Interlude-Monarca 騒乱の予兆

時系列は、Chapter13のスタンピード発生の少し前です。


――――――――――――――



「殿下。そろそろ帝都に到着いたします」


「そうか」


 ガタゴトと揺れる馬車の中、私――モナルカは同乗する使用人のセリフに応じた。


 窓外へ目を向ければ、確かに慣れ親しんだ風景が目に入る。


 私は苦笑を溢し、小さく呟いた。


「かなりの強行軍だったとはいえ、王国の王都から帝都まで一週間か。これも転移さまさまだな」


 先輩たるフォラナーダ卿に、夏季休暇中は急遽国へ帰る旨を話したところ、国境線沿いまで送っていただけたのだ。そのお陰で、路程をかなり短縮できた。ありがたいことだった。


 伝説の転移魔法については耳にしていたが、まさか自身が体験できるとは思わなんだ。これも彼のクラブに所属した恩恵だろう。


 当初は例の合同練習を企画したのは失策だと考えていたが、怪我の功名だったな。強くなるための画期的な鍛錬も受けられているし。


 ただ、まるで食事に誘うように軽い調子で転移を振舞うのは、如何いかがなものだろうか? いや、気軽に使えるというアピールだったのかもしれないけれど、伝説はもう少し慎重に扱ってほしいと感じてしまう。


 まぁ、良い。フォラナーダ卿のことは一旦置いておこう。彼については、深く考えるだけ無意味だ。


 思考を、この後の予定に向ける。


 強行軍と前述した通り、今回の帰省は無理を強いて急いだ。そうせざるを得ない事情があったために。


 帝都――帝城が何やらキナ臭いとの情報を掴んだのだ。城に残った私の後援者の一人が『この夏に怪しい儀式が行われる』と、ね。


 密書なので詳細は書かれていなかったが、実行に居合わせないのはマズイと私の直感が告げた。こういう時の勘は割と当てになる。ゆえに、帰路を急いだ。


 準備を整えた配下たちには、本当に悪いことをした。後日、きちんと報酬を用意しようと決めている。


 はてさて、どのような事実が明るみになるのやら。できるだけ、私が帝位を継ぐ際の負債にならないよう願いたいものだな。








 帝城に到着した私は、休息も程々に情報収集へ乗り出した。


 というのも、城内の空気が妙なのだ。何やら慌ただしい。


「これは手遅れかもしれないな」


 廊下を歩きながら独りごちる。


 何を指して手遅れと表現するかだが……今回は『儀式とやらを止めるのは不可能』という意味だ。ほとんど勘だけれど、すでに儀式の準備は完了しているように思う。


 せめて、実行に移されるより前に詳細を掴み、立場をハッキリさせたいところだ。この件、今後の私の進退に大きく影響を与える気がしてならない。


 嫌な予感をヒシヒシと感じ、無作法にならない程度に急ぐ。


 まずは皇帝陛下へ帰参の挨拶。その後は後援者を集めて会議と情報の共有を――。


 そのように思考を回しながら歩いていたのだが、途中で止めざるを得なかった。


 何故なら、


「おや、モナルカじゃあないか」


「マックス兄上……」


 第二皇子――私の腹違いの兄と対面してしまったために。


 マックス・ブラオ・フォール・アンプラードは、黒髪と顔立ちの良さ以外は私と対極の男だ。研究者気質で細身の体躯、髪も若干長く、卑屈な笑みを浮かべがち。紺青色の瞳も、不純物が沈殿した水の如く濁っている。


 正直、私はマックスが苦手だった。声をかけても大半は無視され、ほとんどの時間を研究室と称した私室に閉じこもって過ごしている。徹頭徹尾、何を考えているか分からないのだ。


 しかし、こちらが無視するわけにもいかなかった。


 皇帝陛下は現在、皇太子をお決めになっておられない。つまり、帝位継承の資格がある者は、一部の例外を除いて全員ライバルであり、蹴落とすべき対象だ。無論、目前の男もそう。


 ゆえに、定期的に様子を探る必要が出てくる。こうやって、珍しく自ら声を掛けてきたのなら尚更だった。絶対に、何か良からぬことを考えているに違いない。


「久しぶりだね。王国に留学したと聞いてたんだけど?」


「つい先程、帰還しました。今より、陛下へ挨拶に参るところです」


「そうだったんだ。じゃあ、邪魔するのも悪いね。ひひっ」


 気味の悪い笑い方は相変わらずだが、別人かと思うほど饒舌だった。加えて、ニヤニヤと嘲りを隠そうともしない。皇族が腹芸できないのは如何いかがなものだろうか。


 苦言をグッと堪え、私は問う。相手の誘いだとは分かっていたけれど、尋ねる以外の選択肢はなかった。


「多少は時間もありましょう。それよりも、マックス兄上は非常に機嫌が良い様子。何か吉報でもございましたか?」


「ひひひっ、気になるかい? 気になっちゃうかい?」


「はい、とても」


 堪えろ、モナルカ。調子に乗って語ってくれることに感謝すれど、怒りを抱く必要はない。道化には道化を演じてもらうのだ。


 興味津々と言った表情に僅かな屈辱をブレンドして、マックスの口を軽くするよう刺激した。


 お陰で、愚かな兄は意気揚々と言葉を吐く。


「明後日、玉座の間で『勇者召喚』を行うんだよ!」


「勇者、召喚……ですか?」


 聞き覚えのない単語に、私は首を傾いだ。


 それぞれの意味は分かる。勇者とは東の魔王に対抗するための存在で、今代はユーダイという平民の男だ。一方の召喚は、ヒトを呼び出す意味である。


 その二つを組み合わせて類推すると、勇者を呼び出す儀式ということか?


 やはり、意味が分からない。勇者ユーダイを儀式で呼び出すことへのメリットが考えつかなかった。そも、彼は今や聖王国の準貴族。勝手な召喚は国際問題に発展してしまうだろう。


 この愚兄がはしゃいでいる理由も、皇帝陛下が許可を出したい理由も、まったくもって理解できなかった。


 マックスは、私が内心で混乱しているのを察しているよう。ニヤニヤと腹立たしい笑みを浮かべたまま、煽り気味に言う。


「きひひっ。愚かなお前が理解できないのも無理はない。『勇者召喚』とは、新しい概念の魔法なんだからね」


「新しい……。兄上が開発したのでしょうか?」


 まさか、無意味な引きこもり生活が結果を出したと言うのか?


 そういった驚きを隠しつつ尋ねたところ、どうやら違う様子。彼はかぶりを振った。


「残念ながら違う。考案者は宮廷魔法師団外部顧問長さ」


「外部顧問長? 兄上。寡聞にして申しわけないのですが、そのような役職が帝城に存在したのですか?」


「嗚呼、留学中に創設された部署だから、お前は知らなかったね。今年度より仕官した魔法師殿が努めてるんだよ」


「今年度となると、まだ仕官して半年ではないですか。何故、部門長に?」


「ひひっ、簡単な話だ。力を示したんだよ。近衛騎士団長と宮廷魔法師団長をまとめてボコボコにしたんだから、それくらいの裁量は与えられるさ。我が国は実力主義だろう?」


「あの二人をまとめて……」


 信じられない話だった。突如降って湧いて出た魔法師が、この国でも最強格である二名を下してしまうなど。私は彼らと手合わせした経験があるため、その事実が途方もないものだと強く感じていた。


 次から次へと語られる新事実に、目まいを覚えてしまう。


 キナ臭いなど言っている場合ではない。今の帝城は真っ黒も良いところだった。何かしらの悪意が蔓延はびこっているとしか考えられなかった。


 質が悪いのは、目前の愚兄のみならず、陛下もそれを看過してしまっている点だ。泳がせているのか、悪意をも飲み下す自信がおありなのか。真意は私の与り知らぬことだが。


 私はジワリと広がり始めた頭痛を堪えつつ、マックスへ問う。


「話を戻しますが、その新魔法……『勇者召喚』とやらは、どのような効果をもたらすのでしょうか?」


「聞いて驚け!」


 すると、彼は待ってましたと言わんばかりに両腕を左右へ開く。


「何と、異世界の住民を呼び出す魔法だ! 勇者とは、異世界人を指した単語らしいよ。何でも、我々とは異なる特別な力を身につけるんだってさ」


「異世界、人?」


 最後の最後に特大の爆弾を落とされ、さしもの私も思考が停止してしまう。


 いや、落ち着け、モナルカ。私は次期皇帝を目指す者。この程度で戸惑っては先が思いやられる。


 幸い、異世界の概念は分かる。留学先に、その手の魔法を扱う生徒がいた。興味本位で調べたのだ。


 彼の場合は異界の悪魔が対象だったが、明後日に行われる儀式が呼び出すのはヒトだという。


「……それは誘拐に当たるのでは?」


 何とか紡いだ質問。


 これは召喚される者たちを慮った発言ではない。帝国の利益を考慮した慎重さだった。


 無理やり呼び出したとあれば、不評を買ってしまうのは必然だ。即座に暴れ出す可能性が生まれる。身につけるという未知の力を振るわれては、こちらも甚大な被害を受けてしまうだろう。


 しかし、マックスに焦りはなかった。


「その点は問題ない。この『勇者召喚』は、異世界に干渉する魔法じゃないんだよね」


「では、どうやって異世界人を呼び出すのです?」


「外部顧問長殿が言うには、近々世界同士が接触事故を起こすらしい。その際、複数の異世界人がコチラへ放浪するんだとか。今回の儀式は、その放浪先を帝城に定めるものなんだよ」


「つまり、誘拐ではなく保護だと?」


「そのとーり」


「その話、どこまで信じられるのですか?」


 真実なら良い。だが、話を聞く限り、すべては外部顧問長とやらの主張だ。その人物が嘘を混ぜている可能性はゼロではなかった。


 とはいえ、私でも考えつく問題を、陛下や臣下たちが対処しないはずもない。


 マックスは肩を竦める。


「きひっ、心配はいらないよ。古代の魔道具アーティファクトを使ったからね。外部顧問長の発言は真実だと証明されてる」


「そうですか」


 帝国は強大な権力を用いて、多くの古代の魔道具アーティファクトを集めている。中には嘘を見抜く魔道具も存在した。それを使用したのであれば、信憑性の高い内容なのだろう。


 私が納得したのを見て、マックスは愉快げに笑う。


「異世界人や未知の力ッ。それがあれば、絶対に僕の研究がはかどる! 嗚呼、今から儀式が楽しみでならないよ」


 彼が浮かべる表情は、新しいオモチャを手にした子どものそれだ。呼び出した異世界人たちを、良からぬ実験に巻き込むに違いない。


「お話を聞かせてくださり、ありがとうございました。それでは、私は陛下の元へ参じたいと思います」


「どういたしまして。きひひ、陛下に宜しく伝えておいてくれ」


「はい」


 当たり障りない挨拶を交わし、私は再び歩み始める。


 外部顧問長の怪しさも拭えていない。在野に無名の強者がいたこともだが、『勇者召喚』の知識を有していたのが不自然すぎる。裏があるのは確実だろう。


 今後の立ち回りに失敗しないよう、儀式の見学許可をいただき、しばらくは異世界人とやらを見守るとしよう。必要なら助力も厭わない。件の顧問長に関しても、調査を進めなくてはいけないな。


「ハァ。騒乱の前触れだな」


 口内で言葉を転がす。


 私の直感が告げている。これから帝国は――この大陸は大きく荒れるだろうと。


 我が野望を叶えるためにも、この難局は是が比でも乗り越えなくてはいけない。


 心のうちで強く決意を抱き、私は皇帝陛下との謁見に臨むのだった。

 

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