Chapter14-3 王道(7)

 アタシの名前はエコル・アナンタ。カナカ王国の下町出身で、つい最近、十六歳になったばかり。


 子ども同然のアタシだけど、その半生は割とロクでもない。


 下町で暮らしていた幼少期は、爪の先に明かりを灯すレベルの極貧生活。ほぼスラムみたいな場所に住んでいたせいか、近隣住民は盗みなどを平気で行う犯罪者だらけ。家にいても気が抜けない毎日だった。


 唯一の肉親である母さんが過労死した際は、かなり焦ったよ。アタシみたいな身元不確かな小娘を働かせてくれる職場なんてあるはずない。近隣住民犯罪者の仲間入りを、真面目目に検討したくらいだった。お金が尽きる前に義務教育期間に入って本当に助かったと、今でもその幸運に感謝している。


 しかし、学校生活が始まっても、アタシの境遇は上向きにはならなかった。いや、以前よりも安定はしているけど、別の苦労が発生したんだ。


 何でも、アタシはカナカ王の落胤らくいんらしく、それを疎ましく思う人間たちの手回しで、学校ぐるみのイジメが始まった。落ちこぼれだったことも、拍車をかけたと思う。


 ぶっちゃけ、政治的な話はまったく分からなかったんだけど、親切な先生が裏事情とやらを教えてくれたお陰で、何となく自分の立場を理解できた。


 まぁ、理解できたからといって、対策を講じられるわけじゃないけどさ。


 アタシが何をしたっての?


 そう思ったことは、一度や二度――両手両足で数えても足りない。何度も何度も、自身の置かれた環境に怒りを抱いた。


 それでも心折れず、ヒトとしての一線を守ってこられたのは、ひとえに母さんの存在が大きかった。


 母さんは強いヒトだった。周りが敵だらけでも、どんなに貧乏でも、世間が優しくなくても、未来が見通せないくらい真っ暗でも、いつも笑顔で「大丈夫」と口にしていた。そして、決して現状に不満を漏らさず、アタシを最優先に行動してくれた。


 とはいえ、父親の件を隠していた辺り、さすがに真っ向から権力に逆らうほど強くはなかったみたい。


 でも、それで十分だった。苦しくても誰かのために戦える母さんに、アタシは憧れたんだから。


 最近は終わりのない苦難に心が淀んでいた気がするけど、もう大丈夫。今のアタシは、何もできない落ちこぼれなんかじゃない。きちんと、自分の足で歩ける力を手に入れることができたんだ。


 まぁ、それを叶えられたのは、アタシの力じゃないんだけどさ。


 アタシが召喚してしまった人間のゼクス。


 彼はとても不思議なヒトだ。若いのに白髪というのもあるけど、何もかもが奇想天外だった。魔術……じゃなくて魔法? なんて意味不明な術を使うし、嵐を斬り裂いちゃうし、校長を返り討ちにしちゃうし、アタシに力を授けてくれるし。


 正直、未だに『別大陸出身の貴族』という肩書は半信半疑なものの、彼の実力や誠実さは確かだと感じていた。それから、アタシの味方であることも間違いない。


 本来なら、勝手に呼び出したコッチが寄り添ってあげなくてはいけないのに、現実は真逆。アタシの方が面倒を見てもらっている。袋小路だった現状に、希望の光を照らしてくれた。


 不甲斐ないと思うと同時に、心の底から感謝している。


 母さん以外の、初めての味方。それだけでも嬉しいのに、人生に活路を見出してくれた。この大恩は、一生かけても返さなくてはいけないと思う。


 その第一歩としてトーナメントに優勝する。ゼクスの期待に応え、彼に恩を返せる立場を得るために。


 ――そう心に誓ったはずなのに、


「ピュィィィィィィィ!!!」


「くっ」


「足元がお留守ですわよ!」


「うぐっ」


 決勝戦の対戦相手であるドオールさまたちに、アタシは翻弄されていた。


 使い魔のリトル・フェアリードラゴンが体当たりや火吹きで牽制し、それによって生じた隙をドオールさまが魔術で狙い撃つ。完璧なコンビネーションだ。


 今も、ドラゴンによる上空からの体当たりに意識が削がれたところを、魔術の石ツブテで狙われた。


 五センチメートルにも満たない石だけど、それが五発も当たれば痛い。【身体強化ブースト】を発動できていれば別だが、今は杖を失ってしまったせいで素の防御力だ。


 襲い来る衝撃に逆らわず、アタシは後方にゴロゴロと転がった。受け身の取り方を習っておいたお陰で、最小限のダメージに抑えられた。


 こういった距離の稼ぎ方は、あちらも予想外だったらしい。膝立ちで体を起こしても、連続して攻撃が仕掛けられることはなかった。


 しかし、ボーッとはしていられない。相手の切り替えは早く、ドラゴンは再び距離を詰め始め、ドオールさまも魔術の詠唱を開始した。


 どうする、どうする、どうする!?


 僅かな間隙かんげきを使い、必死に頭を回す。


 杖を失った以上、もはやアタシに魔術は唱えられない。降参するのが、もっとも合理的な回答だろう。


 ――そんな選択はあり得ない!


 アタシは、その合理性を唾棄する。


 少し前のアタシなら、大人しく諦めていたかもしれない。でも、今は無理だ。恩人がアタシを信じて送り出してくれたのに、すべてを放り捨てる道を選べるわけがない。何が何でも、現状を打開する手段を見つけるんだ!


 そうこうしているうちに、敵のドラゴンが目前まで迫る。


 どうやら、勢いそのままに体当たりを仕掛けてくるよう。背中の翼を羽ばたかせ、よりいっそう加速してきた。


 アタシはギリギリまで観察する。視線で穴が開くんではないかというくらい見つめ、ドラゴンの一挙手一投足を見逃さなかった。


 そして、


「ここ!」


 紙一重で体当たりをかわし、その足でドオールさまへと突っ走る。


「ピュィ!?」


 ドラゴンの驚愕の声が背中越しに聞こえてくるけど、一顧だにしない。そんな暇はない。全速力でドオールさまに向かって駆ける。


 これがアタシの作戦だった。使い魔を無視して、術者本人を叩く。割とオーソドックスな作戦ではあるけど、杖を奪える機会も生まれるので一石二鳥だ。


 とはいえ、そう上手くはいかない。


「簡単には近づかせませんわッ。【ウィンドカッター】」


 先程距離を取りすぎていたせいで、接近するよりも先に魔術が放たれた。風の刃がアタシの太もも辺りに飛んでくる。


「チッ」


 避けられない速さではない。軽くジャンプすれば、難なく無傷で突破できた。


 ――が、移動速度の低下は免れない。その結果、背後にいたドラゴンが追いついてしまう。


「ピュィィィ!」


 射程に入ったようで、向こうは火を噴いてきた。小柄だから威力は然程ないけど、直撃したら火傷は確実。衣服に延焼でもすれば、女子的に死ぬ可能性も出てくる。その事態だけはごめん被りたい。


 真横へと跳んで火の射線より逃れたが、その隙にドラゴンはドオールさまとの間へ移動する。


 微かな可能性に懸けた作戦だったけど、やっぱりダメだったか。【身体強化ブースト】済みならまだしも、素の状態で使い魔を出し抜くのは難度が高すぎる。


 畢竟ひっきょう、魔術を使える状況にすることが、アタシに残された勝ち筋だった。

 

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