Chapter14-3 王道(4)

 学校のある孤島の南部は、超巨大な施設で埋め尽くされている。二百メートル四方の舞台一つに加え、五十メートル四方の舞台を複数抱えているんだから、その広大さは当然だった。


 オレたちは利用しなかったが、授業以外で訓練を行う場合は、この施設を利用するのが普通らしい。


 というより、授業で使う広場が異例であって、その他の機会はコチラを使用するんだとか。四学年によるトーナメント戦も、ここで開催されるんだ。


 どうやら、トーナメント戦は伝統ある人気行事のようで、広い観客席は満員御礼だった。まだ初戦さえ始まっていないのに、だ。


 すし詰めのギャラリーを見て、当の四学年生徒たちは各々の表情を浮かべた。自信ありげに胸を張る者がいれば、挙動不審にキョロキョロと目を泳がせる者もいる。


 使い魔を召喚して以来、初めての公式戦。反応が初々しくなってしまうのも無理はなかった。


 かくいうオレの召喚者エコルも、


「と、とととと、とうとう、ほ、ほほほ、本番だだだだ」


 見事に緊張していた。盛大に体を震わせ、視線も声も定まっていない。


 もっと自信を持ってほしいところだけど、難しい話か。オレが鍛えたとはいえ、実戦を踏んだわけではない。どこまで成長できたか判然としていないんだと思う。


 その辺りの感性は、実際に戦って養えば良い。『油断は絶対にするな』と口を酸っぱくして指導したので、ぶっつけ本番でも大きな問題はないはずだ。


 学校の行事ゆえに開会式などもあったが、既知のものと大差ないので省略する。体調不良とのことで、校長の長話はなかったけどね。


 一つ気になったのは生徒会の存在かな。


 先程、生徒会長である男子生徒が挨拶した際、他の生徒たちはかなり熱を上げたんだ。加えて、後ろに控える生徒会メンバーへも声援を送っていた。


 成績上位者しか生徒会には所属できないと知っていたけど、あの熱気は予想外だったよ。成績以外の理由があるのは明白だろう。でなければ、アイドルに向けるような人気の説明がつかない。


 開会式の後、試合まで自由時間となった折。控室へ向かう途中に、オレはエコルに尋ねた。


「何で、あんなに生徒会が人気なんだ?」


「何でって、全部を持ってるからじゃない?」


「全部?」


「成績良し、容姿良し、家柄良し。当然お金も持ってる。ね? 全部持ってるじゃん」


「そういうことか」


 確かに、生徒会の顔面偏差値は高かった。さらに聞けば、会長と副会長の一人が王族で、他メンバーも公爵家や伯爵家の出身だという。それらを踏まえると、人気が出るのも納得できた。


 事実、彼らはアイドルみたいな扱いなんだろう。憧れるけど、身分差のために手を伸ばせない高嶺の花。


「その集団の中に、エコルも加わるわけだ」


「えぇぇ、ものすごく嫌なんだけど。というか、優勝狙いって本気だったんだ」


「そりゃ本気さ。手を抜いたら承知しないぞ?」


「……生徒会への加入って辞退できたっけ?」


 頭を抱え、必死で思考を巡らせるエコル。


 そんな彼女の姿を見て、オレは頬笑んだ。


 良い兆候だ。すでに優勝する前提で考えている。一昨日の彼女ではあり得なかったポジティブさだと思う。訓練のお陰で、無自覚に自信がついたのかもしれない。


 すっかり緩んだ空気のまま、控室に向かうオレたち。もはや、試合前の緊張は残っていなかった。


 すると、一つの声がかかる。


「ずいぶんと、お気楽ですわね」


 声の方に視線を向けると、ラウレアが仁王立ちしていた。


 彼女は、こちらが振り返ったのに合わせて金髪を華麗に掻き上げる。今日も今日とて、見事なドリルヘアだった。


「あなたが優勝を目指すなど、わたくしの耳が異常をきたしたのかと焦りましたわ。その心配はいらなかったようですけれど」


「ど、ドオールさま……」


 ラウレアの威圧的な視線を受け、エコルは身を縮める。相変わらず、彼女が苦手のよう。


 この調子では、まともな応対は難しいか。


 仕方ないと、オレはエコルに代わって口を開く。


「何のご用かな、ドオール嬢。我々は平民用の控室に向かう最中なんだが」


「用事というほどではありません。先程申し上げた内容が偶然耳に入ったため、問い質したくなってしまっただけのことですわ」


 ラウレアは淡々と述べる。


 しかし、その瞳に湛えるモノは激しかった。怒り、疑念、期待、憎悪。そういった激情がい交ぜにくすぶっている。平静を装えていることが、素直に感心できるレベルだった。


 彼女は改めて問うてくる。


「優勝を目指すという言葉、本気なのかしら?」


「本気だよ」


「あなたが助力するので?」


「オレは何もしない。エコルが一人で頑張るのさ」


「バカにしているの?」


「いいや、まったく」


 オレとラウレアの視線が交差する。傍から見れば、バチバチと火花を散らしているように見えるかもしれない。実際は、お互いの思惑を図ろうと探っている感じだが。


 ラウレアが先に視線を外した。彼女はオレの隣で硬直していたエコルを見据える。


「エコルさん。あなたの考えを聞かせなさい」


「あ――」


 有無を言わせぬラウレアの圧力に、エコルは言葉を詰まらせる。


 あたふたと戸惑う彼女はコチラへ救いを求める目を向けてくるが、あえて無視した。ここで手を貸しては、成長に繋がらない。


 オレの助力が見込めないと理解したエコルは、それでもなお、しばらくは右往左往の調子だった。


 しかし、程なくして落ち着きを取り戻す。何度も深呼吸を繰り返し、ようやくラウレアを見据えた。まだ若干手が震えているけど、大きな一歩を踏み出した。


「勝ちます。アタシの未来を望んでくれるヒトがいるから」


 まっすぐなセリフだった。どこまでも直進していくような、強い意思を感じられた。


 今の言葉が、彼女の本心であることは言をまたないだろう。

 それは対峙するラウレアも理解した模様。不機嫌そうに鼻を鳴らし、くるりときびすを返す。


「あなたの意思が確かであることは分かりました。ですが、優勝するのはわたくしです。如何いかな小細工を覚えようと、落ちこぼれのあなたに負けるラウレア・マナロ・ドオールではございません!」


 背中越しに力強く宣言した彼女は、颯爽と去っていった。


 ラウレアの姿が見えなくなって幾許か。直立不動を貫いていたエコルは、へなへなと腰を抜かす。


「び、びっくりしたぁ」


「大丈夫か?」


「ダメ。全然大丈夫じゃない」


 脱力した顔で、そんな弱音を吐く彼女。


 僅かに冗談の色が混じっているので、まったく心配はいらなかった。むしろ、以前よりも図太さが増した印象を受ける。


 大きく息を吐いたエコルは、不思議そうに呟いた。


「でも、どうして、ドオールさまはアタシなんかに声をかけたんだろう?」


「さぁな」


 それに対し、オレは適当な返答をする。


 実際のところは、何となくラウレアの意図を察していた。


 一つは敵情視察。普段とは違うエコルの様子を見て、何かあると予想したんだと思う。ゆえに、情報収集に伺ったんだろう。


 もう一つは、おそらく忠告かな? 生半可な覚悟なら、この場で心を圧し折るつもりだった気がする。先のラウレアからは、『わたくしの立つ戦場を侮辱したら許さない!』といった気迫が見受けられた。


 まぁ、エコルに教えはしないが。


 所詮はオレの推測に過ぎないし、今のエコルに余計な情報を与えても混乱させるだけだ。


 とはいえ、


「気を引き締めて臨めよ」


「分かってる」


 注意喚起は行う。


 落ちこぼれなんて気に留めないのが普通だろうに、しっかり偵察を実行する辺り、ラウレアの優秀さは油断ならないものがある。決勝まで当たらない組み合わせなのが幸いだった。


「エコル・アナンタ! 一回戦が始まる。待機場所まで移動したまえ」


 ふと、廊下の先より、係員であろう教師の声が響いた。


 どうやら、思いのほかラウレアとの問答に時間を食ってしまったらしい。


 エコルはゲンナリと文句を口にする。


「めっちゃ精神的に疲れてるんだけど……」


「諦めて行ってこい」


 背中を押すと、彼女は肩を落としながらも係員の方へ駆けていった。


 ちなみに、エコルの肩にはノマが乗っかっている。念のための護衛だ。試合に手を貸す予定はない。


 それを見届けたオレは、観客席へと向かう。


 エコルが負ける心配はしていない。彼女次第ではあるものの、そう容易く負けないようには鍛えた。


 楽しみなのは周囲の反応だ。


 調べた限り、彼女が史上初・・・となる。かなりの騒動になることは確実で、その情景を思い浮かべるだけで笑みが浮かんだ。


 はてさて、トーナメントはどんな風に踊るかな?

 

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