Chapter14-3 王道(2)

 やってきたのは、オレが召喚された草原。学校のある孤島の東端だ。見渡しが良いのは難点だが、広く暴れやすいのは訓練向きである。


「とりあえず、今のエコルの実力を知りたい。できることを教えてくれ」


 オレがそう指示を出したところ、エコルは慌てた様子で声を荒げた。


「ち、ちょっと待って! 流れで連れてこられたけど、一体全体どういう状況?」


「どういうって、明後日のトーナメントに向けた訓練だが?」


 連行前に、しっかり『優勝させる』と伝えたではないか。


 怪訝に首を傾ぐと、彼女は何故か頭を抱えてしまう。


 それから「まだ言ってなかったじゃん」と呟き、悔しさと諦めを混ぜた嘆きを漏らした。


「アタシ、本当に落ちこぼれなんだ。全然、魔術を使えないの。だから、いくら訓練したって無駄だって。優勝どころか、誰にも勝てないよ」


「使えない?」


「文字通り使えない。できても、小粒程度の火や水を生み出すくらい」


「うーん?」


 彼女の発言を耳にしたオレは、腕を組んで盛大に首を捻った。


 魔術とは儀式魔法の発展型だ。手順に沿って代価を払えば、誰にでも同等の効果をもたらせる術のはず。だのに、まったく使えないなんて意味が分からん。


 エコル自身や彼女の周囲は『才能がない』と断じて思考を止めているようだけど、これは魔術業界的に解き明かすべき案件ではないかな?


 実験中に失敗が起きた場合、そうなった原因を究明するものだ。原因不明のままだと、何かの拍子に動揺の失敗が起こるかもしれないんだから。


 エコルと同じ状態に誰もならないとは断じられない。魔術の根底を揺るがしそうな状況を放置するのは、非常に阿呆な判断だと言わざるを得なかった。


「アタシも、できる限りは頑張ったんだよ――」


 その後に続く説明で、彼女も彼女なりに努力は続けていたと分かる。それでも微塵も成長できず、周囲から落ちこぼれと揶揄やゆされ続け、色々と諦めてしまったようだった。


「勉強自体は続けてるけどさ。正直言って、惰性感は拭えない。疲れちゃったんだ」


 そう言って乾いた笑声を溢すエコルを見て、ふと思う。


 これ、カナカ王国側の思惑も混じってんじゃね? と。


 エコルの存在を闇に葬りたいかの・・国にとって、彼女が落ちこぼれであることは利点だ。勝手に潰れてくれれば良し。持ち堪えても、ひっそり消しても問題ない人材となる。


 少なくとも、その手の研究者が接触するのを阻む裏工作はしているかもなぁ。


 余念のない手回しだ。これほど暗躍できるのなら、そもそも落胤らくいんを見落とすなよと物申したいよ。


 内心で呆れつつ、項垂れるエコルに問う。


「オレを召喚する時はどうしたんだ?」


「何故か、普通に成功した」


「『何故か』って……」


 まったく参考にならない意見をありがとう。


 キョトンとした表情を浮かべているため、彼女から所感を窺うのは難しいだろう。


 であれば、実際に魔術を行使する姿を観察するしかないか。


 制約下なので魔眼は使えないが、実物を目の当たりにするのと伝聞とでは情報量が異なる。百聞は一見に如かず、である。


「じゃあ、魔術を使ってるところを見せてくれ」


「で、でも……」


「失敗してもいいから」


「えー」


「ほら、早く」


「わ、分かった。分かったから」


 オレが執拗に要求すると、観念した彼女は両手を挙げて降参した。


 ハァと重い溜息を吐いた後、懐より小枝の如き杖を取り出して精神を集中させる。


 そして、杖を振ると同時に呪文を唱えた。


「【クリエイトウォーター】」


 直後――


 “ピチョ”


 と、虚しい音が小さく鳴る。


 小指の先ほどの水滴が、彼女の前の地面に落ちたんだ。


「ふぅぅ。良かった。成功した」


 エコルはとても安堵した様子だった。水滴を生み出すだけでも、彼女にとっては十分成功の部類らしい。


 なるほど、これは酷い。覚悟はしていたけど、実際に目撃すると衝撃的だな。


 術の効果量もることながら、この程度の事象を発生させるために支払った体力が、全然釣り合っていなかった。たった一滴の水を生み出すのに、彼女は肩で息をするほど消耗しているんだ。コスパが最悪すぎる。


「どう思う?」


 オレは右肩に乗る相棒へ意見を求めた。


 精霊であるノマは、魔法を使わないオレよりもが良い。


 彼女はアゴに一本の人差し指を当て、悩ましげに答えた。


「専門外だから確かなことは言えないけど、代価を支払うまでの過程は問題なかったと思う」


「やっぱり、問題は術を発動させる瞬間か」


「たぶんね」


 オレとノマの意見は一致していた。


 魔術の起動段階は良かった。体力を削るまでは、順調に術を進行させられていた。


 しかし、いざ発動する瞬間になって、急激に出力が低下したんだ。完成間近だったホールケーキが、突然一枚のクッキーに変貌してしまった感じである。


 いくつか問答を交わすオレたちだったが、結局は情報不足という結論で落ちついた。さすがに、一度の観察で判断するのは難しかった。


「エコル。もう一度頼む」


「えっ、あ、うん」


 息を整えていた彼女に、再度魔術の発動を要求する。


 その後、オレたちが答えに辿り着くまで、魔術行使とその観察を何度も繰り返した。









「キミに才能がないのは事実だった」


「……そっか」


 十回ほど魔術の観察を続けた結果、そう断言できた。


 それを聞いたエコルは、ゼェハァと息を荒げながら肩を落とす。


 とはいえ、落ち込むのは早い。今のは前提にすぎず、語るべき内容はまだ残っているんだから。


「ただ、『どうして魔術が失敗するのか』、『どうすれば、それを解決できるか』は導き出せたよ」


「えっ!?」


 案の定、エコルは食い気味に声を上げた。あまりの驚愕に自身の疲労を忘れたのか、乱していた呼吸を止めている。


 もったいぶる意味もないため、オレは順を追って説明を始めた。


「まず、エコルが魔術を失敗させてしまう原因だ」


「才能がないからじゃ?」


「どの部分に才能がないのか、具体的に判別できたんだよ」


「部分……?」


 ピンと来ないようで、エコルは首を傾いだ。


 オレは僅かに思考を回し、説明を続ける。


たとえるなら……料理がいいか。料理が下手くそなヒトでも、全工程が下手なことは少ないんだ。食材の目利き、食材のカット、焼き加減、調味料の分量など。複数ある項目の中で、いずれかが下手という場合が多い」


 ちなみに、カロンは焼き加減が致命的に調整できないので、何を作っても固形物に成り果てる。


 ようやく理解が及んだのか、エコルは得心の声を漏らした。


「魔術を発動するまでのどこか・・・に、アタシの苦手があるってこと?」


「その通り。キミが致命的に下手なのは、『結果を受け取ること』だ」


「『結果を受け取る』?」


「魔術って、大雑把に区分すると三工程になるんだ。最初は『代価を支払う』工程、二番目は『結果に変換される待機時間』、最後が『結果を受け取る』工程」


 注文し、完成するのを待ち、商品を受け取る。商品が魔術で、注文相手が世界という部分は特殊だが、商売と大差ない。


 とはいえ、彼女には少し難しい話だった模様。眉間に指を当てて、おもむろに思考を整理していく。


「えっと……つまりアタシは、注文はちゃんと出来てるけど、商品を受け取れてない?」


「そうだ。キミは、受け取るのが下手くそ。その部分のみ、才能が皆無なんだ」


 キャッチボールを思い浮かべると、理解しやすいか。普通のヒトは、最初は距離感を掴めないものの、繰り返していくうちにボールを受け止められるようになる。


 だが、才能がないエコルは、一向に受け止めるコツを掴めないんだ。取りこぼすか、そもそも受け取れないかの二択。


 エコルは、恐る恐る問うてくる。


「その理屈で言うと、アタシは一生魔術を使えなくない?」


「一生は言いすぎだけど、普通のヒトのようには扱えないだろうな。それくらい、致命的すぎるほど才能がない」


「……」


 こちらの言葉を受け、ガックリと項垂れる彼女。


 失敗した、言い方が意地悪すぎたか。


 直截に言いすぎたと理解したオレは、努めて明るく続けた。


「でも、そんなエコルでも、しっかり発動できる魔術がある」


「ほ、本当に?」


「嗚呼。手で受け止めるのが無理なら、全身で受け止めればいい」


 何とも頭の悪い理論だが、短期間で実力をつけるなら、この方法しかなかった。


 まぁ、それでも、今までロクに魔術の使えなかった彼女は、習得にかなりの時間が必要だろう。その辺りは、努力・・で補ってもらう他ない。


 しかし、きっと大丈夫だ。魔術がきちんと使えると聞いたエコルは、やる気に満ち溢れているんだから。


「主殿は詐欺師の才能もあると思う」


「失礼な。成果は得られるんだ、詐欺じゃないよ」


 ノマに半眼を向けられてしまったけど、気にしない。


 そこから一日半。すべての時間を費やして、オレはエコルを鍛えるのだった。

 

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