Chapter14-3 王道(6)
エコルは、破竹の勢いでトーナメントを勝ち進んでいった。彼女の【
全部の試合が楽勝だったわけではない。彼女を上回るスピードを持つか、防御力の異様に高い使い魔と戦った際は、そこそこ手こずっていた。まだまだ経験が足りず、ゴリ押ししか出来ないのが原因だな。
とはいえ、大半がパンチ二回で沈んだのは紛れもない事実。使い魔を従えずに物理で戦う破天荒さに加え、これまでの悪評とのギャップ。それらの要因もあり、エコルはこの短時間で一躍時のヒトとなった。勝ち進むにつれて観客は増え、彼女の噂も徐々に広まっている。
こちらの大陸では割と簡単に二つ名がつけられるらしく、いつの間にか『撲殺のエコル』なんて呼ばれていたのは笑ったよ。
「笑いごとじゃないし」
決勝ともなると、一人用の控室が用意された。貴族の使用を想定した
「全ッ然、可愛くない! そりゃ、これだけ活躍したんだから、二つ名くらい噂されるかなとは期待したよ? でも、よりにもよって『撲殺』って……。チェンジを要求したい!」
「と言ってもなぁ」
こちらは曖昧に返す。
彼女の気持ちは分かるんだけど、『撲殺』以外の二つ名はあり得ないとも考えていた。何せ、戦い方が戦い方だもの。
「棍棒を振り回しているうちは、『撲殺』のままじゃないか?」
「ゼクスが用意したんじゃん!」
「仰る通りで」
憤慨するエコルに対し、オレは肩を竦めた。
そう、現在のエコルのメインウェポンは棍棒だった。最初こそ徒手空拳で戦っていたが、防御力の高い相手に苦戦したのをキッカケに武器を求められたんだ。それで、ノマ謹製の棍棒を用意したわけである。素材がチタン合金なので、かなり固いぞ。
また、数ある武器の中で棍棒を選んだことも、ちゃんと理由はある。
【
つまり、武器を用いた戦い方なんて、エコルは一切学んでいなかったんだ。そんなズブの素人に、剣や槍といった得物を扱えるはずがない。おそらく、剣を持たせたところで、まったく切れないんではないかな?
その点、棍棒は素晴らしい。握りしめ、敵に叩きつける。それだけで、最大限のパフォーマンスを発揮できる。まさに、素人の彼女に持ってこいの武器だった。
カロンと同様に、ハンマーはダメなのかって?
無理無理。あれはあれで、扱うのにセンスが問われる。というか、場合によっては剣以上に難しい武器だ。バランスの悪いゆえに体勢を崩しやすい上、一撃一撃が重いせいで隙が大きい。絶対に、素人にはオススメできなかった。
という経緯があり、エコルは半分以上の試合で棍棒を振り回したのである。その結果、ついた二つ名が『撲殺』だったわけだ。
「今からでも、別の武器に変えない? ほら、決勝での不意打ちになるかも」
「却下。確かに不意は打てるだろうけど、エコルが使いこなせなきゃ、有効打にならないよ。むしろ、キミがパフォーマンスを落としかねない」
「うぅ、それはそうだけどさぁ」
頭を抱えてその場にうずくまるエコル。よっぽど、『撲殺』と命名されたのが気に食わないようだった。
オレは苦笑を溢しつつ、彼女に希望を与えることにした。
「決勝は無理だけど、その後なら他の武器を用意してあげるよ。扱い方も教える。そうすれば、すぐには難しくても、そのうち二つ名も変わるかもしれないぞ」
まぁ、新しい武器でも『撲殺』を連想させてしまったら意味ないんだが、その懸念は黙っておく。知らぬが仏だ。今の彼女に必要なのは“夢や希望”であって、“現実”ではないんだから。
「本当に?」
「二言はないよ」
「やったッ。言質は取ったからね。約束は守ってよ!」
思惑通り、エコルは元気を取り戻した。些か現金すぎる気もするけど、これくらい扱いやすい方がちょうど良いか。
それにしても、育ってきた環境の割には素直な性格だよな、彼女。
新しい武器への期待に胸を膨らませ、ぴょんぴょんと跳ねまわるエコルを見て、そういった感想を抱く。
オレは彼女の一部しか知らない。イジメが始まる前――学校へ入学する前は、母子家庭ながらも人運に恵まれていた可能性はある。もしくは、実母がかなりの教育上手だったか。
とはいえ、焦る必要はない。何せ、オレとエコルは出会って四日目だ。内情を明かすには付き合いが浅すぎる。
それに、是が非でも知っておきたい内容ではなかった。興味があるのは事実だけど、我慢できないほど欲しい情報でもない。
……何か、思考がゴチャゴチャしてきたな。要するに、エコルの性格は嫌いじゃないし、過去に何があっても気にしないということだ。
その後、係員が試合開始の連絡に訪れる。
「じゃあ、行ってくる」
「頑張ってこい」
「頑張るよ!」
エコルはガッツポーズを見せてから退室した。
それを見送ったオレも、観客席へ向かうために、控室を後にする。
決勝戦は、会場で一番大きな舞台で行われる。舞台自体はもちろん、それを囲む観客席も大きい。二、三万は収容できるとのこと。
その座席がほとんど埋まっているんだから、この試合の注目度の高さが窺い知れる。
先程出会ったロクーラ曰く、例年もほぼ満員になるイベントだそうだが、今年はそれ以上の盛り上がりを見せているらしい。
原因は言わずもがな。決勝戦の対戦カードが特殊すぎるためだった。
まず、落ちこぼれかつ訳あり生徒のエコル。使い魔もおらず、初戦敗退は確実と言われていた彼女だが、その前評判を覆しての決勝進出。皆が驚く大穴だ。
対する相手は、四学年首席であるラウレア。誰もが認める優等生であり、ドオール公爵家の令嬢という恵まれた出自。
そして、使い魔はリトル・フェアリードラゴンだ。体長三十センチメートルほどの小型犬に天使のような翼が生えた、とても珍しい竜種。今も、彼女の足元で大人しくお座りをしている。
ダークホースである落ちこぼれと順当に勝ち進んだ優等生との戦い。何もかもが真逆のカード。
これが脚光を浴びないはずがない。皆が両者の戦力に意見を交わし合い、勝敗の行方を予想し合っていた。
広大なステージで対峙する二人。見る限り、エコルもラウレアも程良い緊張感で臨んでいた。試合前の精神状態は万全と言えよう。
試合開始を今か今かと待つ間、不意にラウレアが動いた。一歩だけエコルの方に踏み出し、大仰な身振りを交えながら話し始める。
「まさか、落ちこぼれのあなたが勝ち上がってくるとは思いませんでした。優勝するだなんて戯言が本気だったとは驚きです。ですが、その夢は絶対に叶いませんわッ。何故なら、今年の優勝者は
大観衆の中での勝利宣言。ほくそ笑む表情を含め、彼女は全身に自信をまとっていた。
貴族令嬢としての矜持か、首席としてのプライドか。
実際、エコルは予定外の出来事に対応できていない。困惑した様子で、オロオロと目を泳がせている。
ただ、ラウレアは彼女の返答なんて端から期待していなかったらしく、言いたいことを言い終えると、すぐに静かになってしまった。
前哨戦はラウレアの完勝だな。彼女が狙っていたかは分からないけど、エコルの集中力を乱したのは確かだ。盤外戦術を卑怯と言うつもりは毛頭ない。
「それでは決勝戦を始める。試合開始!」
エコルの動転が多少落ち着いた辺りで、ようやく審判が開戦を合図した。
それと同時にラウレアは魔術の準備を始め、彼女の使い魔はエコルに向かって飛び出す。
あちらは上々のスタートダッシュだった。
しかし、エコルはそうもいかない。微妙に集中を欠いていた彼女は、初動が僅かに
結果、
「きゃっ」
リトル・フェアリードラゴンの体当たりによって、エコルは短杖を落としてしまった。
しかも、事態はもっと酷くなる。落ちた杖に向かってドラゴンが火を噴き、炭に変えたんだ。
魔術は触媒がなければ発動できない。その制約は【
「何やってんだか」
オレは呆れた声を漏らす。
これがフォラナーダの誰かの失敗だったら、マンツーマンで鍛え直しを実施するところだぞ。彼女は即席仕上げだから、大目に見るけども。
やれやれと首を横に振ってから、改めてエコルの様子を窺う。
杖を失った時点で、本来ならエコルの負けは確定だ。だが、彼女はリタイアを宣言していないので、まだ試合は終了していない。
このトーナメント、勝敗条件に何故か審判の制止が含まれていないんだよ。術者の気絶については決められているのに。
おそらく、壁役である使い魔が先に倒れる前提なんだろう。使い魔が倒れれば降参する、そういう暗黙の了解があるんだと思う。
つまり、エコルはイレギュラーだった。彼女の存在を、ルールが想定していなかったんだ。ゆえに、戦うどちらかが気絶するか降参しない限り、試合は止まらない。
まぁ、降参はあり得ないか。勝利宣言までしたラウレアは無論、エコルも最後まで戦うに違いない。
何故なら、目が死んでいないから。絶望的な状況にも関わらず、彼女の瞳は強い光を宿していた。現状を打開する術を、必死に模索していた。あの
どういう心境の変化かは知らない。
でも、悪くない変化だ。
「頑張れよ」
オレは小さく呟く。エコルの健闘を祈って。
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