Chapter14-5 モルモット(1)
お悩み相談の体裁がもはや瓦解している今回の面談だったが、最後の最後でマトモな相談が持ち寄られた。
それは、一人の女子生徒だった。
「さ、三年のトモ・シャイガです。ホヌ王国出身の、へ、平民です。き、今日は、お時間をくださり、ありがとうございます!」
エコルの一学年下である彼女は、小柄な体を精いっぱい動かして頭を下げた。おどおどとした態度は、実に弱々しく映る。
トモの生来の気の弱さもあるが、よっぽど深刻な悩みを抱えているんだと察せる。彼女の感情は、
とはいえ、トモがミーネルを怖がっているのは事実。彼女の対応はエコルが請け負うのが得策だった。
その辺りはエコルも理解しているよう。小さい深呼吸を一度し、意を決してトモに語りかける。
「初めまして、トモ。アタシはエコル・アナンタって言います。アタシも平民だから安心して。それに、この場に多少の無礼を怒るヒトはいないから大丈夫だよ」
「嗚呼。あなたがトーナメントで優勝したっていう……。えっと、すみません。先日の試合は観戦してなかったので」
エコルの挨拶を受けたトモは、驚いた風に目を瞬かせた。感情の機微は表情通りだったので、本当にトーナメントの観客席にはいなかったんだろう。
まぁ、すべての生徒が興味を持つ行事とは限らないもんな。観戦は自由意思にゆだねられていたし。
申しわけなさそうに肩を縮こまらせるトモに、エコルは胸元に掲げた両手を振った。
「気にしないで。自分を知らないヒトはいないだなんて自惚れてはないから。逆に、知らないヒトがいて、ホッとしたくらい」
「ホッと、ですか?」
「そうそう。今回の件で初めて知ったけど、注目され続けるのも疲れるのさ」
「そういうものなんですか?」
「そういうものなんです。だから、アタシに関しては『悩みを聞いてくれた上で、可能な限り手を貸してくれる便利なボランティアのお姉さん』とでも考えてよ」
「はぁ」
おどけたように肩を竦めるエコルを見て、トモは気のない返事を溢す。
そんな二人を黙って観察していたオレは、心のうちで感心していた。
前々から感じてはいたけど、エコルは他人の懐へ入るのが上手い。あれだけ緊張していたトモを、この短期間で脱力させていた。これなら、すんなりと悩みを打ち明けてくれるだろう。
「で、何を悩んでたのか、教えてくれる?」
いよいよ本題に移ると、多少の緊張を取り戻しつつもトモは語り始めた。
「実は、友だちが行方不明なんです。入学時のクラスメイトで、その後にクラスが離れても仲良くしてた子なんですが、一週間前から寮の部屋にも帰ってきてないみたいで……」
「先生には?」
「『思春期特有の非行』って断言されちゃって、全然話を聞いてくれませんでした」
徐々に顔をうつむかせていくトモ。
相当おざなりに対応されたんだろう。当時を思い出し、かなり気分を沈めていた。
エコルは憤慨する。
「何それ。一日、二日ならまだしも、一週間も姿を消してるのにッ」
「時期が悪かったのかもしれません。ここ最近は、四学年の使い魔召喚の授業やトーナメントの準備で忙しかったですから」
「それでも、教師陣の対応は最低ですよ」
「その点は否定できませんね」
ミーネルが心当たりを口にしたが、エコルの怒りは収まらなかった。
もっともな反応だったため、ミーネルもそれ以上は何も言わない。
深呼吸をして一旦気を落ち着かせると、エコルは話し合いを続けた。
「その友だちの情報を教えてくれる? あと、最後に顔を合わせたタイミングも」
「ヴィベレ・ギリです。モオ王国出身で、実家は小さな商店を開いてるって言ってました。最後に会ったのは、姿を消す前日の夜です。一緒に宿題を片づけたのが最後でした……」
そこまで話し終えると、トモはヒクヒクと
エコルが慌ててトモの背中を撫でて慰める中、彼女は途切れ途切れに呟く。
「お、お願い、します。ヴィベレを探すのを、手伝って、ください。あの子、わたし以上に人見知りで、臆病で、わたし以外に友だちなんて、いないん、です。でも、とっても優しい子、なんです。お願いします」
「うん、分かった。アタシらも全力を尽くすよ。生徒会のみんなは頼りになるヒトばかりだから安心して」
「うぅぅ、ありがとう、ございます」
そのまましばらく、トモは泣き続けた。
十数分後。泣き疲れたトモは眠りについていた。
いや、あの様子だと、この一週間はまともに眠れていなかったのかもしれない。エコルに優しい言葉をかけられて、緊張の糸が切れてしまったんだろう。
トモをソファに横たわらせたエコルは、声量を落としてミーネルに問う。
「どう思いますか?」
「判断が難しいですね。捜索に力を貸すのは当然として、生徒会内に留められる問題でもないでしょう。トーナメントが終わった今なら、教師側も余裕を取り戻しているでしょうから、あちらにも協力を仰ぎましょう」
「ちょっと複雑ですけど……しょうがないですよね」
眉を曇らせたエコルが何を考えているのかは、とても分かりやすい。
きっと、トモの懇願を袖に振った教師たちなんて頼りたくないと感じているんだ。しかし、行方不明者を捜すのに人手は必須。ゆえに、心のうちに
ミーネルは幾許か熟思した後、口を開く。
「とりあえず、今日は解散しましょう。相談もシャイガさんで最後ですから。エコルさんは、彼女が起きるまで付き添ってあげてください」
「ミーネルさんは?」
「私は捜索作業の準備を進めます。明日には始められるよう、手配しましょう」
「えっ、全部任せるわけには――」
「私一人でやった方が早いのですよ。あなたは新人です。大人しく、先輩に頼ってください」
慌てて立ち上がろうとするエコルを制し、ミーネルはスマートにメガネの位置を直した。
さすがは副会長というべきか。“できる女”感がめちゃくちゃ出ている。
そう言われては、エコルも引き下がるほかない。浮かしかけた腰を下ろし、頭を下げた。
「よろしくお願いします」
「任されました。あなたは、明日始まるでしょう捜索作業に力を注いでください」
「はい」
ミーネルが退室し、室内は静寂に包まれる。
さて、オレはどう動こうかな。
トモが起きるまでジッとしているのは、かなり時間がもったいない。エコルの護衛という意味では、ノマだけでも十二分だもの。
それに、この一件は手早く終わらせたかった。
何せ、明日でオレが召喚されて一週間である。つまり、魔法が解禁され、フォラナーダに帰還できる日だった。
ここまで事情を聞いておいて、何もせず帰ってしまうのは、とてつもなく寝覚めが悪い。どうせなら、解決して気分をスッキリさせた後に帰りたい。
また、この事件が、ただの行方不明事件では収まらないと直感していた。
であれば、乗り越えた時の名声は計り知れない。エコルの立場の補強にも、大いに役立つだろう。まさに一石二鳥である。
帰還後の選択肢は増やしておいた方が良い。だからこそ、オレも動く必要があった。
「ちょっと席を外すよ」
「? うん、分かった」
エコルは首を傾ぎながらも、特に追及なく送り出してくれる。こちらが何をするかよりも、眠るトモの心配が勝ったんだと思われた。
『留守は頼んだ』
『任せてくれ』
最後、ノマに【念話】を送り、オレは部屋を出る。
――暗躍の時間が始まった。
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