Chapter14-1 新大陸(2)

「ご機嫌よう」


 ある程度近づいたところで、オレはそう挨拶をする。勝手に呼び出された怒りはあれど、微塵も面には出さない。ここで感情に従っても、何の利益にもならないからだ。


 対する男はビクリと肩を揺らし、頬を若干引きつらせた。――が、やはり取り乱す様子はない。冷静に、こちらの振る舞いを観察しようとしている。


 警戒も怠っていないな。触媒なのだろう杖を握り締めている上、彼の使い魔らしき小さな鳥も上空を旋回している。


 魔力を保有していないので正確な強さは測れないけど、それなりに熟達した使い手なんだろう。


 一見すると細身の優男なんだが、見た目で判断はできないものだ。


 オレは両手を肩の辺りに掲げ、無害であることをアピールする。


「難しいかもしれないが、そう身構える必要はない。敵意さえ向けなければ、こちらから手を下すことはない」


「……生徒たちを襲っておいて、信じられませんね」


 生徒、ね。


 同一のローブを身につけていること。大人一人に対して、子ども多数の集団。なるほど、彼らは教育機関の一クラスというわけか。オレを呼び寄せた辺り、使い魔を呼び出す授業が組まれていたんだと推察できる。


 また、大きな湖とは反対側に、五本の白い塔からなる巨大な建物が存在した。あれが彼らの学び舎なんだろう。


 警戒を解かない男に、オレは肩を竦める。


「おいおい、あちらから襲ってきたんだ。多少の反撃は許してほしいね。それに、本気の攻撃じゃなかったから手加減もした。誰もケガは負ってない。その辺を理解してたからこそ、静観してたんだろう? 最初は呆気に取られてしまってただけかもしれないが」


「それは……」


「教師として生徒の安全を第一に考えるのは立派だが……チッ」


 言葉の途中で、オレは舌を打った。どうやら、質問の時間は一旦お預けのよう。


「嵐か」


「何を言って――」


 教師の男がセリフを言い切ることはなかった。彼の頭に、ポツリと一滴の水が落ちたために。


 彼は空を仰ぐ。オレもチラリと上空を窺った。


 オレたちの頭上は、ドス黒い雲に覆われていた。ゴロゴロと雷鳴を響かせる、超巨大な積乱雲が渦巻いていた。


 教師は目を見開いている。先程まで快晴だったのに、とでも考えているんだろう。


 急激な天候の変化は、オレが魔法を使った影響だ。探知術、【位相隠しカバーテクスチャ】、【位相連結ゲート】、【念話】を使ったゆえに、嵐という形で魔素のバランス崩壊が現れたんだ。


 放置するのは危険だな。


 最初の探知で把握していたが、ここは巨大な湖の中心に浮かぶ島なんだ。湖の周囲はナイアガラを彷彿とさせる滝で囲まれているため、大雨一つで沈没確定である。


 何でそんな危険な場所に学校を? と思わなくもないけど、たぶん普段は小雨程度しか降らない地域なんだと思う。魔素の崩れが気候変動を起こしたと考えられた。


 そうこうしているうちに、雨脚がポツリポツリと早まっていく。加えて、頬を撫でる風の勢いも増していった。まだ“多少強い雨”程度で済んでいるが、数分も経たずして大嵐に変貌するはずだ。


「み、みんな。早く校舎へ避難をッ」


 こちらの存在など忘れ、大慌てで生徒たちに指示を出す男。うん、良い教師だ。


 自分が引き起こしたトラブルだし、良い教師を困らせるのは忍びない。ここはオレが対処しよう。


 魔法制限下で出来ることは限られている。しかし、嵐を止めるくらいは問題なかった。


「【身体強化】を三倍まで使えるなら十分」


 『シャイベ』を使う際、一緒に取り出しておいた愛用の短剣二本。それらを腰の鞘から抜き、流れる仕草で上空へと斬り上げた。


 筋肉を最大限まで活かして放たれた一撃は、剣先より衝撃波を生み出す。その斬撃は空を裂いて突き進み、最後は天を支配する分厚い雲をも真っ二つに割った。


 そして、同様の攻撃を数度繰り返し、黒い雲を一片も残さず霧散させる。


 よし、これで嵐は回避できたな。


 オレは満足げに頷くと、男性教師の方へ視線を戻した。


「話を聞いてくれるかな?」


「よ、喜んで」


 若干脅迫染みてしまった気がするけど、まぁ良いさ。結果良ければすべて良し!


 すると、彼は恐る恐る問うてくる。


「お話の前に、生徒たちを校舎に帰しても良いでしょうか?」


「ん?」


 見れば、オレたちに襲いかかった少年ら全員が、顔を真っ青にしていた。


 もありなん。からかおうと軽く考えていた相手が、嵐をぶっ飛ばす化け物だったんだ。今さらながら、自分たちの愚かさを痛感したんだと思う。


 オレは適当に手を振る。


「構わないよ。彼らに用はない」


「ありがとうございます」


 教師は礼を告げてから、生徒たちに「授業は終わりだ、解散したまえ」と声を掛けた。


 途端、脱兎の如く校舎へと逃げ出す生徒たち。元気いっぱいだ。


 ところが、一人だけこの場に残っていた。オレを召喚した赤毛の少女である。


 彼女は呆然とした様子で口を開いた。


「あんた、何者なの?」


 そういえば、未だに名乗っていなかった。事情を聞く前に、自己紹介をしておくべきか。


 オレは居住まいを正し、少女と教師に向けて語り聞かせる。


「オレの――私の名はゼクス・レヴィト・ガン・フォラナーダ。こことは別大陸に存在するカタシット聖王国のフォラナーダ伯爵領を預かり、同時に侯爵位も拝命している者だ」


 身分が詐称ではないと示すため、公式に近い名乗りを上げる。


 ただ、少女は貴族に関わる常識に疎かったよう。こちらに『本当に貴族?』と疑わしげな視線を向けていた。


 別大陸ゆえに、貴族の作法が大きく異なるわけではない。男性教師の方は、顔色が青を通り越して白くなっているもの。


「オレは名乗った。そろそろ、現状の説明をしてくれるかな?」


「し、承知しました」


「オッケー。あっ、アタシも説明に加わっていいよね? 元はといえば、アタシが原因なんだし」


 震えた声で返事する教師に対し、少女はあっけらかんとした様子。


 貴族だと信じていなかったとしても、あれだけの実力を示したんだ。普通は怯えるところだろうに、こうも平然としていられるのは驚きである。肝が太いどころの話ではなかった。


 まぁ、最初の謝罪を考慮すると、少女なりに責任を取ろうと必死なんだろう。彼女の言う通り、事の元凶ではあるが、その心根は素直に感心できるものだった。


「好きにしてくれ」


「分かった、好きにする」


 彼女はニッコリ笑うと、両手をポンと合わせた。


「こっちはまだ名乗ってなかったよね。アタシの名前はエコル・アナンタって言うんだ。よろしく!」


 そう言って、少女――エコルは片手を差し出してくる。握手をしたいらしい。


 何となく、彼女の性格が掴めてきた気がした。絶対に、周りを振り回すタイプだな。


 オレは苦笑を溢し、その手を握った。


「嗚呼、よろしく」


 ……うん。握手しただけで契約が交わされることはないみたいだ。きっちり文言を整えないと契約が結ばれないことは知っていたとはいえ、少し緊張してしまった。


 内心で密かに安堵しつつ、オレは教師に向き直る。


「さて。開幕から脱線してしまったが、話し合いを開始しよう」








 エコルと男性教師――ロクーラの説明は、それほど長くはなかった。


 ここが儀式魔法を発展させた別大陸であること。大陸のすべての人間は、十六なる年に使い魔を召喚するのが慣例となっていること。ここは大陸中の子どもが通う学校であり、その授業で使い魔を呼び出すこと。魔力はまったく認知されていないこと。


 おおむね事前の予想と大差なかった。


 新しく得られたのは、こちらの魔法師は“魔術師”と呼ばれていることくらいか。儀式魔法も魔術という名称だという。


 ただ、召喚主と被召喚者が一蓮托生であることは、二人とも知らなかった。一般には公開されていない情報だったようで、真偽を疑われてしまった。


 ロクーラは頭を下げる。


「私は魔獣学の専攻なので、召喚術の細かい部分は知らないのです。申しわけありません」


「本当にそんな機能があんの? アタシ、聞いたことないんだけど」


「間違いない」


 未だ疑わしげなエコルに、オレは即答で断言した。


 改変作業は遅々として進んでいないが、解析はすでに終わっている。エコルが死ぬと道連れになるのは、厳然たる事実だった。


 だからこそ、ノマに彼女の護衛を続けてもらっているんだ。


 ちなみに、ノマの姿は二人に見えていない。それどころか、声さえも聞こえていないようである。おそらく、体内の魔力がゼロだからだろう。魔力体を感知する能力が、一切備わっていないんだと思われる。


 とりあえず、二人より情報は聞き出し切った。


「あとは、学校とやらの資料をあさるかな」


 オレがそう呟くと、エコルが何故か目を輝かせた。


「えっ、学校に来てくれんの?」


「当然だろう。道連れの術式を外すまでは、キミの傍からは離れられない。その間は護衛をしつつ、情報収集するつもりだ」


「そっか」


 小さくガッツポーズを取る彼女。


 何がそんなに嬉しいのか、不思議でたまらなかった。


 オレが首を傾げていると、ロクーラが耳元で囁く。


「えっと、エコルさんは訳あり、かつ成績の芳しくない生徒でして。その……何と申しますか……」


「ボッチなのか」


「……ええ」


 納得である。


 勝手に呼び出したことへの謝罪は本心だが、それとは別に、一緒に学校生活を送る者ができたことが嬉しいんだろう。


 しかし、訳ありねぇ。何となく嫌な予感がしてきたぞ。


 訳ありの部分については、彼の口からは語れないらしい。公然の秘密であっても、そこは厳守しなくてはいけないんだとか。ますます、不穏な気配だ。


「早速、校内を案内してあげる。付いてきて!」


 スキップを踏みながら、校舎へ向けて駆け出すエコル。


 そんな彼女の背中を、オレたちは歩きながら追いかけた。


 道中、ロクーラは言う。


「私は、校長にあなたの素性を伝えてきます。おそらく、お呼び出しする流れになるでしょう」


「だろうな。校長は別大陸の貴族と聞いて、信じられる口か?」


「どうでしょう? どちらもあり得そうですね……」


「そうか」


 曖昧な彼の反応を受け、頑固者の可能性が高いと悟る。用心はしておこう。


「お呼び出しする際は、私の使い魔がご案内しますので、よろしくお願いします」


「嗚呼、あの小鳥だな」


「はい。撃ち落さないようお願いいたします」


 こちらの存在に慣れてきたのか、ロクーラは最後に茶目っけを見せた。やはり、度胸が良い。


「何してんの? 早くー!」


 エコルの催促の声を耳にしながら、オレは少しだけ歩みを早めるのだった。

 

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