Chapter13-4 色の衝突(2)

「【天炎の大盾】!」


「【昂茶こうさの突撃槍】」


 とっさに後方へ炎の盾を展開すると、そこに目掛けて耀くランスが直撃しました。激しい火花を散らした後、盾と槍は対消滅します。


 間違いありません。今のは色魔法ッ。


 襲来者の術の正体を悟り、わたくしは目を細めました。驚き以上に、事態の厄介さを感じたために。


 色魔法同士の衝突によって周囲には魔力が荒れ狂い、さらには物理的に風を起こしました。


 強風が頬を撫で、髪や服を羽ばたかせる中、槍の発射地点を仰ぎました。わたくしより上空の一点を。


 そこには朽葉色のローブととんがり帽子――エナンを身につけた少女が立っていました。何らかの魔法で宙に浮いているようです。


 茶色の髪と瞳を有する彼女は十四、五程度に見えますが、全身が魔力体です。先の色魔法も鑑みて、紛うことなき魔法司でしょう。茶の魔法司の名は確か――


「アイナ・ヒュロント」


「へぇ。アタシの名前を知っているのね」


 意外そうに頷くアイナ。こちらが自分の情報を得ているとは考えていなかった様子。


 素直に認めてくれましたね。お陰で、彼女の正体が明らかになりました。恩恵はそこまでないですが。


 わたくしたちが詳細を知る魔法司は、赤、青、紫、金です。ガルナが既知のメンバーが、その四人のみだったのです。アイナの情報といえば、せいぜい名前と一番新しい魔法司という、ダンジョン深奥で得たものくらい。


 まぁ、知らないよりはマシと考えましょう。


 わたくしは気持ちを切り替え、注意深くアイナを観察します。攻撃してきた以上、敵であることには違いありません。


 警戒全開のこちらを気にした様子もなく、アイナは口を開きます。


「もしかしなくても、あなたが赤の魔法司? さっきのは赤魔法でしょう?」


「さぁ、どうでしょうね?」


 わたくしは曖昧な返答をしました。敵の質問に、律儀に答える意義は見出せません。


 しかし、完全に無視するのも、些かもったいないです。ゆえに、相手を混乱させる意図も込めて、中途半端な感じに返しました。


 アイナはあまり気の長い方ではないようです。こちらの曖昧な態度を受け、露骨に眉を寄せました。


「生意気な奴ね。あなたみたいなの、アタシは嫌いなのよ」


 早々に攻撃を仕掛けたのですから、好悪以前の問題だと思いますが、下手に突かないでおきましょう。何となく、逆上するイメージが浮かびます。


 茶の魔法司アイナは、見た目通りの幼い性格をしているみたいですね。魔法司に至ってから三百年経過しており、最低でも三百十歳は超えているはずですけれど。


 彼女が変わらない性質なのか、変わる余地のない人生を歩んできたのか。


 勘にすぎませんが、後者が正しい気がします。アイナより窺える機微は、人生経験の浅さを感じさせます。歴史に彼女の存在が記されていない点も考慮すると、ほとんどの時間を引きこもって生活してきたのではないでしょうか?


「あら?」


 そこまで思考を回したところで、わたくしは重大な要素に気が付きました。


 アイナの羽織るローブにの襟元に、紋様が描かれていたのです。お兄さま方が調査されていた、例の“刻印”と同一のモノが。


 見間違いではありません。お兄さまのお役に立てるよう、念入りに“刻印”は記憶しましたから。


 となると、小さな部族が伝承していた『海底神殿より訪れた魔法師』の正体は、アイナのことを指していたと判断できます。同じ組織の別人の可能性も考慮できますが、関係者なのは確定でしょう。


「まぁ、いいわ。あなたが魔法司であろうと、そうでなかろうと、アタシの目的は変わらないもの」


 こちらが熟慮している間も、アイナは言葉を続ける。


 その声音には傲岸さが滲み出ていますが、どちらかというと、強い信念が主立った理由に感じられます。よほど、『目的』とやらが大事なのでしょう。


「目的とは、何なのでしょうか?」


 ゆえに、わたくしは問いました。


 素直に答えてくれるとは微塵も考えていませんが、それでも、言葉で意思を伝えるのは重要なことです。


 とはいえ、所詮はキレイごとだと切り捨てられてしまうのですけれどね。


「【鉄茶てっさ拳堕けんだ


 アイナの返答は、茶魔法による攻撃でした。幅十メートルはあろう鈍色の拳が上空に現れ、こちらを圧し潰さんと落下してきます。


 文字通り、鉄拳制裁ですね。


 とても分かりやすい言外の意思表明に、わたくしは内心で苦笑を溢しました。


 当然、対抗する魔法を発動します。このままでは、わたくしのみならず、『転移門』の施設も壊されてしまいますからね。中にいるセイラさんたちも無事では済みません。


「【天炎の熱砲】」


 胸元に掲げた両手より、超高温の砲撃レーザーを放ちました。極太のそれは敵の鉄拳を丸ごと呑み込み、欠片も残さず消滅させます。


「「……」」


 わたくしとアイナは、無言で睨み合いました。


 たった二度の攻防。されど、相手を知るには十分すぎる大技の応酬。


 短い期間ですが、お互いの実力を把握し合ったのです。こちらの赤魔法とあちらの茶魔法は、互角の威力と技量を有していると。このまま戦えば激戦は免れないと。


 腐っても魔法司ですね。先のレーザーが自身の無効耐性を貫通すると見破っているよう。グリューエン戦以後、お兄さまより“透過”の技術を教わっていて幸いでした。


 沈黙が場を支配する中、わたくしは密かに魔電マギクルを操作しました。機能改善によって、今では魔力操作のみで使えるようになっています。また、ジャミング? されないように、【念話】に魔力隠蔽も施してあるとか。お兄さまとノマの研鑽は限界を知りませんね。


 【念話】を繋げる先は、築島つきしまで戦う皆さん。


『カロラインです。今より茶の魔法司との本格的な交戦に移ります。周辺被害にまで気を回す余裕はあまりないため、近場の者は流れ弾や余波に注意してください。特に、セイラさんは結界維持に集中するようお願いします』


 本当は応援を頼みたいところでしたが、未だスタンピードは収まっていません。こちらに駆けつける余力は残されていないでしょう。


 今の発言の後に複数の着信が届きますが、一切合切を無視します。応じている暇はありませんし、どうせ『戦うな』と釘を刺す文言ですから。


 セイラさんも指示に従って結界を張った様子。であれば、早速始めてしまいましょう!


「【天炎の破魔弓ピナーカ】」


 沈黙を破り、とっておきの魔法を発動します。


 わたくしの両手の内に現れたのは炎の大弓。轟々と赤い炎を吐き出しながらも、まったく熱を感じさせない武器でした。


「【鉄茶てっさ雨矢うし】」


 こちらの魔法に、嫌な予感でも覚えたのでしょう。とっさに雨の如く鉄矢を降らせるアイナ。


 しかし、その対応は遅すぎますよ。この破魔弓は、発動させた時点で完成しているのですから。


 矢の雨が迫っていても、わたくしは動じません。弓を構えもしません。そのような動作を行わなくとも、あの程度は対処可能でした。


 独りでに、破魔弓が大きく炎を噴出させました。その炎は一瞬にして矢を形成し、弓を介して発射されます。そして、業炎の矢は発射直後に分裂し、敵の攻撃をすべて焼き尽くしました。


 これこそ【天炎の破魔弓ピナーカ】の力。この魔法は弓を模っているものの、本物の弓のように扱う必要はありません。ただ手に持っているだけで、自動で【天炎の破魔矢パスパタ】を放ってくれる術なのです。


 魔法は自由です。形など些事にすぎません。それを突き詰めたのが、【天炎の破魔弓ピナーカ】でした。まぁ、色魔法でなければ、ここまで極端な効果には出来ないでしょうが。


 ちなみに、別の魔法――【天炎の破魔矢パスパタ】を組み込んだのは、ミネルヴァを参考にした結果です。彼女の【色彩万魔】がモデルですね。癪ではありますが、あの術の完成度はわたくしも認めるところですもの。


 こちらの魔法に仰天しているアイナ。口をあんぐり開けて硬直していました。


 お兄さまにも驚かれましたので、【天炎の破魔弓ピナーカ】はかなり異質な魔法なのでしょう。


 たしか、自動迎撃の部分があり得ないのでしたか。敵意や戦意などの特定の意思に反応するのではなく、わたくしの意思を読み取って発動する部分が規格外だと。


 個人的には、魔力操作技術の延長としか認識していないのですが、周りには天才肌だと断言されてしまいました。解せません。


 閑話休題。


 固まっている敵を放置するほど、わたくしはお人好しではありません。容赦なく、彼女に向かって【天炎の破魔矢パスパタ】を放ちます。


「ちょっ!?」


 瞠目どうもくするアイナは、そのまま業炎に呑み込まれました。激しい爆発音が鳴り響き、上空が炎の色に染まります。


 これで決まれば嬉しいのですが……


「【在天ざいてん】!」


 そう簡単には終わりませんよね。

 

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