Chapter13-3 百目の試練(2)

 神殿の深奥エリアは、喩えるなら迷宮だった。石造りの廊下が蜘蛛の巣の如く広がっている。しかも、巧妙な罠が盛りだくさんと来た。


 あの精緻な隠し扉を突破できたとしても、普通の者なら踏破できずに死んでいただろう。


 まぁ、オレたちには関係ないことだが。


 致死罠程度が、超強化したコチラの肉体に傷を与えられるはずがない。一番弱いマロンでさえ、オレの【魔纏まてん】が合わされば、最上級魔法をも無傷で耐え切れる。


 果てしなく長い迷路も問題ない。ダンジョンみたいに気を遣う必要はないんだ。【浸食】を使って、権限を奪い取ってしまえば良い。


 そも、こちらは高速移動を延々と続けられる。しらみ潰しでも僅かな時間で踏破可能だった。


 そんなわけで、脳筋プレイで難関だっただろう迷宮を踏み潰したオレたちは、一つの部屋に辿り着いた。


 一辺百メートルはある大きな広間だ。一つも物は置かれておらず、壁画さえも描かれていない。何とも殺風景な部屋である。


 百メートル先の対面に扉が見受けられた。あそこから奥へ進める模様。


 ただ、


「気を付けろ。何かある」


 膨大な魔力に物を言わせて広げていた【浸食】が、この部屋では弾かれてしまった。何か仕掛けがあるのは明らかだ。


 本腰を入れれば、ここも奪い取れる。だが、それには相応の時間が必要だろう。オレたちの速度なら、ひたすら走った方が早い。


 油断なく周囲を警戒しつつ、扉へと駆け寄るオレたち。


 その間に襲撃の類は発生しなかったが、一つの変化は起こった。


 扉に文字が浮かんだんだ。おそらく、条件を満たすと土魔法によって、設定された文章が刻まれる仕組みだと思う。かなりキレイな術式・・・・・・だった。


 内容は以下の通り。


『この先に進みたくば、試練を突破せよ。飛び交う槍の中から、“当たり”を捕らえてみせよ』


「試練、ねぇ」


 文章を読み終えたオレは、何とも言えない微妙な表情を浮かべる。


 ここの主は、自分の立場に酔っているタイプの人物なんだろうか? やっていることが、ゲームの敵キャラみたいだ。


 この段階で試練をやる意味がないと思うんだよね。海流内の神殿へ侵入すること自体が無理難題だし、壁画の隠し扉に至ってはオレでさえ抉じ開けられなかった。さらには罠満載の迷宮も続く。


 つまり、その三つの難関を突破した者に試練を提示しても、簡単に突破するんだよ。今さらすぎる。難度次第だけど、時間稼ぎにもならないだろう。まだ、物理的に長かった迷宮の方が役に立つ。


「考えても仕方ないか」


 扉は、先の隠し扉同様に強固な術式で閉じられている。大人しく試練を受けた方が手っ取り早い以上、素直に応じるしかなかった。


 ただ、


「何も始まらない」


 ニナの呟いた通り、試練とやらが始まる気配は感じられなかった。まだ一分ほどしか経過していないが、あまりに何もなさすぎる。


「試練を開始するための~仕掛けがあるのではぁ?」


「かもしれないな」


 マロンの意見に同意する。十中八九、提示された文章を読むだけではダメなんだろう。


 何もない部屋に、都合の良い仕掛けなんて見つからないが、一応の心当たりはあった。これまでの術式から、敵はとても優秀な・・・・・・土魔法師だと分かる。


 ならば、それに応じた仕掛けが施されているはずだ。


 意を決して、オレは奥へ続く扉に触れた。


 ――途端、


 “ガコン、ガコン、ガコン、ガコン、ガコン”


 と、重いフタが開くような音が、何度も何度も響き渡る。


 見れば、部屋中の壁や天井に、無数の小さな穴が開いていた。ちょうど、ショートスピアくらいの直径である。


「はぁ」


「なるほど」


「うわぁ」


 オレが溜息を吐き、ニナが得心し、マロンが面倒そうな声を漏らす。


 そして次の瞬間、穴という穴より無数の槍が飛び出してきた。槍の雨どころではない。槍の海だった。


 そんな事象が起これば、瞬く間に部屋が槍で埋め尽くされてしまうはずだが、それらは何らかの障害物にぶつかると霧散する仕組みだった。ゆえに、中空のみが槍塗れとなる。


 しかし、オレたちは狼狽うろたえない。というか、この程度の攻撃は無意味だった。


 残存しない魔法の槍とはいえ、攻撃力自体は並の槍と変わらないんだ。棒立ちでも無傷を保てる。回避も防御も必要としなかった。ガキンガキンと槍がぶつかる音はうっとうしいけどね。


「で、“当たり”を見つけるんだったか?」


「面倒。斬り飛ばしていい?」


「と、捕らえるよう指示されていますから~、止めた方が良いのではぁ?」


「むぅ」


 慣れていないマロンは若干怯えているものの、平常運転で会話を交わす。


 話し合いの結果、群れをなす槍には手を出さず、当たりのみを探すこととなった。


 まぁ、言うほど時間はかからない。


 こちらは神化と偽神化が可能なメンバーがそろっている。神レベルのフィジカルには動体視力も含まれているんだ。ただ早く飛ぶだけの槍を見分けて捕まえる程度、造作もなかった。


「見つけた」


 案の定、捜索開始より数秒で、ニナが“当たり”の槍を握り締めていた。他のモノと違って金色に輝いている。分かりやすい。


 試練に合格した影響か、あれだけ大量に飛び交っていた槍は消滅した。同時に、頑なに閉じていた扉も開かれる。プシューという効果音付きで。


「オレ、嫌な予感がするんだけど」


「奇遇。アタシも」


「わたしもですぅ」


 オレたち三人は、この先に待ち受けている仕掛けを色々と察してしまった。








 予想通り、その後も三つの試練が待ち受けていた。どれも難度は最初の“槍”と同じくらい。つまりは、物理的にゴリ押しできるものばかりだった。すべて、十秒とかからず突破済みである。


 これらの仕掛けを作った土魔法師は、絶対にイタズラ好きの人種だろう。ところどころに遊び心が潜んでいたもの。


 無意味な試練でも、『製作者が愉しみたいだけ』という理由なら納得できた。客寄せパンダにでもなった気分だ。


 神殿の深奥エリアに入ってから約三十分。オレたちは五つ目の部屋に辿り着いた。今までと同じく、広大かつ殺風景な景色が広がっている。


 ところが、一つだけ異なる部分が存在した。


 ヒトが待ち構えていたのである。部屋の中央にポツンとたたずんでいた。


 老齢の女性だ。顔のシワは深く、腰は曲がり、一本の太い杖で体重を支えている。


 ただ、彼女の最大の特徴は他にあった。それは腰まで伸びた白髪であり、腕をビッシリ埋める目玉であり、魔力を一切有していないことである。


 それから、内包する波長に覚えがあった。あれは霊力、魄術びゃくじゅつの行使に費やす魂の力だ。


 様々な観点より鑑みて、老婆の正体に見当がついた。


 彼女は人間ではない。ましてや獣人やエルフでもない。かつて邂逅した自称吸血鬼と同種の鬼魄きびゃく族に違いなかった。


 チラリと奥へ続く扉・・・・・を伺ってから、オレは老婆へ問う。


「あなたが、今回の事件の首謀者か?」


「ファッファッファッ。お主の予想通り、違うよ。あたしゃ、彼に呼ばれた使い魔にすぎない」


「そうか」


 やはり、召喚された側の人物だったか。


 スタンピードを起こした召喚術、条件がゆるゆるだったから想定はしていたけど、知的生命体――人類も呼び出せるらしい。しかも、使い魔と自称した辺り、主従契約も結んでいるっぽい。


 いよいよ、今回の黒幕を放っておけなくなった。下手したら、オレの大切なヒトたちまで縛られる可能性がある。


 すると、老婆は笑う。


「ファッファッファッ。安心されよ。呼び出されるのはともかく、主従契約自体はお互いの合意が必要じゃ」


 さすがは老獪ろうかいと評するべきか。こちらの内心を読んだ模様。


 だが、安心は難しい。無理やり呼び出せるだけでも大問題だ。特に、無差別にスタンピードを起こすような輩なら尚更。


「ふむ。退いてはくれんようじゃの」


「嗚呼。撤退はしない」


「そうか。ならば、通れば良い。ワシは邪魔せん」


「はい?」


 オレたちを足止めする刺客だと考えていたんだが、彼女はあっさり道を譲ると言い出した。思わず、間の抜けた声が漏れてしまう。


 しかし、老婆のセリフはまだ終わっていなかったよう。「ただし」と注釈を加える。


「通すのはお主だけじゃ。女二人は通すわけにはいかん」


 そう言って、ニナとマロンを指差した。


 指名された二人は身構える。


 オレは目を細め、老婆に問う。


「どういう意味だ? 何故、オレだけ止めない?」


「お主に、超えるべき試練は存在せんからじゃよ」


 老婆は即答した。


 それから、「忘れておった」とお道化ながら続ける。


「ワシは百々目鬼とどめき一族のサザンカ。『どく』を司る死鬼しきであり、かつては『試練を課す者』を担った老婆じゃ。過去の役職にならい、二人に試練を課してやろう」


 ファファファと笑う老婆――サザンカ。


 一度に大量の新情報をもたらすの、止めてもらえない? 『どく』とか死鬼しきとか『試練を課す者』とか、不穏なワードのオンパレードなんだけども。


 ……落ち着け。今重要なのは、『試練を課す者』という部分だけだ。残りは一旦棚に上げろ。


「要するに、あなたは『他者に必要な試練を見分ける能力』を持っていて、オレには試練がないと判断したわけか?」


「察しが良いな。まぁ、正確には“ワシの実力では、お主には試練を課せない”じゃが」


 今の言い振りだと、ニナほどの実力者でも問題ない風に聞こえる。まさか、サザンカはニナに拮抗するレベルなのか?


 魄術びゃくじゅつは原作外の力のため、上手く【鑑定】が働かない。経験則も通用しない。力量の測定が難しかった。


「何故、二人に試練を与える? あなたは敵じゃないのか?」


 オレが慎重に尋ねると、サザンカは肩を竦めた。


「敵じゃよ。じゃが、どうしても相対した者に試練を課したくなる。病気じゃと考えてくれ」


 職業病というやつか。嘘を吐いている様子はないが……。


「オレが無理やりでも倒してくことも可能だが?」


 踏み込んだ質問を投げかける。


 対して、彼女は笑った。


「そうじゃな。ワシではお主には勝てん。微塵も抵抗できずに殺されるじゃろう」


「なら――」


「しかし、それでも試練を受けることを勧める」


 こちらの言葉を遮り、サザンカは断言した。


 それから、ニナとマロンへ視線を向ける。


「ワシの試練は、必ずその者を成長させる。突破できるかは本人次第じゃが、停滞を感じ始めた彼女らには、ちょうど良い機会じゃと思うぞ?」


 必ず成長させるというセリフに、二人が揺らいだのを感じ取った。


 口が上手い老婆だ。彼女たちが求めている部分を、的確に小突いてくる。


 オレは眉を寄せ、問答を続ける。


「リスクは?」


「ない。本来なら死ぬ危険もあるが、お主に免じて甘くしておいてやる。その分、成長具合は下がるが、彼女らの才能なら誤差じゃろう」


「……都合が良すぎないか?」


 あまりにも甘い誘惑に、オレは疑心を拭えなかった。敵対しているのに、どうしてコチラ側に有利な条件しか提示しないのか、不思議でならなかった。


 サザンカはやはり笑う。


「なに。ワシも死にとうないからのぅ。お主の機嫌は損ねたくないんじゃよ」


「契約はいいのか?」


「問題ない。ワシと彼の契約は、『できる限り、侵入者の足止めを行うこと』じゃ。説明によって足を止めているだけ御の字じゃろう。彼我の実力差を考慮すれば、のぅ」


「……」


 嘘はない。精神魔法で深く深く念入りに調べたが、疑うべき点は見当たらなかった。


 それでも踏ん切りがつかないのは、ニナたちの安全が関わるからだろう。彼女たち関係だと判断が鈍るのは、オレの最大の弱点だった。


 すると、ニナが口を開いた。


「ゼクス、先に行って」


 それはオレの背中を押す言葉だった。


 口数の少ない彼女は、真っすぐコチラを見据える。


 その瞳は物語っていた。心配いらないと。自分たちを信用しろと。


 マロンも同様だった。使用人の立場から口は挟まないが、覚悟を決めた表情を浮かべていた。


「過保護がすぎたかもな」


 誰にも聞こえない声量で呟く。


 ニナたちが覚悟を決めているのなら、ウジウジしてはいられない。彼女たちを信じ、後押しするのがオレの役目だ。


 オレは頷く。


「分かった。油断はするなよ」


「問題ない」


「こちらはお任せくださいー」


 二人の返事を聞いてから、奥の扉へ歩を進める。


 道中のサザンカは大人しく道を譲った。先の宣言通り、オレにはノータッチのよう。


『がんばれ』


 【念話】で二人に激励を送った後、オレは扉の先へと進むのだった。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る