Chapter14-1 新大陸(1)

 オレ――ゼクスは二十人前後の人間に囲まれていた。一人を除く全員が十代半ばの少年少女たちで、全身を覆う大きめのローブとトンガリ帽子エナンを身につけている。


 彼らを見て抱いた最初の感想は『サバトかよ』だった。何せ、少年らの格好が、まんま前世でイメージする魔法使いだったから。


 まぁ、周囲の景色は、風光明媚だったけども。爽やかな風の吹く草原で、白亜の塔や巨大な湖も窺える。


「ひ、ヒトが呼び出された?」


 目前にいた赤毛の少女がそう動揺を口にしたのを皮切りに、他の有象無象たちも騒がしくなった。


「あははははは。落ちこぼれが人間を呼び出したぞ!」


「やっぱり、落ちこぼれは落ちこぼれだな」


「どうせ小物でも呼び出すんだろって思ってたけど、まさか魔獣ですらないとか」


「ある意味、大金星だな。人間を呼び出すなんて史上初じゃね?」


「でも、人間じゃ壁にならねーじゃん。魔術師・・・として終わったも同然っしょ」


「きゃはは、それは前からでしょ」


「言えてる」


 耳障りな雑音ノイズだった。嘲りを多分に含んだそれは聞くに堪えない。


 気になる単語は聞こえたが、あれらは無視しよう。それよりも、現状確認が優先である。


 オレは探知術を最大展開した。


 自分が転移系の魔法を食らったのは間違いない。現在地の把握は、何よりも重要なことだった。ものすごく嫌な予感を覚えているのも、これを急いだ要因だ。


 そして、懸念は的中した。


「マジかよ」


 驚愕の声を口内で転がす。思わず、口調が崩れるほどの衝撃だった。


 今のオレは探知術で大陸一つを網羅できるんだが、得られた情報はまったく見覚えのない地形だったんだ。限界まで魔力を伸ばそうと、覚えのある場所が見当たらない。


 周囲にいる人間たちのとある特徴・・・・・と鑑みて、もはやこの結論を下すしかないだろう。


 ここは――


「ねぇ、大丈夫?」


 オレが思考を回している最中。ふと、一番近くにいた赤毛の少女が声を掛けてきた。この場で唯一、嘲笑を浮かべていない子だ。


 容姿は結構良い。カロンたちには及ばないけど、十分美女の部類だ。おそらく一、二歳は年下。身長は百七十くらいあり、手足がスラリと長いスリムな体型。ミディアムヘアを短いポニーテールに結わえている点や勝気そうな眼差しより、活発な性格が窺い知れる。


 こちらが視線を向けると、彼女はガバッと体をくの字に曲げた。


「勝手に呼び出してごめんなさい! 言いわけのように聞こえるかもしれないけど、わざとじゃないのッ。アタシは魔獣を呼びたかったのに、何故かあんたを呼び出しちゃったみたいで……って、これじゃ言いわけじゃん。と、とにかく、どうにかして故郷に帰してあげるから。いや、まぁ、アタシって貧乏だから、ちょっと時間はかかっちゃうけど、それでも絶対に帰してあげるから安心して!」


 どこに安心できる要素があるんだろうか?


 どうやら、彼女がオレを呼び出した張本人らしい。わざとではないことは、彼女の慌てぶりから察せるし、きちんと責任を取ろうとするところに好感は持てる。――が、明らかに責任を果たせる能力がなさそうである。


 というより、彼女に限らず、誰であってもこの問題は解決不可能だろう。海を渡る手段なんて、この世界の人類は確立できていないんだから。


 そう。オレが今いる場所は、フォラナーダのある地とは別大陸にあった。覚えのない地形もそうだが、この場に集うオレ以外の人間は、魔力を有していないんだよ。


 他にも別大陸だと断じる理由は複数あるが、この二点だけでも確定的だった。


 少女の話も総合すると、ここはレクスの故郷に違いない。儀式魔法――召喚術が独自発展した大陸だ。使い魔として、オレは呼び出されたことになる。


 ……うん。左手の甲に“刻印”があった。いくらかデザインは違えど、術式はほとんど・・・・同じである。


 これの対処は後回しだな。それよりも大事なことが処理できていないもの。


 どんな事項よりも優先されるのは、カロンたちに無事を伝えることだった。


 彼女たちの目の前で召喚されてしまったんだ。今頃、向こうは大騒ぎだろう。


 連絡手段があるのかって?


 実はあるんだなぁ、これが。


 オレは【位相隠しカバーテクスチャ】を開き、必要なものを取り出す。


 一つは、我が相棒たる土精霊のノマだ。


 手のひら大の彼女は、慣れた手際でオレの右肩に乗った。


「どうしたんだい、主殿?」


 状況を把握していないので、普段通りの調子で問うてくるノマ。


 しかし、さすがは精霊と言うべきか。すぐに環境の違い・・・・・に気が付いたよう。円らな茶色い瞳を大きく見開く。


「は? おいおいおい。主殿、ここはどこだい?」


「別大陸」


「はぁ!?」


 こちらの簡潔な返しに素っ頓狂な声を上げる彼女。


 ちゃんと説明したいところだけど、時間的な余裕もないので構っていられない。


 オレは周囲警戒を一方的に頼み、次は魔道具を取り出した。


 全長三十センチメートル程度の円盤である。スイッチを入れたそれを、射程範囲ギリギリに開いた【位相連結ゲート】の向こう側に放り込む。同じ作業を何度も繰り返した。


 この円盤は何なのか。分かりやすくたとえると中継機だ。携帯電話における電波塔のように、オレの魔力の有効範囲を広げてくれる便利道具なんだ。充填した魔力で高高度に浮いてくれるため、第三者に破壊される心配も少ない。


 唯一の難点は、稼働限界時間が短いことかな。一時間以上起動したままでいると、落下する危険性が生まれてしまう。


 円盤魔道具――『シャイベ』のお陰で、探知範囲は大きく広がった。大陸を飛び越え、大海原をも超えていく。


 そうしてようやく、オレが元々いた大陸の発見に成功した。


「げっ」


 小さく悲鳴が漏らしてしまう。


 転移と同時に夜から朝に変わっていたので、何となく察してはいたけど、ほぼ裏側の位置ではないか。だいたい、日本とアメリカの距離感だ。レクスも赤毛の少女も、よく召喚術を繋げられたな。


 探知が届けば、こちらのものである。


 オレはカロンたち主要メンバーおよびフォラナーダ幹部へ、同時に【念話】を繋げた。


『こちら、ゼクス・レヴィト・ガン・フォラナーダだ。これより緊急連絡を告げる。時間に余裕がないので繰り返さない。聞き逃さないよう注意しろ』


 カロンたちの歓喜や心配の感情が流れ込んでくるが、努めてスルーした。今は時間が惜しい。


『オレは今、別大陸にいる。例の召喚術によって呼び出されたようだ。しばらくは帰還が難しいため、各員は当主不在時のマニュアルを実行しろ。また、できる限り、オレの不在は悟らせないよう注意を払うこと』


『ま、待ってください、お兄さま!』


 予想できていたことだが、【念話】に最愛の妹カロンが割り込んできた。彼女はとても戸惑った風に問うてくる。


『な、何故、すぐに帰還なさらないのですか? 【念話】が届くのでしたら、【位相連結ゲート】も開けると思うのですが』


 カロンの指摘は正しい。帰ろうと思えば、オレは今すぐ帰れる。


 しかし、それができない理由が二つあった。


 その一つを、肩に乗るノマが説く。


『魔素と魔力のバランスが激変する。【位相連結ゲート】レベルの魔法を発動するのは難しいね。というか、主殿は今でもかなり無茶している』


『どういうことでしょう?』


『ワタシたちの現在地は魔素が相当濃い。まったく魔力へ変換されていないせいだろう。そんな中、強力な魔法を使ってみろ。魔素が急激に減少して、様々な大災害を起こしてしまうんだよ』


 自然より生まれ出る存在だけあって、理解が早い。


 ノマの言う通りだった。この大陸が扱うのは儀式魔法の亜種。魔力を消費しない術だ。ゆえに、大気中の魔素が全然減っていない。


 そんな場所でオレが魔法を使うと、一気に魔素が目減りして均衡を崩すんだ。魔素の均衡崩壊は、自然の乱れに等しい。おそらく、嵐が起こったり、大地震が起こったり、火山が噴火したり。とんでもない事態におちいることが想定できる。


 この大陸が災禍に見舞われるだけなら、まぁ、最悪の場合は見捨てても良かった。だが、津波なんかが発生したりすると、余波がオレたちの大陸に及ぶ危険性もある。安易に行動は起こせなかった。


 それらを簡潔に説明すると、カロンを含めた恋人たちが動揺を大きくする。


『で、では、お兄さまは帰れないと?』


『落ち着け、カロン』


 とんでもない勘違いをしていたので、オレは慌てて口を開いた。効果は落ちるが、【念話】越しに【平静カーム】も施す。


『魔素と魔力のバランスは、いつまでも現状維持にはならない』


『その通り。主殿が存在するだけで、その辺の均衡は歪んでいくからね』


 誠に遺憾だが、ノマの言は正しい。魔法を使わずとも自然に魔力循環は行われるため、徐々に均衡は崩れていくんだ。


 だからこそ、世界システムは対策を講じる。


『この世界にはダンジョンがある。どれくらい時間を要するかは不明だが、必ず魔法を使える環境に整えられる』


『あっ!』


 ダンジョンと聞き、カロンたちは得心がいった様子。ようやく、荒れていた感情が落ち着き始めた。


『だから、そう気を揉まなくていい。必ず帰るから。あと、できれば、マリナにはダンジョン深奥で魔素バランスの情報を定期的に確認してほしい。【念話】の繋げられる環境は維持するつもりだから、状況が整ったら連絡してくれ』


『分かりました!!!』


 ものすごい大声でマリナの返答がきた。ほんわかした彼女には珍しく、気合十分である。


 愛されているなぁと実感しながら、オレは締めの言葉に入った。


『一日一回は連絡を入れる。無理は承知だが、心配はしないでくれ。みんなには、オレの帰る場所を守ってほしいんだ。よろしく頼むよ』


 異口同音の返事を認めた後に『それじゃあ、また明日』と告げ、オレは【念話】を閉じた。


 何とか誤魔化せたと安堵しつつ、周囲へ意識を戻す。


「はぁ」


 溜息を吐いた。何故なら、キレイだった草原が、変わり果てた姿に変わっていたために。たくさんの土塊が地面より突出し、多くのヒトと魔獣が腰を抜かしていた。


 何が起こったのかと言うと、オレが【念話】をしている間に、嘲笑していた少年少女たちが襲い掛かって来たんだ。自分の使い魔と一緒にね。


 落ちこぼれと、その使い魔をからかいたかったようだ。近づくついでに、そんな感じのセリフを吐いていた。


 それに対して反撃したのがノマだった。精霊魔法はヒトの魔法よりも魔素バランスへの影響が少ないため、割と自由に攻撃できた。それでも、中級程度までに留めなくてはダメっぽいが。


 一応補足しておくと、誰一人ケガは負っていないぞ。所詮はからかいの延長。襲い掛かったといっても、害意はほとんどなかったからな。


 オレは隣で呆然と立ち尽くす赤毛の少女――召喚主に呆れた口調で語りかける。


「キミ、恨まれすぎじゃない?」


 味方をしてくれる者が一人もいないとか、あまりにも酷い環境だ。運命共同体・・・・・だと言うのに、これでは前途多難すぎるぞ。


 カロンたちに語らなかった――否、語れなかったもう一つの帰れない理由。それは“刻印”に刻まれた術式にあった。


 最悪なことに、召喚主が死ぬと被召喚者も道連れになるんだよ。未契約状態でも、である。


 レクスの“刻印”には見当たらなかった術式なので、彼が追放された後に加えられたモノなんだろう。ふざけるなと怒鳴りたい気分だった。


 魔力制限下で“刻印”の解析も必須なんて、無茶振りがすぎる。やるしかないんだけどさ。


 しかし、どう収拾をつけようかな。大半の人間はノマの土魔法に怯えているし、肝心の召喚主も放心している。話を伺おうにも、少し時間がかかりそうだった。


 となれば、彼に尋ねるしかないか。


 オレは視線を一点へ向ける。


 この場において唯一の成人であり、襲い掛かってこなかった男がいた。格好こそ他多数と同じな上、驚愕を顔に浮かべていたものの、まだ話が通じそうな気配が残っている。


「ノマ、彼女の護衛を頼む」


「分かった。主殿も気を付けてくれよ。いつも通り、魔法は使えないんだから」


「分かってるよ」


 オレは彼女へ軽く手を振ってから、男の方に歩を進めた。


 彼はビクッと肩を震わせながらも、逃げ出したり攻撃してくる様子はない。


 はたして、良い情報は得られるかな?


 快晴から曇天へと急激に変わっていく空を視界に収めつつ、オレは小さく溜息を吐き出すのだった。

 

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