Interlude-Marron 自身と向き合って

「百目の試練」のマロンsideです。


――――――――――――――




 気が付けば、わたし――マロンはフォラナーダ城の中にいた。朝礼などが行われる広間に立っており、室内に他の気配は感じられない。


「これが試練ってこと~?」


 わたしは首を傾ぐ。


 敵将の一人たるサザンカの提案に乗り、ニナさまと一緒に試練の説明を受けたところまでは覚えてる。でも、その後の記憶が断絶してた。


 たぶん、このフォラナーダ城こそ、わたしの心象風景なのかもしれない。


 納得はできた。城はわたしの帰るべき家で、気の置けない仲間が集う憩いの空間で、大恩あるゼクスさまのお傍に侍られる場所だもん。故郷よりも大切なところなんだから、心のうちに思い描いていても不思議ではないよね。


 さて。考察も程々に、体を動かそう。いつまでも待ち惚けじゃ、何も進展しない気がする。


 この場に何もないことを確認した上で、わたしは広間を退室した。


 しかし、


「うーん?」


 廊下に出た瞬間、わたしは猛烈な違和感を覚えた。


 静かすぎるんだ。ここで働く使用人たちは物音を立てないよう心掛けてるけど、それでも完全な無音は難しい。そんなことができるの、シオン先輩くらいだと思う。その先輩も、ちょくちょくドジを踏むから、すごい音を立ててるけどー。


 だから、今の静寂は不自然すぎた。紛いものを見せられているような、嫌な感覚がある。


「ってぇ、そうだった。ここ、心の中だぁ」


 あまりに精巧な偽物のせいで、すっかり認識がズレてた。わたしの心の中であれば、誰一人存在しなくても矛盾はないだろう。


 ただ、疑問が一つ。


 わたしの試練って何~?


 サザンカさんは『相応しい相手を用意するから倒せ』と言ってた。なら、人っ子一人いない現状はおかしすぎる。


 心の中だからか探知系の魔法も上手く働かないし、足で探すしかないのかなぁ?


 ちょっとゲンナリしつつも、ためらってる場合じゃないので、キビキビと城内を歩いた。……ごめんなさいー、嘘吐きましたぁ。わたしにキビキビは無理。傍から見たらノンビリ歩いてる。


 それでも、着実に探索済みのエリアは広げてったよ。陽は暮れないし、疲れもしないのも幸いした。これも心の中の影響~?








 どれくらい歩き回っただろう。かなりの時間を要して、やっと城内のほぼすべてを探索した。


 探索し続けたことから分かる通り、試練らしきものは一切見つけられてない。残る最後のエリアに、待ち受けているんだと思う。


「おっかしいなぁ。くじ運はそんなに悪くないはずなんだけど~」


 とんだ不運に首を傾ぎながら、わたしは最後まで残った場所を目指す。


 その場所とは、地下訓練場だった。外部への漏洩を防ぐために設計された初期の訓練場で、今でも多くのヒトが利用してる。


 広い広い地下に降りると、一人の人物が立ってた。やっぱり、ここが当たりだったみたい。


「遅かったッスね、マロン」


 訓練場にいたのはガルナだった。シニョンにまとめた青髪も、身にまとうメイド服も、青い瞳の奥に潜む怜悧さも、何一つ変わらない彼女。


 いやぁ、偽物なのは分かってるんだけど、かなり完成度が高い。だって、微妙に解れた髪やよれた・・・襟元も再現してるんだよぉ? 事前情報がなければ、絶対に本物だと勘違いしてたと思うー。


「城の全部屋を調べてたからねぇ」


「えぇぇ。ここ、個室だけでも何百あるのに。阿呆ッスか?」


 わたしが返答すると、彼女はドン引きだと言わんばかりに後退りした。


 この失礼な反応は、まさしくガルナだねぇ。偽物か疑わしいくらい。


「本当にぃ、偽物~?」


 相手はガルナだし、遠慮する必要はないだろう。そう考えて、わたしは直截に問うた。


 彼女は苦笑を溢す。


「たはは、ストレートッスね。お察しの通り、偽物ッスよ。あたしはマロンの記憶から再現した存在。そっくりでも当然ッス」


「なるほどぉ。ガルナなら他人の心に入り込んでも不思議じゃないと思ったんだけどー、それなら良かったよぉ」


 突拍子もない行動をするのが、ガルナという友人だもん。その奇想天外さだけは、ゼクスさまにも匹敵するんじゃないかなぁ。


 わたしは続けて尋ねる。


「それでー……ガルナがわたしの”乗り越えるべき試練”なの~?」


「そうッスよ。マロンには、あたしを倒してもらうッス」


「無理じゃない?」


 即答に対し、わたしも即答で返してしまった。


 いや、でも、この感想は仕方ないと思う。


 いくら限界突破レベルオーバーの域に辿り着いたといっても、わたしはヒヨッコだ。青の魔法司である彼女を倒せるわけがない。普段はふざけてる子でも、その実力はフォラナーダでもトップクラスなんだから。


 すると、ガルナは肩を竦めた。


「大丈夫ッスよ。さっきも言ったッスけど、今のアタシはあくまで再現体。本物よりも弱体化してるッス。加えて、今回の試練仕様に制限もかかってるッス。大きな点で言うと、色魔法は使えないッス」


「なる、ほど?」


 そう言われると、勝てるかもしれない……?


 ハンデを貰っておいて微妙な反応なのは、それだけガルナの強さを知ってる証左だった。


 まだまだ自信はなかったんだけど、あちらに待つつもりはないらしい。


「じゃあ、そろそろ始めるッスよ」


「えっ、もう?」


「もうッス。試練なんだから、ある程度は難しくないとダメなんッスよ。覚悟を決めて戦うッス!」


「うぅ。仕方ないかぁ」


 こうして、わたしの試練は幕を上げた。








「合格ッスよ。マロン」


「はぁ、はぁ、はぁ」


 一時間の激闘の果てに、わたしは試練に合格した。


 といっても、ガルナをボコボコに叩きのめしたわけじゃない。むしろ逆。ケロッとしてる彼女に対し、わたしは大きく息を荒げて四つん這いになってた。大ケガこそ負ってないけど、疲労困憊だった。


 いやぁ、無理だよ、これはぁ。水魔法オンリーでもガルナは強かった。年の功と言うべきなのかな? 技の多彩さが尋常じゃなかった。あれを突破するのは無理ぃ。


 それでも合格を貰えたのは、ガルナに一撃を当てた上で尻餅をつかせたからだった。『倒す』って、そっちの意味だったんだねぇ。


 ガルナは言葉を続ける。


「本当はもう少し踏み込んでほしかったッスけど、手加減版じゃ、これ以上は難しいッスね。なので、ここで終わりッス」


 どうやら、満点の合格ではなかったみたい。


 まぁ、自覚はしてる。だって、終始翻弄されっぱなしだったしー……。


 わたしは何とか呼吸を整え、一つの疑問を投じた。


「一つ、質問しても良い~?」


「何ッスか?」


「どうしてぇ、ガルナが試練の相手だったのー? こういうのって、拮抗した実力者が担当するのが相場じゃない?」


 この試練、明らかに人選ミスだった気がするんだよねぇ。強い敵の方が成長に繋がりやすいのは分かるんだけどぉ、ガルナは強敵すぎる。現に、ほとんど手も足も出てなかった。


「わたしの壁なら、テリア辺りが適当だった気がするんだけどー」


 もしくはユリィカさんか。あの二名なら、良い感じに拮抗してたと思う。


 こちらの質問に、ガルナは笑った。いや、これは――


「いい質問ッス、マロン」


 彼女はニンマリとわらった。心底愉快そうに、口で三日月を描いた。


「テリアはマロンの試練に相応しくないッスね。ユリィカさんならワンチャンあり得るッス。でも、やっぱり、あたしが最適だったんッスよ」


「どういう~?」


「”答え”は教えてあげられないッス。頑張って、自力で導き出してほしいッスね。ただ……『自身と向き合うこと』、それがヒントッス」


「『自身と向き合う』……?」


 意味が分からない。テリアがダメで、ユリィカさんなら可能性があって、ガルナが最適?


 つまり、わたしの試練は実力勝負のみじゃなかったってことだよねぇ。だから、自分と向き合う必要があるぅ?


 わたしはグルグルと熟慮するけど、結論を導き出せるほどの余裕は残されてなかった。


「それじゃあ、お別れッス。残りは現実世界で悩むと良いッスよ」


 そのガルナのセリフとともに、わたしの視界は瞬時に切り替わった。


「……あれぇ?」


 自分の立つ場所はフォラナーダの地下訓練場じゃなく、海底神殿に戻ってた。目前に立つ人物も、ガルナからサザンカさんに変わってる。


 試練は終わったみたい。わたし、まだ悩みまくってたのにー。


 チラリと隣を見ると、タイミング良くニナさまもコチラを向いたところだった。


「そっちも終わった?」


「はい~。ニナさまもご無事なようで、良かったですぅ」


 声をかけてくださったので、できるだけ普段通りの態度で返す。


 わたしの試練内容で心配をさせてしまうのは、ちょっと違うからね~。


 偽物のガルナも言ってたけどぉ、これは自力で出さなくちゃいけない答えなんだと思う。


 とりあえずー、今は目の前のことに集中しよう。悩むのは全部解決してからでも大丈夫……のはずぅ。

 

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