Chapter14-3 王道(5)

 面白いことに、一回戦は因縁のある相手だった。一昨日の昼食の際、口論を吹っかけてきた男子生徒だったんだ。広い舞台上で向かい合うエコルを見て、ニヤニヤと意地悪い笑みを浮かべている。


 まぁ、嘲笑を溢しているのは彼だけではないが。


 エコルの試合を観戦しに訪れた大半が、対戦相手と同様の表情だった。観客席に座るオレをチラリと伺い、鼻で笑う奴もいる始末。


 十中八九、落ちこぼれが無様に敗北する姿を見に来たんだろう。趣味が悪い連中ばかりで反吐が出るよ。


 せいぜい、侮っていれば良いさ。甘く見れば見るほど、エコルの勝率は高まる。


 オレは不快な観客たちより視線を切り、改めて舞台を眺める。


 エコルの様子は問題ないな。開会式でこそ緊張が全面に出ていたけど、今は実に落ち着いている。周囲の侮蔑もまったく気に留めていない。


 対する少年は油断しまくっていた。ポーズというわけでもない。何せ、重心が完全におりてしまっている。あれでは敵の行動にすぐ対応できない。


 ともすれば、気を付けるべきは彼の連れる使い魔のみ。


 少年の傍らに座るのはシルバーウルフだった。名前通りの毛色を有する狼型の魔獣で、そこそこ速い足とそこそこ固い体毛が売りだ。オレたちの大陸にも生息しており、冒険者の討伐依頼だとランクCに分類される。


 初戦の相手としては不足ない。そこそこの強さの敵は、彼女が力を慣らすのに持ってこいだ。


 程なくして審判が入場し、エコルたちに準備は整っているか尋ねた。


 両者が問題ないと返したのを認めると、そう間を置かずに審判は片手を挙げる。


 ずいぶん早い展開だが、所詮はトーナメントの一回戦。いちいち時間を費やしてはいられないんだろう。


「はじめ!」


 開始の掛け声とともに、ホイッスルが鳴らされる。いよいよ、エコルの戦いの火ぶたが切られた。


 先手を取ったのは少年側だ。シルバーウルフがその健脚を活かし、エコルへ突っ込んでいく。


 初手を奪われるのは仕方ない。魔術の性質上、術を発動しても効果を発揮するまでラグが生まれてしまう。その難点は、オレの指導を受けたとしても克服できない。この辺り、『騎士と魔術師のタイマンでは前者が勝つ』と言われ、使い魔というシステムが定着した所以だな。


 シルバーウルフにエコルの相手を任せた少年は、悠然と身の丈ほどある長杖を構える。使い魔に時間を稼がせ、自身は魔術の準備を整えるのは、魔術師の戦い方の定番だった。


 一方のエコルは、シルバーウルフの凶刃が迫ってこようと慌てていない。枯枝のような短杖を構え、冷静に敵を見据えていた。


 うん、教えたことをキッチリ実践できている。


 訓練においてオレが伝授した内容は多岐に渡るが、そのうちの一つが『冷静に見ること』である。


 エコルには使い魔がいない。一人につき使い魔は一体という制約は彼女にも適用されており、オレに“刻印”がある現状では、どう頑張っても新たには呼び出せなかった。


 ゆえに、エコルに必要なのは、壁役ナシで魔術を行使する術だ。今のように敵の使い魔が襲い掛かってきても対処できる方法だった。


 とはいえ、そう難しいアドバイスは渡していない。敵の一挙手一投足を見逃すなと、当たり前の助言をしただけ。


 その当たり前が難しいって?


 確かに、自分に向けられた攻撃を見続ける行為は、割と難度が高い。エコルも、訓練初期は目をつむってしまっていた。


 でも、何度も顔面パンチ(寸止め)を繰り返した結果、ちゃんと冷静に振舞えるようになったんだ。しかも、オレの速度に目が慣れたお陰で、たいていの攻撃は見極められる風に動体視力も鍛えられた。まさに、一石二鳥の訓練だったよ。


 ノマに「鬼か」と怒られたけど、一日半で仕上げなくてはいけなかったんだから、大目に見てほしいね。


 シルバーウルフの突撃を紙一重で回避したエコルは、その足で敵の死角に回り込んだ。ただの死角ではない。少年の射線にシルバーウルフがかぶる位置に入り込んだ。


 これも指導の賜物たまもの。戦術に関する座学も、みっちり教えたとも。時間が足りず、通常の十倍くらいの密度になってしまったが、無理やり詰め込ませた。


 精神魔法や【魔纏まてん】が使えたのは幸いだった。これらの魔法のお陰で、エコルの脳の回転を早められたんだからね。当人は、頭から煙を出していたけど。


 使い魔の物理攻撃は最小限の動きで回避され、射線を上手く確保できないので魔術も撃てない。そんな膠着状態が幾許か続く。


 一方的に終わると思われた試合が、フタを開ければ拮抗した内容。これには観客たちも大いに騒めいた。


 フフフッ、驚くのは早いぞ。


 オレはほくそ笑む。今のバランスは、そろそろ崩れるはずだ。


 その予想は正しかった。


 回避に徹していたエコルが、ついに構えていた杖を振り下ろしたんだ。


 彼女は凛と唱える。


「【身体強化ブースト】」


 見た目に劇的な変化はない。しかし、状況は一変した。


 まぶたを一度瞬かせた次の瞬間には、シルバーウルフが地に這いつくばっていた。白目をむき、口からブクブクと泡を噴き出している。


 急激な事態の変容に、対戦相手の少年および観客たちは大いに動揺する。


 彼らには、今の一瞬に何が起こったのか分からなかったらしい。彼女があまりにも早すぎて。


 察しの良い者は理解しただろう。エコルは【身体強化】を発動したんだ。身体能力を向上させたことでシルバーウルフよりも早く動き、シルバーウルフの防御を突破するほどの拳を叩きつけたわけだ。


 といっても、オレの【身体強化】とは別物だ。エコルが扱うのは魔術のため、結果は同じでも、細かい仕様が異なった。術名もブーストだし。


 魔術を苦手とする彼女が【身体強化】を平然と発動できていることに、疑問を感じている者もいるだろう。


 エコルが魔術を上手く扱えない原因は、『結果を上手く受け止められないから』である。キャッチボールにおける捕球技術が壊滅的。


 であれば、解決策は至極単純。両手で受け取れないのなら、全身を使って受け止めれば良い。魔術の反映先を自身の肉体に限定することで、下手くそな捕球を補ったわけだ。


 元々、投球の方――代価を払うまでは他人よりも上手かったので、エコルの【身体強化ブースト】は相当の出力を発揮した。だいたい三倍強化くらいかな?


 強引な手法かもしれないけど、これ以外に方法はなさそうなんだよね。それほど、彼女には才能がなかった。


 ちなみに、魔術に【身体強化ブースト】という術式は存在しない。オレが知識を総動員し、魔法の【身体強化】をモデルに開発したんだ。


 考えてみれば当然だ。


 魔術とは、魔力の代わりに体力を支払う術。体力の消耗を促進する近接戦闘は相性が悪すぎる。速攻で体力が切れるだろう。考案される機会があったとしても、一般化するわけがなかった。


 つまりは、エコルは史上初の“殴る魔術師”となるわけだ。未来の歴史書に乗るかもしれないな。


 使い魔壁役を失った魔術師は脆い。その後すぐに少年は殴り飛ばされ、一回戦は終了した。


 舞台を降りるエコルを見届け、騒然となる観客席を後にする。ノマが傍についているとはいえ、肩で息をする彼女を放ってはおけない。


 やっぱり、【身体強化ブースト】のネックは体力だよなぁ。


 より安定した術の案に考えを巡らせつつ、オレは合流を急ぐのだった。

 

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