Chapter14-4 主人公疑惑(6)
明くる放課後。本日の生徒会の活動は、生徒からの相談ごとの解決となった。
無論、今日の今日とて書類仕事は上がってきていたが、昨日の指導もあって、ものの一時間で終えられたんだ。
みんなから――特にミーネルからはメチャクチャ感謝された。大号泣された際は、かなりドン引きしたね。
何でも、彼女は率先して書類を多めにさばいていたらしい。どうりで……いや、それでも大袈裟な反応だが。
話を戻そう。
生徒からの相談は投書制度を採用しているんだが、大きく分けて二つに分類される。
一つは匿名の報告。個人の問題行動を報告してくるものもあれば、『こうした方がやりやすい』といった改善の提案もある。無記名であるがゆえに、頻繁に利用されるシステムらしい。
もう一つは、名を明示した上での代物。主に、個人的な悩みについての相談が多いんだとか。カウンセラーの仕事では? と思わなくもないが、そういった役職はこの大陸にない模様。
この辺りも大陸による文化の違いだよなぁ。
オレたちの大陸は、割と精神医学の研究が進んでいる。魔力が精神の影響を多分に受けるためだ。トラウマのせいで魔法が使えない事例は、山ほどあるんだよ。だから、時代とともに知見は深まっていった。実は、学園にもカウンセラーが駐屯していたりする。
一方、こちらの大陸は魔力がない。ゆえに、文明レベルと変わらぬ精神面の知識しかないんだろう。
やっぱり、この大陸において、精神魔法は無双の力を誇ると思う。魔力も知識もない彼らに、この術を防ぐ手段はない。聖王国を征服するよりも圧倒的少ない労力で、この大陸は支配できる気がする。絶対にやらないけど。
――また、話が脱線してしまったな。
結局、何が言いたいのかというと、後者のカウンセリング業を、今からオレたちが担当するんだ。いきなり無茶だとは感じるけど、何ごとも経験とのこと。それに、他の役員は別件で忙しいらしいし。
まぁ、ミーネルがフォローに回るようなので、問題はないはずだ。
本日の予定に目を通したミーネルは小さく溜息を吐く。
「今日は、一段と相談者が多いですね」
「何人くらい、いるんですか?」
エコルが詳細を問うと、彼女はメガネの位置を直しながら告げた。
「十人です。ちなみに、普段は多くて三人ですよ」
「三倍以上じゃないですか……」
エコルは露骨に嫌そうな表情を浮かべた。
彼女の場合、むしろ自分が相談したい側だものね。他人の悩みを聞くなんて、元々乗り気ではないんだろう。
とはいえ、嫌がってもいられない。仕事というのもあるけど、もっと重要な理由が存在した。
「人数が増えたのは、エコルさんの影響でしょうね」
「えっ、アタシですかッ!?」
責任の一端があると言われ、肩を跳ね上げるエコル。
対し、ミーネルは冷静に返す。
「トーナメントで優勝しましたからね。今まで落ちこぼれだった人物が、時の人として躍り出たのです。大半の人間は興味を抱きますし、貪欲な者は僅かでも面識を持とうと画策するでしょう」
「アタシに会うために、生徒会の相談に申し込んだってこと? アタシが担当しないかもしれないのに?」
「会えればラッキー程度の感覚だと思いますよ。コネづくりに必死な人種とは、『数を打てば当たる』を真面目に実行しますので」
「は、はぁ」
エコルは、どこか要領を得ない返事をした。
十中八九、実感が湧いていないんだと思う。今まで見向きもされなかった彼女は、相当自己評価が低い。そのため、自分に是が非でも接触したいなんて人物がいるとは、全然信じられないんだ。
あと、もう一つの疑問もその感想を助長しているのかな。
それを解消させる目的で、オレは口を開く。
「普段の学校生活で会いに来ればいいって考えてるかもしれないけど、それは無理だぞ」
「な、何で?」
目を丸くして、エコルは問い返してくる。
こちらは肩を竦めた。
「オレが牽制してるからだよ。傍に威圧する奴がいるのに、のこのこと近づいてくるわけがない」
寮に戻る際は同行できないが、そこもフォロー済みだ。ノマを中継して認識阻害の精神魔法を施しているので、他人には感知されていない。
すると、彼女は首を傾ぐ。
「どうして、そんなことを?」
「キミは、不特定多数の人間に揉みくちゃにされたいのか?」
「あー……」
ようやく、オレが周囲を牽制している理由を察してくれたらしい。
つまり、エコルが自覚しているよりも、トーナメント優勝者の影響力は強いということだ。クラスメイトのみならず、学校中より人々が殺到してくる。
そうなれば最後、彼女の学園生活は破綻するだろう。これまでの侮蔑とは百八十度違う方向性で。
「ありがとう、ゼクス」
エコルは万感の想いを込めて礼を告げてきた。
たぶん、大勢に押し潰される自分でも想像したんだと思う。盛大に頬が引きつっている。
コホンとミーネルが咳払いをする。
「状況を理解していただけたようなので、話を進めますね」
「あっ、はい。お願いします」
「これまでの話の通り、今回の相談者のお目当ては、エコルさんの可能性が高いです。ですから、不用意に隙を見せないようお願いしますね。大変なことになりますから」
「大変なこと?」
「……この例は使いたくありませんが、ウルコアとマウロアのような人間が量産されます」
「ものすごく気を付けます!」
とても的確な例えだった。
エコルには、ヒトを寄せ付ける魅力がある。そんな子が親身になれば、コロッと落ちるのは間違いない。相手は、ただでさえ彼女に興味を抱いているんだし。
また、これ以上ないほどにエコルの気を引き締められた。王族相手にその態度は褒められたものではないが、今回は向こうが悪いので仕方ない。
ミーネルは頭痛を堪えるように、眉間を指で揉む。
「それでは、最初の生徒を呼び出しますね」
彼女の声は、くたびれたOLみたいに
頑張れ、ミーネル。最悪の場合は、こっちからもフォローするぞ!
苦労人の彼女に向けて、オレは心の中でエールを送った。
オレたちの予想は、見事に的中していた。ここまで九人の相談者と面談したが、全員がエコル目当ての人物だったんだ。
相談内容は大したものではない――どころか、早々に話を切り上げてしまい、エコルと仲良くなるための試みに移行してしまう始末。
あからさますぎて、オレたちは乾いた笑みしか浮かべられなかったよ。
ただ一人だけ、目的を達成できた奴がいた。
その人物とは、ホヌ王国第二王子のラニ・アネラ・シリクル・ホヌ。エコルの一学年上ながら身長百五十程度の小柄で、どこか庇護欲を駆られる弱気な男子だった。
カテゴリとしては、ショタ枠だね。完全に女の子女の子しているオルカと違って、こっちはパチモ――失礼。ラニは、“可愛らしい男の子”を逸脱しないくらいの容姿だが。
エコルに会いに来た理由は、端的に言うなら『一目惚れ』だろう。色恋ではなく、単純に憧れを抱いただけのようだが、対戦相手を物理で黙らせていく姿に痺れたらしい。
彼自身、弱気な性格が災いして成績が低く、だからこそ、成り上がったエコルが輝いて見えたんだとか。
最初は一線を引いていたエコルだったけど、元落ちこぼれとして共感する部分が多かったのか、最終的には友だちにまで至っていた。仲良く会話する姿は、完全に旧友のそれだ。好感度の上昇率が爆速である。
「エコルは、王族ホイホイか何かなのか?」
「否定できないね」
オレがそう呟くところ、ノマが同意を示した。
だよなぁ。現状、三人も落としているんだもの。
これまでの経緯を踏まえると、エコルって、ものすごく主人公っぽいんだよな。
不遇な環境に身を置きながらも心は汚れておらず、偶然にもオレという最強格を呼び出し、その助力を得て学年トップに大躍進、ついでに王族を三人も惚れさせる。
テンプレの恋愛物語の流れだ。クラスメイトに悪役令嬢のハマり役もいるし、実は良い血統という要素もある。考えれば考えるほど、エコルの主人公疑惑が強まった。
得てして、主人公とはトラブルメーカーである。もしも、彼女がそういう星の元だとすれば、間違いなくオレも巻き込まれるだろう。
「ハァ。ミーネルに同情してる場合じゃないか」
溜息混じりのセリフを、口内で転がす。
自分も十二分に苦労人枠だと、オレは察してしまうのだった。
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