足掻きに終わらないか? いくらドラゴンでも、このような地下深くに埋められては、先に力尽きると思うが」


「それはない。確実に、奴らは地上に出てくる」


 ウルコアの楽観視を、オレは一蹴した。


 確かに、他の中位ドラゴンなら、このまま放置しても良かった。しかし、今回に限っては無理筋というもの。


 そこへ、ロクーラが厳しい表情で確認を取ってくる。


「地下からの脱出ができる種族だったのですね?」


 魔獣学の教師だけあって、こちらの発言より察しがついたらしい。話が早いのは、とても助かるよ。


「その通りだ。今暴れてるのはアーセナル・イマーゴ・ドラゴン。火薬を生み出し、利用する竜種なのさ。そう時間を置かず、爆薬で地表を吹っ飛ばすぞ」


「爆――ッ」


「た、大変じゃん。早く何とかしないと!?」


 こちらの回答にウルコアは息を呑み、エコルは慌てた。


 この二人は、おおむねテンプレな反応だな。前者に関しては、王族なんだから、もう少し落ち着いた振る舞いを心掛けてほしいけど。


 対し、残る三人は冷静だった。


「なるほど。それなら、脱出は容易いでしょうね」


「頭上が森だったのは、不幸中の幸いですね。校舎からも離れていますから、被害者は出ないでしょう」


「倒す。これ以外、選択肢ない」


 最後の一名はやや怪しいけど、内容は正しかった。


 じき、地上に現れるドラゴンたちが相応の被害をもたらす。それは疑いようもなく、ゆえに討伐するしかないんだ。


 応援を呼ぶ猶予もない。それよりも早く、連中は地上に顔を出して暴れ回るだろう。


 冷静組にウルコアも加わり、侃々諤々かんかんがくがくと議論が交わされる。意外と、その内容は結構有意義なもので、生徒会の優秀さが窺えた。ウルコアやマウロアも、ただの色ボケではなかったよう。


 しかし、いつまでも立ち往生してはいられない。


「議論が白熱してるところ悪いが、移動するぞ。ドラゴンたちの対処方法を決めても、連中が暴れる前に間に合わなくちゃ意味ないだろう」


「そうだな。話し合いは移動しながら進めよう」


 ウルコアの返答に他の三人も頷き、オレたちは地上に向けて駆け出す。


 ミーネルの使い魔の足が遅いため、到着は割とギリギリだな。


 ふと、エコルがオレに囁く。


「ゼクスなら、何か策があるんじゃないの?」


「へぇ」


 オレは感心の声を漏らした。


 思ったよりも勘が鋭い。いや、今までの経緯からして、当然の結論か?


 ともあれ、彼女の考えは正しい。オレは、もっとも簡単に事態を収拾する方法を有している。


 しかし、それはあくまでも“一番合理的”にすぎない。後々を見据えた“最善”は別にあった。だから、オレは口を閉ざす。


 とはいえ、説明するのは難しい。詳細を語ったら、きっとエコルたちは全力を尽くせなくなってしまう。その展開は極力避けたかった。


 だから、明かすのは少しだけ。


「今回は、エコルたちが対処した方がいいんだよ。悪いようにはならないはずだから、信じてくれないか?」


「そっか。分かったよ」


 すると、エコルは素直に受け入れてくれた。


 思いのほかアッサリした返しに、思わず首を傾ぐオレ。


「すんなりしてるな」


「そりゃ、気にはなるけどさ」


 彼女は肩を竦める。


「今までのゼクスは、アタシのタメになることをしてくれたでしょ。だから、信じてほしいなら信じるよ」


 そう言って笑うエコルは、とてもまぶしかった。


 なるほど。これは主人公で間違いない。


 この真っすぐな心根ならば、オレが力を貸さずとも成り上がれていた気がする。彼女は、なるべくして今のポジションを手に入れたんだと確信した。


 であれば、オレならではのアレンジを混ぜてみるのも一興だな。一期一会の偶然を、運命ゆえの必然と片づけられるのは口惜しい。


 ドラゴン退治まで残り数分。その道中を、今後の計画に当てるオレだった。

 

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