Chapter14-1 新大陸(3)

 エコルの案内によって、必要箇所は覚えた。一時間も費やさなかったと思う。


 五つも塔を擁する広大な学校だが、その大半は研究施設のようで、オレとは無関係のエリアが多かったんだ。そのお陰で、すぐに図書室での資料集めに専念できた。


 ちなみに、校内を歩くオレはめちゃくちゃ注目された。逃げ帰った生徒たちが、すでに噂を広めていた模様。恐怖と疑念の視線が遠慮なしに突き刺さったよ。


 また、エコルが訳ありという話も、真実だと理解した。オレとは別に、彼女も悪意に満ちた視線にさらされていたからな。当の本人はまったく気にしていなかったけど。


 閑話休題。


 大陸中の子どもが集まる施設だけあって、蔵書の数もかなり多かった。求める情報がしっかり集まりそうで嬉しい限りだ。


 一方、不満もある。大量の蔵書の中より、自力で望んだ本を探さなくてはいけなかったんだ。オレたちの大陸なら、魔道具で検索できるのに。


 校内案内の際にも気になっていたんだが、魔道具が一切見当たらないんだよね……。


 まさかと思いつつも、本探しを手伝ってくれているエコルに尋ねる。


「この学校、魔道具は配備されてないのか?」


「マドーグって何?」


「嘘だろ」


 絶句である。


 いや、考えてみれば当然か。この大陸は儀式魔法――魔術を主軸とした環境。こちらとは土台が異なるんだ。魔道具やそれに類するモノは発展しなかったんだろう。


 となると、生活水準は若干劣りそうだな。劇的に劣っている部分は現状発見していないけど……覚悟しておいた方が良いかもしれない。


 苦いものを胸中に覚えながらも、それを努めて無視して本探しに集中する。


 小一時間ほど使い、とりあえず必要な資料は集め切った。意外にも、彼女の貢献が大きかった。頻繁に図書室へ通っていたらしい。


 曰く、『落ちこぼれなりに努力してんだよ』だとか。


 でも、それが結実してはいないみたいなんだよなぁ。未だ、落ちこぼれ呼ばわりだもの。


 色々と不憫な子だ。オレを巻き込んだのも、貧乏クジを引いたように思えてしまう。自分を貧乏クジ扱いするのは複雑な心境だが。


 取捨選択した本は、全部で三十冊。厚さはマチマチだけど、これくらいなら読破に十分とかからない。


 手に取った本をパラパラとページをめくっては、次へと移行していく。


「ね、ねぇ。そんなんで中身読めてんの?」


 その様子を見たエコルが、たいそう困惑した様子で問うてくる。


 オレは本をめくる手を止めずに答えた。


「問題ない」


「えぇ?」


 疑わしげな声が聞こえてくるが、まるっと無視した。


 実際、何の不足もない。速読は前世で鍛えた技術だし、現世の領主業でさらに磨きをかけていた。加えて、【身体強化】による補強もある。いつもより出力が落ちていようと、普通に読むよりは断然早かった。


 時折、エコルより補足してもらいながら、情報の穴を埋めていく。


 まずは、地理情報の補完から。探知術で大まかに把握はしているけど、文面の情報も欲しかった。


 この大陸は、かなり変わった地形をしている。円に近い形状なんだが、その外周を高山に囲まれているんだ。山頂から中心に向かって幾本もの川が流れ、最終的に中央部――学校のある湖に合流する。湖の水は、地下水脈を通って排出されているとのこと。


 外周の山はほとんどがヒマラヤ山脈級で、現時点での山越えは難度が高いらしい。


 大型魔獣を使い魔にしている魔術師なら登頂可能だが、海しか広がっていない山の向こう側に興味を示す輩なんていないよう。初めて登頂を成功させた者も、後悔しかないと後世に語ったとか何とか。


 大陸内は、五つの国が統治している。すべてが王国であり、オレたちの大陸と変わらぬ封建社会のようだ。


 もっと細かく語れるが、今はこの辺りを押さえておけば問題ないだろう。情報自体はインプットしたので、いつでも引き出せる。


 次に調べたのは歴史だ。


 もっとも気になったのは、六百年前より昔の記述が一切見つけられなかったこと。すべての歴史書が『六百年前:始祖が大陸を救済した』の文言から始まるんだよ。


 資料が少ないとか、曖昧になっているとかなら分かるが、まったく存在しないのは不自然すぎる。


 だが、ある程度調査を進めたところで納得できた。


 この大陸、六百年前まで、まともな文化を育めていなかったらしい。大陸中に魔獣が跋扈ばっこしていたせいで、人類の生存圏はかなり狭かったんだ。その窮地を始祖とやらが救ったのである。五つの国の王族は、始祖の血統だとか。


 始祖については、多くの研究資料があった。


 始祖は五体の使い魔と契約しており、その内訳は黄龍おうりゅう翠亀すいき黒虎こっこ青鷲せいじゅ、“不明”だそう。魔術の威力も他者の追随を許さぬほどで、魔獣一掃の際は一騎当千だったとか。


 今の王家も、それぞれが始祖の使い魔を想起させる魔獣と契約しているみたいだ。


 というより、始祖の血筋でないと、龍や虎、亀、鷲系列は呼び出せない模様。だからこそ、王家は権力を保持し続けられているみたいだ。


 ここで不可解なのは、使い魔の一つが不明である点だった。


 何でも、三百年前にカナカ王国で起こった政変のせいで、歴史ある神殿や貴重な資料が消失してしまったらしい。しかも、それ以来、カナカ王国では始祖に連なる使い魔を呼び出せなくなった。


 十中八九、これはレクスの一件だ。復讐のために、オレたちの大陸を占領しようとした男の過去に違いない。名前こそ記されていないけど、符合する点が多いもの。


 また、レクスの拠点に描かれていた壁画は、始祖の情報と被る部分があった。消失した神殿とやらを模して作ったんだろう。


 あれ? ってことは、不明となっている使い魔は“光る人間”なのでは? たしか、そんな内容が海底神殿には描かれていた。


 ……ものすごく嫌な予感がしてきたぞ。


 いや、待て。まだ結論を出すには早い。魔術について調べていないんだ。その情報を得てからでも遅くはない。


 オレは脳裏に浮かんだ予想を振り払い、引き続き情報収集に努めた。


 最後はこの大陸の儀式魔法――魔術について。


 おおむね、事前情報と大差はない。体力を削って発動する代物が魔術だ。杖や水晶などの触媒が必須で、発動までに相応の時間を要する。魔法と比べると、あまりにも粗雑な術である。


 とはいえ、すべてが魔法に劣るわけではない。使い魔は面白い発想だし、体力を消耗する前提だからか、魔術師はこちらの専業魔法師よりも素のフィジカルが高い。


 触媒を利用するという考え方も、実に興味深かった。


 触媒は、体力の消耗を抑えるための補助具で、基本的に消耗品らしい。


 おそらく、魔素を取り込んだ素材を使っているんだと思う。充填された魔素なら、魔力の代わりに持ってこいの材料だからな。


 一見、自転車の補助輪みたいな印象を受けるけど、楽をするための発明は進化の証だ。オレたち魔法師向けにリメイクするのもアリだと思う。


 そんな感じで、魔術の知識はとても刺激的だったんだが……残念ながら、嫌な予感を覆すことはできなかった。


「使い魔は魔獣に限る、か」


 パタンと、最後の一冊を閉じたオレは呟く。


 召喚術に関する資料に目を通したんだが、どの書籍も前述した原則が記載されていた。


 要するに、オレが呼び出されるのは、現代魔術を否定する事実だった。


 思い起こされるのは、海底神殿の壁画に描かれていた“光る人間”である。


 失伝した五枠目の使い魔が“光る人間”だとしたら、オレがそれに当てはまるのでは? と連想してしまったんだ。


 思い当たる節はある。オレを召喚したエコルは“訳あり”だ。それも、おいそれと口にできない訳ありである。


 多分に妄想を含むが、彼女がカナカ王家の落胤らくいんだとすると、疑問が解消されてしまうんだよなぁ。


 もし、この妄想が事実なら、とんでもなく面倒な事態に発展する。


 何せ、正当な王家と認められていない庶子風情が、始祖由来の使い魔を呼び出したんだぞ? 絶対に揉める。というか、刺客を仕向けられる方が自然だ。


 オレとエコルの命が繋がっている現状、殺意を向けられる展開は勘弁してほしかった。魔法を制限されているため、完璧に守り切れるとは限らないし。


 ベストは、妄想が妄想に過ぎなかった場合。オレが呼び出されたのは、落ちこぼれによるエラー。


 ベターは、カナカ王家も“光る人間”について失伝しているパターン。殺意を抱く種がなければ、オレたちが襲われる心配もいらない。


 しかし、楽観視はできなかった。万全でないなら、事前準備で補う他にないんだ。


 チラリとエコルを見る。


「どうしたの?」


 能天気に首を傾ぐ彼女。


 この先に待ち受ける苦難を、微塵も想定していないようだ。その呑気さは、心底うらやましいよ。


 とりあえず、他者の耳目が届かない場所に移動して、エコルの事情を伺うしかないな。ここまでの考察は、あくまでもオレの妄想にすぎない。正解か否かは、確定させておかないと危ういだろう。


 オレは目頭を軽く揉んでから立ち上がった。


「全部読み終わった。本を返そう」


「本当に読めたの?」


 つられて席を立ったエコルは、訝しげに尋ねてきた。


 肩を竦めるオレ。


「大丈夫だ。何なら、何か問題を出してもらっても構わない」


「じゃあ、モオ王国の現王が従える使い魔の種族は?」


「ブレイズドラゴン。火竜でも上位種に分類される。ここ数代の使い魔は、火竜に偏ってるらしいな」


「マジで読めてるし……」


「分かってくれたか? なら、本を戻そう」


「あ、うん」


 驚きで目を瞬かせる彼女を連れ、再び図書室内を練り歩く。


 さて、大まかな情報収集は終わった。あとはエコルの内情を聞き出したいんだが、どこで話し合うのが良いかな?


 パッと思いついたのは、彼女の私室である。この学校は全寮制のようなので、プライバシーが一番守られている場所はそこだろう。個室なら、間諜の類も察知しやすい。


 ただ、どうやって誘うかが問題である。初対面の男女が私室で二人っきり――正確にはノマもいるけど――は体裁が悪すぎる。しかも、相手は推定王族。


「上手く誘う口上とかないか?」


「ナンパのアドバイスをワタシに求めないでくれ、主殿」


「ナンパじゃねぇよ」


 小声でノマに助言を乞うたところ、酷い冤罪を吹っかけられた。


 こっちは真面目に問うたんだが?


「ごめんごめん。でも、こちらから誘うのは、どう頑張ってもナンパにしかならないと思うよ。焦るのも分かるけど、今は流れに身を任せるしかないんじゃないかい? まだ、召喚されてから一時間ちょっとしか経っていないんだからさ」


「……それもそうか」


 ノマの言う通り、少し焦っていたのかもしれない。いや、いつも通り事を進めようとしたのが悪かったか。


 今は能力が制限されているんだ。普段通りのスピード解決は難しいと自覚しなくては。


 知らぬ間に張り詰めていた緊張を幾許か解しつつ、オレたちは本の返却を終える。


「必要なところは回っちゃったし、あとはマイナーな場所の紹介でもしようか。知っておいて損はないでしょ」


「その辺りは任せるよ」


 エコルの先導の元、オレたちは図書室を退室する。


 すると、廊下の向こう側より一羽の小鳥が飛んできた。オレたちの前で滞空し、ジッと見つめてくる。


 かの鳥の正体を、オレはすぐに察した。


「嗚呼。ロクーラの迎えか」


 小鳥は人間くさい仕草で首を縦に振る。


「校長との挨拶だっけ? アタシもついてった方がいいの?」


 エコルの問いかけにも、小鳥は頷いて見せた。


 それを認めた彼女は、僅かに渋い表情を浮かべる。


「うへぇ。まぁ、仕方ないか」


「苦手なのか、校長が」


「得意なヒトはいないでしょ」


 曰く、権力にズブズブとの黒い噂があるとか。同じ教育機関のトップでも、ディマとは正反対の人物らしい。


「警戒、怠るなよ」


「分かってる」


 オレがノマに注意を促すと、彼女は当然だと首肯した。


 程なくして、パタパタと小鳥が廊下の奥へと羽ばたいていく。一定間隔でコチラを覗くので、付いてこいという意図があるんだろう。


「行くか」


「うん」


 若干足取りを重くしつつも、オレたちは校長の元へ向かうのだった。

 

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