Chapter13-3 百目の試練(3)
ゼクスが先へ進み、室内にはアタシ――ニナとマロン、サザンカという老婆の三人が残った。
場は沈黙に包まれるが、数秒と続かない。深い溜息をサザンカが吐いたために。
「なんじゃ、あれは。ワシも化け物と呼ばれて久しいが、あれに比べたら、まだまだヒトの範疇じゃったわ」
彼女の声は僅かに震えていた。
その理由は、ゼクスのように感情が読めなくとも分かる。サザンカはゼクスに恐怖していた。心の底から彼を畏怖し、
今まで取り繕っていたのはプライドか、自身の価値を高めるためか。
どちらもあり得る。彼女の力量はアタシにも迫るゆえに、自意識が高くても不思議ではない。そして、それでもゼクスは瞬殺が容易いので、媚びを売っても不自然ではなかった。
歳を重ねると経験が増える一方、思考が凝り固まりやすいと聞く。だが、サザンカに限っては、後者の要素は当てはまらないらしい。生き残るための柔軟さが窺える。
実に厄介な敵だ。あの様子ならゼクスとの約束は反故にしないだろうけど、『試練』とやらが面倒な内容になる確率は高かった。
幾度か深呼吸を繰り返し、体の震えを抑え込んだサザンカは、アタシとマロンへ視線を向ける。両腕の数多の瞳と同じ、赤色のそれがコチラを射抜く。
「人類の限界を超越せし者が二人、のぅ。本来は、ワシらのようにヒトの枠を飛び出さなくては手が届かん領域なんじゃが……あの男の元ならば常識を覆すのも容易か。特に、お主はワシと互角かそれ以上じゃ」
呆れたように言った彼女は、真っすぐアタシを見据えた。
「こっちとしては、あなたの存在に驚いてる」
魔法司の同格がアタシたち以外にいるとは思わなかった。世界は広いと痛感している。
サザンカは苦笑する。
「お主視点だと、そう感じるじゃろうなぁ」
「同格相手に、試練は出せるの?」
「そこは心配ない。先の男が唯一の例外じゃ」
どうやら、本当は実力差関係なく実行できたっぽい。さすがはゼクス。ことごとく常識を破壊していく。
婚約者の凄さを内心で誇りつつ、アタシは問うた。
「それで、試練って何をするの?」
「試練について教える前に、前提知識として
本題に移ろうとしたところ、サザンカは待ったをかけた。
それに何の意味があるのか訝しんだものの、彼女が言うのなら必要な過程なんだろう。あまり悠長にはしていられないけど、主導権はあちらにあるんだから、大人しく耳を傾ける。
「見ての通り、ワシらの腕には無数の眼がある。これを媒介にして【遠見】や【透視】などの索敵を行うのが
「斥候特化?」
「それしかできないわけではないが、傾倒しているのは間違いないのぅ」
あの無数の目玉は、見せかけだけではなかったらしい。
彼女は続ける。
「ワシは、それらの能力をさらに研鑽し、本来なら目に見えぬモノさえも捉えられるようになった。相手の実力しかり、心の内側までも覗ける」
「なるほど」
アタシは得心した。
その能力があったため、はじめから非好戦的な態度だったんだ。ゼクスの実力を見抜いておいて戦いを吹っかけるのは、阿呆を超える何かだろう。
他者の実力を図るのは、結構難しい技術だったりする。努力で磨くには限界があり、センスが重要視される分野だ。アタシも大雑把にしか判断できない。
知人で言うと、元『スペース』の部長ジェットが秀でていたと思う。一目でゼクスの実力を見抜いていたし。
ゼクスもその手の看破ができるけど、あれは例外。魔法で解決できるのは彼くらいだ。
話を戻す。
話の流れより、彼女の能力が試練に応用されるんだと察しがついた。おそらく、『心の内側を覗く』というモノを。
アタシの推測は正しかった。
「さて、試練の内容を教えようじゃないか。ワシがお主たちの心に干渉し、お主たちに相応しい敵を精神世界に用意する。それを倒せ。ただし、精神世界と言えど、負傷は現実にも反映される。死なないよう調整はするが、加減は気を付けるんじゃぞ」
「精神的に鍛えるってこと?」
「正確には違うが、そう考えてくれて構わん。とにかく、現れた敵を下せ。それで試練合格じゃ」
物理的な試練でないことは良かったのか悪かったのか。現状では判断に難しいかな。
ただ、サザンカの能力が相当厄介なのは分かった。精神干渉の恐ろしさは、ゼクスによって嫌と言うほど理解させられている。
すると、今まで黙して聞いていたマロンが質問を投じる。
「試練はぁ、一人一つと判断してもー?」
「無論じゃ。それぞれに相応しい敵が、それぞれの精神世界に現れる。共闘する余地はない。独力で倒せ」
まぁ、そうなるよね。試練を乗り越えろと言うからには、協力させてもらえるはずがなかった。
「がんばって」
「ニナさまもー、ご武運をぉ」
お互いの健闘を祈り、アタシたちは覚悟を決める。
それを認めたサザンカは、手に持った杖で地面を強く叩いた。
「それでは、これより『百目の試練』を開始する。今回は死にはせんが、気を抜くでないぞ」
彼女がそう告げた直後、腕に
そんな赤い光に当てられたアタシは、次第に意識を遠のかせていった。
○●○●○●○●
「ここは……」
気が付けば、薄暗い空間に立っていた。地面は灰色で、空はたぶん白い。
たぶんと曖昧に表現した理由は、アタシの周囲が霧で包まれていたためだ。半径五十メートルくらいは見えるものの、それより先は視界が通らない。ここがどこなのか、まったく判別できなかった。
直前までの記憶を考慮すれば、ここがアタシの精神世界なのだと判断できる。
殺風景すぎる世界に、少し落胆してしまったのは内緒だ。もっと――
「もっと、夢のある風景なら良かったのに」
「ッ!?」
こちらが抱く感想を先回りして、一つのセリフが紡がれた。
アタシはとっさに剣を構え、声の方――濃霧の向こう側を睨みつける。
警戒するアタシを見て、声の主は一笑した。
「そんなに怯えなくてもいい。これは試練。不意打ちで倒すマネはしない」
冷静に伺うと、どこか聞き覚えのある声だった。喉に骨が引っかかったような、何とも釈然としない感覚が襲う。
そのうち、声の主はコツコツと足音を響かせ、アタシの視界が通る範囲まで近づいてくる。
「……アタシ?」
濃霧より現れたのはアタシだった。狼の耳と尻尾、三つ編みに結わいた茶色の髪、女性にしては高い身長、対ゼクス特攻武器の豊満な胸など。その
もう一人のアタシは笑う。まるで、アタシのように微かに笑う。
「その通り。
正確には、二年半前の
確かに、もう一人のアタシ――“ニナツー”と名付けよう――は今のアタシとは違って、学園入学直後の装備を身につけていた。体つきも若干異なる気がする。
しかし、どうして過去のアタシなんだろうか? 『自分自身と戦って限界を超える』のが定番なのは理解しているけど、それは現在の自分が相手の場合だ。過去のアタシなんて、とっくに乗り越えている。
サザンカがミスを犯したのか……もしくは今のアタシが昔よりも弱くなっている?
「あり得ない」
首を横に振った。
アタシは着実に強くなっている。二年半前の自分ならば、ニナツーは偽神化もできないはず。戦いになるかさえ怪しいところだ。
とはいえ、ここでグダグダしていても現状が変わるわけでもない。サザンカからアクションがない以上、この試練がミスだとしても突破する必要があった。
剣を構え直すアタシ。
「悪いけど、すぐに終わらせる」
「そう簡単には終わらせない」
こちらに応じるよう、ニナツーも剣と最近では使わなくなった小盾を構えた。
そして、次の瞬間。アタシたち二人の刃は衝突した。
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