Chapter14-3 王道(1)

 午後一の授業には、何とかギリギリで間に合った。エコルが四つん這いになるほど疲弊してしまったけど、遅刻扱いにはなっていない。セーフである。


 今回は魔術の実技のため、集合場所は訓練場だった。そのスペースはとても広く、東京ドームくらいはありそうだ。


 ただ、特別な効果処理等は見当たらない。多少は丈夫な建材を使っているようだけど、整備された大地が広がるだけのグラウンドだった。


 おそらく、この程度の設備で十分なんだろう。彼らが扱うのは魔法ではなく魔術。その威力はあまり高くない上、持久力もないんだから。


 そも、魔道具が発展していない大陸だ。物理的に頑丈にする以外の手段がなかった。


 一方、訓練場の無駄な広大さは疑問だと思う――が、それは目前に答えがあった。


“グルルルルルルルル”


“ァオーン”


“シューラララララ”


 虎サイズの犬やゾウに似た生物、三メートルはあろう蛇など、巨大な魔獣が何体も存在した。


 あれらは生徒たちの使い魔である。例に挙げたものの他にも、クマや鳥、虫などなど、多種多様な魔獣が跋扈ばっこしていた。


 この学校の実技は、使い魔とともに行うものらしい。実戦もペアが基本だからだとか。


 つまり、中にはサイズの大きい使い魔を手に入れる生徒もいるので、訓練場は広く設計されていたんだ。


「何というか……今までで一番のカルチャーショックだよ」


「同感だね」


 オレとノマは、感心と困惑をい交ぜにした声を漏らす。


 オレたちにとって、魔獣とは人類の敵だ。如何いかに飼いならそうと努力しても、絶対に懐くことのない生物たち。こうして人間と魔獣が寄り添う光景は、その常識を打ち砕くものだった。


 なら、どうやって彼らは契約を結んだのかって?


 秘密は“刻印”にある。召喚者と命を繋ぐ以外にも、効果が搭載されていた。召喚した魔獣に、多少の理性を与えるという効果がね。


 これは魔獣限定に働くものらしい。オレやサザンカの“刻印”では、非活性状態になっていた。


 そんなわけで、魔獣側は割と大人しく契約を受け入れるらしい。無論、無茶な契約内容だったり、そもそも召喚者を認めないなんて事案もあるようだが、おおむね流れ作業で終わるとのこと。


 うーん。利便性等は圧倒的に魔法が上だけど、ところどころで魔術が上回るんだよなぁ。少なくとも、魔獣に理性を与えるのは、こちら側だと精神魔法にしか出来ない。


 まぁ、ピーキーなのは事実。だからこそ、オレたちの大陸では廃れたんだろう。創作物では偏った能力が好まれるけど、現実はバランス型の方が優秀だ。


 嗚呼。カロンたちは別だぞ。彼女らは平均が高いことに加え、得意分野が尖っているんだ。ピーキーとは異なる。


「注目!」


 オレが益体のないことに思考を回していると、一人の男性が大声を上げた。十中八九、この授業の担当教師だろう。


 彼は大変骨太な体格をしており、軍人然とした雰囲気もまとっている。鬼教官の言葉が良く似合った。


「うあぁ」


 隣のエコルが、何やら情けない声を漏らした。


 見れば、露骨に嫌そうな表情を浮かべている。


「苦手な先生なのか?」


「厳しいから……」


「なるほどね」


 その一言で、だいたい察しがついた。


 エコルは落ちこぼれらしいから、あの教師に毎度怒られまくっているんだと思われる。そりゃ、苦手意識も抱くよ。


 鬼教官は声を張る。


「本日は、諸君らが使い魔を得た後、初めて行う魔術の実技だ。今までとの差を強く実感してもらいたいため、模擬戦を実施したいと思う。戸惑う部分も多いだろうが、まずは体当たりで望みたまえ」


 彼の授業方針を聞き、生徒たちは湧いた。よっぽど使い魔と一緒に戦うのが嬉しいのか、その騒めきは大きい。


 というか、初っ端から模擬戦とは、かなり脳筋だな。オレなら、もう少し慣らしの期間を設けるが……言っても仕方ないか。オレは魔法師であって魔術師ではない。彼らには彼らのやり方がある。


「では、各自、ペアを組んで始めたまえ!」


 鬼教官がそう宣言すると、生徒たちは一斉に動き始めた。近場にいる友人に声をかけ、続々と試合を開始する。


 一気に、訓練場が騒音に包まれた。あちこちで魔術が飛び交い、魔獣がドッタンバッタン暴れ回る。


「あれが魔術か」


 周囲の模擬戦を観察し、そんなセリフを口の中で転がす。


 知識は深めていたが、実物を目の当たりにするのは初めてだった。これまでは、見る前に倒していたからなぁ。


 とはいえ、知識と実物の差は小さい。使われている術は、魔法と違わぬ四属性。威力、発動までの待機時間、使用ごとの疲労具合も想定の範疇。差異があっても、誤差で収まる程度だ。


 首席だというラウレアは良い筋をしているが、それでも予想は上回っていない。


 すぐに結論は出た。どう足掻いても、魔術は魔法には勝てない。やはり、代用品で発動するのは効率が悪すぎる。


 しかし、使い魔次第では、まだ可能性はあるかな。強い魔獣と協力して戦えば、勝ちの芽は出てくると思う。


 となると、オレが今後注意すべきは使い魔だな。未知の攻撃には気を付けなくてはいけない。


 魔法が十全に使えたら、色々と解析して対抗策を用意しておけるんだけど、ないものネダリをしても仕方ない。今はできるだけ情報収集をしよう。


 そう気持ちを改めて、模擬戦の様子を観察するオレ。


 そこでふと、気づく。


「エコルは戦わないのか?」


 隣にはボーッとエコルが立ち尽くしたままだった。


 彼女は苦笑する。


「アタシとペアを組んでくれるヒトなんて、誰もいないし」


「そういう時は――」


 教師が相手をしてくれるものでは? と言いかけて中断した。


 そういえば、この子は教師からも冷遇されているんだった。


 チラリと鬼教官の方を見たところ、こちらを気にかけている様子は一切ない。ポツンと立つオレらは、相当目立っているはずなのに。


 姿は大柄でも、器は小さい男のみたいだ。


 今のオレに出来ることはない。強引に言うことを聞かせるのは可能だけど、根本的な解決にはならないし。


 腐った学校の内情に辟易へきえきしつつも、オレはエコルとともに模擬戦の観察を続けた。






 授業の終わり。エコルを除く生徒たちが疲労で息を荒げる中、鬼教官は最後の通達を行った。


「明後日は、恒例のトーナメントが開催される。諸君たちの実力を公に見せる初の機会だ。心してかかるように!」


 彼のセリフに、生徒一同が気合を入れた反応を示す。


「トーナメント?」


 オレが首を傾ぐと、エコルが答えてくれた。


「毎年行われる実戦形式の試合だよ。使い魔を呼んだばかりの四学年全員が参加するんだ。お披露目会みたいな? 優勝すると、生徒会に入れるらしい」


「危なくないか?」


 今回の模擬戦でも感じたけど、彼らはまだまだ使い魔とのペアプレイに慣れていない。大規模なトーナメント戦は時期尚早だと思うが。


「伝統行事だからね。ちなみに、強制参加だから、アタシも出なくちゃいけない」


「はぁ? でも、キミは……」


「そう、使い魔がいない。初戦敗退は確定さ」


 笑みを浮かべるエコルだったが、そこに含まれるのは諦めが大半だった。


 昨晩、彼女の意識改革をしようと決めていた。見過ごすわけにはいかない。ここは一肌脱ぐべきだろう。


 といっても、オレが使い魔として参加するという手段は取らないぞ。


「よし。それなら特訓だ。オレがキミを鍛えてやろう」


「へ?」


「目標は……どうせなら優勝だな。頑張ろう!」


「お、おー?」


 エコルはこちらの発言を理解し切れていないようだけど、今は時間が惜しい。試合は明後日。一日半しか残されていないんだからな。


 オレは彼女の手を引っ張って、さっさと訓練場を後にした。


 最後、ノマが『ご愁傷さま』とか口にしていたが、努めて無視する。気にしない気にしない。


 さぁ、気合を入れて鍛えるぞー!

  

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