Chapter14-3 王道(3)

『で、そのエコルという少女は生きているの?』


 エコルの修行を開始して一日半後。いよいよトーナメント戦が始まる前夜に、オレは定時報告の【念話】を繋げていた。


 通信相手はミネルヴァだ。こちらの近況を伝えたところ、前述したセリフが出てきたのである。


 オレは溜息混じりに返す。


『キミは、オレのことを何だと思ってるんだ? ただの訓練で殺すわけないじゃないか』


『ちょっとした冗談よ。あなたは限界ギリギリを見極めるのが上手だもの。そういった心配はしていないわ』


『あのなぁ』


 クスクスと笑声を溢す彼女の反応を受け、肩の力が抜けてしまった。


 そこへ、オルカとニナが加わってくる。


『でも、ミネルヴァちゃんがそう言いたくなる気持ちも分かるよ』


『ゼクスは容赦がない』


『失礼な。ちゃんと、当人の目標に合わせた調整はしてるよ』


 今回は、一日半という短期間で同年代に勝てる実力を身につけること。実に鍛え甲斐のある相手だった。


『じゃあ、件のエコルはどうなったのよ』


 オレが自信満々に答えると、ミネルヴァが呆れを含んだ調子で尋ねてきた。


 それに回答したのはノマだった。彼女はエコルの護衛の真っ最中だが、【念話】にも参加していたんだ。


『ボロボロのボロだよ。とにかく魔術を使わせまくった上、【魔纏まてん】と【翼を与えるスピリット・ライフ】を施して、強制的に再起動させてたからね。……あはは』


『す、【翼を与えるスピリット・ライフ】を解禁したのッ!?』


 ノマとオルカは声を震わせていた。対し、他の面々は困惑気味の態度である。


 そういえば、使用を自重していたから、あの魔法を知るのはノマとオルカだけか。反応が分かれるのも納得だ。


 オレは肩を竦める。


『本当なら【刻外】でじっくり育てたかったけど、無理だったんだ。仕方ないだろう?』


 【異相世界バウレ・デ・テゾロ】どころか、【位相隠しカバーテクスチャ】さえ満足に使えないんだ。【刻外】なんて行使すれば、大陸が丸ごと吹っ飛びかねない。


 一日半という限られた時間で仕上げるなら、無理やり心身を整えるしかなかったんだよ。不可抗力というやつだな。


『そんなことより、そっちの状況を聞いておきたいんだが』


『そんなことで片づけられる話ではない気がしますが……』


 思わずといった様子で呟くシオン。


 おざなりな対応の自覚はあるけど、魔素バランスの関係上、【念話】を繋げていられる時間は少ないんだ。優先度の低い内容は、どんどん省かなくては話が進まない。


 その辺りの事情はみんなも理解していると思う。ゆえに、ミネルヴァは呆れながらも言葉を紡いだ。


『これと言って問題はないわ。あなたの不在は部外者に露見していないし、政務も滞りなくこなせている。危急の外交案件がなかったのは不幸中の幸いね』


『内政は、ボクがいるから大丈夫だよ!』


 彼女の言は正しい。他家の当主との面会や折衝の予定が直近になくて良かった。もしもキャンセルとなったら、さすがに怪しまれただろう。


 自画自賛みたいで複雑な心境だが、今や聖王国や近隣各国において、オレの存在はかなり大きい。西の魔王を誅したというネームバリューは果てしないものだ。


 そのオレが別大陸に拉致られたなんて、公にできるわけがない。大騒ぎは確定で、下手をすると血迷った連中が現れるかもしれない。


 だから、オレの現状はフォラナーダ――とウィームレイ――以外には秘匿にしている。無駄な火種を生むのはごめん被りたいもの。


 今のところは異常がないようで一安心である。


 まぁ、オルカは当然のこと、フォラナーダのみんなは優秀だからな。魔法司級のトラブルが起きなければ、容易く解決してくれると信じていた。


 ミネルヴァは報告を続ける。


『ダンジョンの方も変わりないわ。マリナがずっと深奥に張り付いているのだけれど、“徐々に魔素バランスが変わっている”とのことよ。おそらく、あと四日はかかるでしょう』


『召喚されて、ちょうど一週間か。早いか遅いかは分からないけど、夏休み中に帰れるようで安心したよ』


『その言い振りだと、“刻印”の解体は問題ないのね?』


『嗚呼。魔法の制限がなければ、片手間でも処理できる』


 制限下の現状でも、おおよそ五分の一程度は紐解けたんだ。この見解は間違いない。


『だから、マリナには休息をしっかり取るように伝えておいてくれ。どんなイレギュラーが起ころうとも、一日以上予定が早まることはないんだ。四六時中、ダンジョンに潜ってる必要はない』


『そうね。伝えておくわ』


 話題の切れ目とあってか、会話が一瞬途切れる。


 ちょうど良いタイミングだったので、オレはずっと気になっていたことを問うた。


『一つ訊きたいんだが、どうしてカロンは会話に参加してこないんだ?』


 【念話】が繋がっていないわけではない。繋がっているにも関わらず無反応のため、気になったんだ。


 実はスキアも同じ条件だったりするけど、彼女は積極的に話すタイプではないので心配していない。


 すると、


「「「「「あー」」」」」


 カロンを除く全員が一斉に声を上げた。タブーに触れてしまったかのような、気まずげな空気が流れる。


 えっ、何ごと? 何か地雷を踏んだのか?


 オレが困惑している中、とうとう彼女・・が口を開いた。


『お兄さま』


 カロンである。【念話】越しでは特段変わった調子を感じられないが、何があったんだろうか?


 ゴクリと唾を呑み込み、緊張した面持ちで続くセリフを待つ。


 彼女は語る。


『む、無理は承知でお願い申し上げるのですが、で、できるだけ早く、き、帰還なさって、く、くださると、わ、わたくしは嬉しい、で、です』


「あー」


 オレは【念話】ではなく、実際の声を漏らした。ミネルヴァたちと同様、かつ得心を大いに含んだそれを。


 カロンの言葉は震えていた。スキアとは方向性と異なる、イントネーションも怪しいレベルのどもり方をしていた。


 それを聞いただけで、彼女の身に何が起こっているのか察しがついたよ。


 禁断症状だ。オレと長く接触できないせいで、我が妹は言語能力に支障をきたし始めたんだ。


「そうか。三日も持たなかったか」


 眉間に指を当て、天を仰ぐ。


 禁断症状自体は予想の範疇だったものの、進行が早かった。たぶん、別大陸に召喚されるなんてイレギュラーすぎる状況が、彼女の精神に負担をかけてしまったせいだろう。


 カロンの名誉のためにフォローしておくと、事前に離れると知っていれば、一ヶ月くらいは耐えられるんだ。今回が特殊なだけである。


 ……背に腹は代えられないな。


 オレは即座に行動を起こす。『シャイベ』経由で小さな【位相連結ゲート】を展開。そこに右手のみを突っ込み、カロンの頭を撫でた。


「ひゃあ!?」


 彼女とみんなの驚愕の声が耳に届くけど、努めて無視する。時間は僅かだし。


 ほんの五秒ほどのボーナスタイムを終え、早々に【位相連結ゲート】を閉じた。それから、【念話】に戻る


『まだ帰れないけど、頑張ってくれ、カロン』


『ふ、ふぁい』


『じゃあ、明日も同じ時間に【念話】するから』


 そう締め、本日の定時連絡を終わりにした。『シャイベ』に追加の魔力を補充するのも忘れない。


 【位相連結ゲート】を繋げるのは、かなり無謀な試みだった。だが、弱る妹を放置する方が、オレには難しい判断だった。ゆえに、五秒ほど頭を撫でた。


 窓の外に目を向ければ、以前と同じように嵐が生まれつつある。


 ――いや、それだけではない。さらに遠くを見れば、一目でヤバイと分かる巨大竜巻が発生しようとしていた。あのまま放っておくと、数十キロメートル規模に成長しそうである。


「後始末しますかー」


 やったことの責任は、きちんと取らないとね。


 空模様の変化なのは幸いだったよ。噴火や地震だったら、割と面倒くさかったし。


 腰に差した短剣を引き抜き、オレは部屋の外へと足を踏み出すのだった。






 ちなみに、【位相連結ゲート】レベルのバランス崩壊が小規模で済むはずもなく、その晩は眠る暇もなかった。


 まさか、大陸中を走り回ることになるとは……。真面目に、【位相連結ゲート】は最終手段だと痛感した。

 

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